日本で新型コロナ陽性者が減った原因に関する考察(その1)
日本で新型コロナウイルス陽性者が減った理由については、多くの人が議論をしている。今の時点で言えることは一つである。それは、何が原因かは科学的に証明されていないということである。よって、現時点で分かったかのような説明をしている人は、全員非科学的な人間であると考えてよい。
もちろん、いくつかの仮説はある。しかし、それらはあくまで仮説でしかない。ある仮説が、実際に起きている現象を説明できるからといって、それが正しいとは限らない。過去のデータに対してフィッティングできる理論はいくらでも作れるが、それが将来起きる現象を正しく予測できるとは限らない。その一方で、実際に起きた過去の現象を説明できないものは、間違いであると断言することができる。その理論は、観察によって既に反証されたものだからである。
医師の中には、人流低下あるいはワクチン接種率の上昇だけで、感染者の急減を説明できると主張する人が少なくない。しかし、それらは実際に起きた現象を説明できていないので、既に間違いであることが確定している。
感染者数の動きを分析する上では、SIRモデルに関する知識は必須である。
メディアでもしばしば登場するSIRモデルと基本再生産数、実効再生産数の関係については、こちらに解説がある。
Wikipediaの解説で満足できない人は、以下の門信一郎先生の解説を読むと勉強になるだろう。
上のSIRモデルには含まれていないが、ワクチン接種が行われる場合には、感受性保持者が、感染者になるのを経由せずに、直接免疫保持者になるパスが生じていると考えればよい。つまり、感受性保持者数は、ワクチン接種を受けておらず、感染もまだしていない人の数に相当する。
SIRモデルで、時刻tにおける新規感染者数は感染率β、感受性保持者数S(t)、感染者数I(t)の積βS(t)I(t)の項である(ここでは簡便のため、微分方程式を差分方程式化して考えている)。感染率βは、ウイルス自体の感染力、感染対策(マスク、手洗い等)、感受性保持者と感染者が遭遇する確率を変動させる要素(外出を控えるか否か等)などによって決定されるパラメータである。
現在、実効再生産数として発表されているのは、「直近7日間の新規陽性報告者数/(世代時間)日前7日間の新規陽性報告者数」による近似値とのことである。簡便のためγ=1と考えてSIRモデルに当てはめると、一週間を時刻の最小単位にしてβS(t)を求めたものが実効再生産数と見なすことができる。
東洋経済が掲載している下記データでは、8月1日には1.79であった実効再生産数が、9月13日には0.65とピークの4割以下に低下している。
では、この間に人流はどう変化したか。東京都医学総合研究所が出している下記データでは、お盆の時期を除いて、7月末から9月まで、人流はほとんど変化していない。つまり、人流はβの低下に寄与していないと考えるのが妥当であろう。
一方、ワクチン接種の寄与はどうか。上で述べた通り、感受性保持者数S(t)は、全人口から感染をした人とワクチン接種をした人を引いた数字である。日本の場合、感染者は今でも1%強なのでほぼ無視できる。では、ワクチン接種者は7月末から9月中旬でどう変化したか。
ワクチンの2回接種を終えた人は7月31日で30%、9月9日で50%である(なお、本来はワクチン接種から免疫ができるまでの期間も考慮すべきである)。よって、概算で感受性保持者数は8月初旬で人口の7割、9月中旬で人口の5割程度と考えられる。つまり、その間にS(t)は3割程度しか減っていないのである。ワクチンの効果だけなら、実効再生産数はピークの70%ぐらいにしかならないはずである。にもかかわらず実際は40%以下になっているのであるから、その差を埋める何らかの要素がなければ、現実に起きた感染者減は説明できないことになる。
以上示したように、人流とワクチン接種だけでは急激な感染者数の減少を説明することはできない。よって、何か別の要素が働いていることは間違いないが、それが何かはまだ分かっていない。次回は、その未知の何かに関してこれまで提示されている仮説について検討することにする。