プレプリント投稿完了まで(3/16~3/31)

荒川氏から提供されたデータを差し替えた改訂版の論文を私から荒川氏と松本氏に送ったのは3月16日である。この差し替えによって、2重投稿の心配はないと伝えている。

これに続けて、松本氏からオーサーシップに関するコメントがメールで送られている(このメールは松本氏に確認の上、同意を得て公開)。

同日の夕方に私は論文の改訂版を送っている。この時点で宛先は松本氏のみで、荒川氏がCC扱いになっていることが分かる。上述のやりとりで荒川氏が実質的に著者から外れているからである。ただし、松本氏の提案にあるとおり、acknowledgementに記載することは想定している(実際にそうなった)ことから、メールの内容は荒川氏にもCCで送られている。

パリグループのメンバーへの共著呼びかけは、ここで初めて話題に上がっている。この時点で掛谷・松本論文は荒川氏のデータとは無関係な論文になっている。よって、荒川氏がデータを提供した論文の共著者をパリグループで募ったというのは間違いである。

なお、メール文面でも触れているが、パリグループのメンバーに共著を呼びかけようと私が考えたのは、論文のイントロとディスカッションで武漢株の起源に関するウイルス学者の情報隠蔽、過去にウイルス学者が起こした実験漏洩事故について触れており、それらの情報はパリグループの議論を通じで学んだことだからである(実際にはパリグループからの共著参加はなかった)。正直、変異の偏りだけでは実験室起源を主張するには根拠として弱い。掛谷・松本論文の強みは、変異の確率計算に加えて、ウイルス学者の事故隠蔽体質を示す過去の具体的事例を数多く提示している点にある。

パリグループはこれまでもいくつかの論文を共著で書いてきた。最近ではJournal of Virologyにレターが掲載されている。このレターの筆頭著者は2024年6月18日に米国議会上院の公聴会で証言したRichard Ebrightである。その公聴会にはパリグループからSteven Quayも証人として出席した。パリグループでは、原稿をGoogle Driveに置き、それに各メンバーが修正・加筆をする形で原稿を仕上げることが多い。毎月4時間の議論も交わしており、そのメンバーが共著者に入ることはゴーストオーサーやギフトオーサーに該当しないと考えられる。

このあと、3月18日に私と松本氏、荒川氏でZoomミーティングをしている。

荒川氏はこのミーティングで私が『真理の探究などは誰か別の人にでもやってもらえば良い』と言ったと主張している。私自身全く記憶になく、自分が口にするとは思えない発言である。それだけでは私の主観でしかないが、この時点でそれぞれが別々に論文を書くことについてお互いの了解が得られており、この会議で強い主張をする必要はなくなっている。荒川氏が会議を録画・録音しているなら、是非証拠を公開していただきたい。

この会議の後、私と松本氏で論文の最終稿の推敲が行われ、3月31日にプレプリントサーバーで論文を公開した。そのことはすぐに私から荒川氏に報告しており、荒川氏もそれに対して確認の返信をしている。

荒川氏の主張するように、本当に掛谷・松本論文が全て荒川氏のデータを使って書かれた論文ならば、プレプリント論文が公開されたこの時点で抗議するはずである。荒川氏は掛谷・松本論文にはそうした問題は全くないと認識していることは、「ご連絡をありがとうございます」という返答文面が示している。

なお、このやりとりとほぼ同じ時期の2022年3月29日、以下の論文がVirusesから出版されている。

この論文には、荒川氏が行った主要変異株のN変異とS変異の数え上げが行われている。祖先型の計算も荒川氏の行った最初の10個のコンセンサス配列ではなく、最初の2ヶ月間に見つかったサンプル全てのコンセンサス配列を使っており、信頼性が高い。また、解析の内容もコンセンサス以外の変異や組み換えの可能性についても分析しており、荒川氏の解析より遥かに先を行っている。この論文が出た時点で、荒川氏の論文の新規性はほぼ失われているとの評価が妥当と考えられる。

なお、この論文は人工起源の可能性には一切触れていない。スパイクタンパクにN変異が異常に多いことは、人工起源の根拠にはならないと論文の著者らは考えているようである。この論文では、他の動物に感染が広がっての変異と、免疫不全の患者の体内で免疫逃避の組み合わせによりこの異常な変異が起きたのではないかとの仮説を述べている。

この論文の仮説を崩せるのが、田中・宮沢論文で提示されたデータである。その意味で、田中・宮沢論文の学術的価値は極めて高い。

今回のまとめ

  • パリグループへの共著呼びかけは荒川氏が著者から離脱した後である。

  • 過去のパリグループの共著論文は、オンライン会議での議論を踏まえ、Google Driveで草稿を共有して編集する形で作成された。

  • 掛谷がZoom会議で「真理の探究などは誰か別の人にでもやってもらえば良い」と発言した証拠はなく、その蓋然性もない。

  • 荒川氏は掛谷・松本論文のプレプリント公開の報告を受け、それを確認する返信を送っている。そこで内容についての異議申し立てはしていない。

  • 2022年3月29日にVirusesに出版された論文は、荒川氏の解析内容を包含しており、この論文出版時点で荒川論文の新規性はほぼ失われている。また、この論文は変異株人工起源の可能性には一切言及していない。このことは、N変異への異常な偏りだけでは人工起源を主張する証拠として弱いことを示唆する。

次回はプレプリント公開後の一連の出来事を振り返ることにする。