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地中海北縁記第5章~また旅猫GRISに恋して その2&その3

【地中海北縁記第5章~また旅猫GRISに恋して】
その2《また旅猫天に召される、死期を前にした猫の覚悟》

 GRISの最期は欧州時間で206年11月25日の夜8時前、日本時間では26日朝方4時前、我が家の「また旅猫=GRIS」が旅立った。家のカミサマの膝上で、静かに永遠の眠りに入ったようだ。私は東京におり、その2時間前に鳴き声を聴いたが、電話で鳴く声が聴けるのは初めてだった。その声はまるで「明日帰ってくるのね、必死で頑張るけど、ちょっと無理みたい」と鳴いていたようだ。
 腎不全、私が日本滞在中にトイレや歩行に支障を来たし、餌を食べなくなったようだ。このため、私は日本出発を急遽早めたが、その老猫の旅立ちに間に合わなかった。マルセイユから死んだと知らせる電話が終わって、我が口からは出てきたのは何故か「愛燦々と・・・人生は不思議なものですね」、美空ひばりのメロディだった。
 
 私はそのまま眠らず、パリ経由でマルセイユに向かうため、朝7時半に羽田空港に着いた。いつも持ち帰ったGRIS 用品は不要になっていた。18歳、人間で言えば90歳を超えている。2016年夏からは、フランスの港町マルセイユでアパートメントが決まらず、ホテルの小さな部屋暮らし。2か月後にやっと決まり引越、大きなスペースを得たが、体調維持が難しく、移るのが少し遅かったようだ。サラエボから一旦東京に連れ帰れば良かったと、自省の極みである。約12時間でパリのシャルルドゴール空港に到着。マルセイユ行きのターミナルに移動して、昔GRIS をダカールに連れていった出来事を懐かしく思い出す。
2002年秋、GRIS はマレーシアから東京に移動、日本に2カ月滞在してダカールに出発、初の長旅となった。12時間飛行機に揺られ、鳴き声もほとんど発せずに朝4時パリに到着。ダカール行きの飛行機まで、さらに12時間は空港ラウンジで過ごすことになった。今また、マルセイユに眠る<また旅猫>に会うためにこのシャルルドゴール空港にいる。傍らにはおらず、アパートメントのテラスに安置され、我が帰りを待っている。最後まで生きることに踏ん張ったGRIS、簡易の段ボールの棺で眠るように横たわっている。
 
 家のカミサマは虫の知らせなのか、亡くなった日は仕事を早く終えて帰宅していた。その帰りを待っていたのか、彼女の掌の中で午後7時45分に地上を離れていった。亡くなる時の詳しく話を聞くと、最後のウンチをしてから水も飲まず、餌も食べずにいたらしい。それは動物の本能なのか、身を綺麗にして死出の旅立ちをする準備をしていたようだ。本当に身綺麗にして家人を苦しませず、家猫にしては見事な旅立ちであった。
 
 26日土曜夜20時過ぎにマルセイユに到着。まだ少しだけ温かさの残るマルセイユの夜、テラスで海を見せながらお別れの献杯をする。そして、動物として見事な“死に際”を語り合うが、人間であればお通夜であろうか。その眠っているような姿、今にも起き出しそうな安らかな顔立ち、だが身体は冷たい、いつも抱いていた時の肌の温もりはもう感じられない。翌日は動物病院で最後のお別れ、マルセイユは澄みやかに晴れわたった気持ちの良い日であった。
FACEBOOK に温かいコメントを寄せてくれた人々がいる。
「もはや人と猫では無く、真摯に生きるもの同士の魂の交流、絆を感じ敬意を表させて下さい。ご冥福をお祈り申し上げます。」
「ごめんなさい。正直読まなきゃよかったと思いました。パリ郊外ヴェルサイユ生まれの旅猫を看取った時のことを思い出しました。」
 
その3《恋したのは、そのままの南仏と私♪》
 あらまあ、そんなことを書かれたら照れてしまうじゃない。でもね、あの時、新しい家の階段を必死で上って、家のカミサマの膝の上に乗っかりかかったの。だって人間の膝の上って温もりを感じるじゃない。まあ、そんなことで、家のカミサマは8か月たって南仏に愛着を感じ始め、仕事一筋に邁進しているわ。香高堂は旅行作家協会に入って、いつも物書きをしているけど、あまり発表していないようね。肝臓がんの検査もあって日本に定期的に帰っているようだけど、私はいつまでもご主人たちを見守っているわよ。
 それにしてもね、マルセイユって何とも手ごわい街のようね。「大阪のような雰囲気があり、人は良いがごみごみしていて、とにかく喧騒の街だ」と話していたわ。それに反してエクス・アン・プロヴァンスって何か文化の香りがしない?でも、あの二人はゴルフのために周辺をうろついてばかりで街中に入っていないだって。どなたか香高堂をお誘いして街中、特に裏路地を案内してくれたらありがたいわ。
 
 そうそう、第一主人の家のカミサマは下町育ちの深川っ子、南仏で3年過ごしたら定年退職を迎えるそうよ。香高堂は北海道釧路の出身で、国内外の旅を繰り返していたのに英語やフランス語はどちらもダメ。マルセイユに来て8か月も経つのに、記憶力の衰えは激しく、生来の怠惰な性格もあって一向にフランス語は身につく気配が見えないわ。でもね、どこでも相手の顔を見ながら笑顔で接し、身振り手振り言語を駆使しているようね。楽天的なのかしらね。
 あらら、長いことお邪魔しました。じゃあ、またね、時々出てくるから邪慳にしないでね。♪サヨナラ、サヨナラ、もうすぐ南仏は暑い夏、恋したのは、恋したのは確かに、そのままの南仏と私♪

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