日本感染症学会学術講演会参加報告

6月27日~29日まで神戸で日本感染症学会学術講演会が行われた。

私は仕事の都合で28日、29日の2日間の参加になったが、その参加報告をしたいと思う。大会期間中の講演と質疑応答は公開だが、ブレーク中に得た情報収集は非公開の場でのやり取りなので、後者は匿名化してお伝えする。

まず、全体を通しての感想だが、学会として規模は大きいものの学術的には非常にレベルが低いとの印象を受けた。こういうと私の個人的偏見と思われるだろうが、帰り際に情報交換した大手メディアの記者も全く同じ感想を漏らしていた。その記者はこれまで他の臨床医学系の学会の取材も経験しているそうだが、それと比較して学術的な深みが全く感じられないとの感想を述べていた。私もほぼ同じ感想で、学問の議論というより政治の議論に近い印象を受けた。

その中で、唯一大きな収穫だったのが、ブレーク(休憩)で私が個人的に交わした厚生労働省の官僚とのやり取りである(同省の人は多数参加していたので、個人の特定には至らないと思う)。その方は、この5月、6月と米国議会の公聴会でNIHの職員らが次々と証人として呼ばれて厳しい追及を受けたことを全て把握していた。新型コロナウイルスの塩基配列に、天然とは思えない非常に不自然な配列が入っていることもご存じだった。「あれを見たらおかしいと思うだろう」との感想を述べられた。これは私にとっては大きな驚きだった。

一昨年から私は分子生物学会、ウイルス学会、インフルエンザ研究者交流の会、デザイン生命工学研究会、情報処理学会バイオ情報研究会など、生命科学系の学会や研究会に多数参加してきた。そこで学者(特に大学の先生)たちと議論すると、彼らのほとんどは米国の議会や報道については何も知らず、そもそも自分が専門とする研究対象(病原体等)以外のことは知識も関心もない人ばかりだった。新型コロナウイルス研究所起源を本気で陰謀論と思っている情報弱者の大学教授も少なくない。厚生労働省の官僚は、大学教授たちより遥かに視野が広いようである。

新型コロナウイルスの起源に関しては、東大の佐藤佳教授の講演があった。佐藤教授は新型コロナの変異に関して多数の論文を執筆しているが、昨年から天然起源説を繰り返し主張している。私は質疑応答で、今年になってDEFUSE(武漢ウイルス研究所をメンバーに含むSARS系ウイルスをヒトに感染させやすくする研究プロジェクト)の草稿や米議会の公聴会でNIH官僚の情報隠蔽が明らかになった今も見解を変えていないのかと質問したが、彼の回答は今も天然起源と考えているというものだった。これについて冒頭の記者は、理由を付さずに結論だけ述べる答え方に唖然としたと言っていた。私は彼が主催する8月の新型コロナウイルス研究集会

で続きの議論をしようとだけ言って質問を終えたが、実はその後同集会の私の発表申し込みをリジェクトするとの通知が来た。今まで私がしてきた学会や研究会発表の申し込みは、新型コロナ人工起源を主張するものも、西浦教授のホームグラウンドである数理生物学会への感染症モデルに疑義を呈するシンポジウム提案も、全てアクセプトされてきた。学術的な基本ルールさえ守っていれば、異なる意見を受け入れて自由に討論するというのが学問の基本である。自分の意見の反対するものをリジェクトするという佐藤教授の態度は、学問の世界においては異常と言わざるをえない。

西浦教授というと、彼の弟子にあたる人とブレークで少し会話をした。西浦モデルはオリンピック開催時期や5類変更後の感染者数予測を繰り返し外したのに、予測を外した原因について原因究明や総括をしないのか、ソースコードの公開を何度も要求しているのに西浦教授はそれを無視するのはなぜかといった質問をしたが、残念ながらのらりくらりとかわされるだけだった。

学会全体を通じて感じたのは、次にまたパンデミックが起きることへの大きな期待である。忽那賢志教授は自身の講演で "Disease X" という言葉を口にして、また別のシンポジウムでは厚生労働省の官僚がネクストパンデミックという言葉を使って次のパンデミックに備えるという話をしていた。私はそれぞれの講演の質疑応答で「天然のパンデミックなど100年に1度起きるか起きないかである。一方、ヒトへの病原性・感染性を強めた人工ウイルスを作る機能獲得実験の数はどんどん増えている。次にパンデミックが起きるとすれば、それが原因の可能性が非常に高いが、世界でどのような実験が行われているかをモニターして、それに応じた対策を準備しているのか」という趣旨の質問をした。忽那教授の回答は「呼吸器感染症とぐらいしか想定していない」、厚労省官僚の回答は「仰る通り情報収集は大事ですね」といった回答だった。

ネクストパンデミックに備えるのは大事だが、当然ながら病原体が何かによって対策は全く異なるはずである。そして、その病原体が人工であるならば、世界中(特に中国)で行われている研究の実態を調査(中国の場合は諜報活動)することで、次に来るものが何かを予想し、それに備えることができる。実際、新型コロナの起源を追究する過程で、中国が二パやMERSのヒトへの感染性を高める研究をしていることが見出されている。そういう情報を無視してネクストパンデミックに備えるといっても、具体性のない対策は無駄に終わる可能性が高いだろう。

最後に、そのほかのシンポジウムや講演について少し触れると、製薬業が中国依存を脱却することが国家安全保障につながるという製薬会社の方の話には共感した。また、ダイヤモンドプリンセス号に副大臣として乗り込んだ橋本岳衆議院議員の講演があった。海外の人はサバイバー(生き残って帰還した人)を称賛する文化があるが、日本は逆にそういう人に差別意識を持つ面があるとの指摘は、私も共感できるものであった。その一方で、橋本議員の講演は全体的に言葉が軽い印象を受けた。普段、米国の議会公聴会を聴いているので、米国連邦議員との言語力の差を強く感じた。

今回の学会に参加しての感想を一言でまとめると、いろいろ言われるものの官僚はやはり優秀、その一方で学者と政治家は三流というのが日本の現実なのだろうということである。