己への浪費許容ハードルがメチャ高い
これを読まれている人間諸兄姉、「今までで一番頑張ったこと」は何だろうか?今まさに就活生が飽きるほど聞かれている質問であろう。
私は思いつかない。就活生だった当時もこれが答えられず、追い詰められ就活カウンセラーに「何も頑張った記憶がないんです…」と相談し「ええ…(困惑)」と悩ませてしまった次第だ。
そもそもこの世、全ての人が頑張りすぎではないか?私はツイッターでフォローしている人間がそれほど多いわけではないが、毎日遅くまで仕事をし、終電で帰ります~トホホ!辞メチャオーゼ~!(キョウリュウジャー)と嘆く人が少なくない。私は特にめちゃめちゃ頑張って仕事を成したことがない。ていうか仕事ができない。何かを印刷する度に設定を失敗している。
自分は頑張ったことがあるのかもしれないが、どれも記憶に残っていない。
記憶に値しない頑張りだったのかもしれない……。高校受験、部活動、大学受験、就職活動、アルバイト、卒業論文、何かはしていたはずだがどれも記憶に残っていない。私以外の人が頑張っていたことはよく覚えているのだが、肝心の自分が何をしていたのかサッパリ覚えていない。もしくはあまりに当時頑張りのあまり苦痛を感じていたため脳が記憶として保管することを拒否したのだろうか?頑張らなかった記憶はたくさんあるので、そうでもないはずだが……。
とにかく私は己への「頑張ったネ」承認ハードルがめちゃめちゃ高いのだ。理想が高いから「あ~ん、こんなんじゃ頑張ったって言えないよぉ!」と言っているわけではなくとにかく自分が頑張った記憶がないからだ。あまりに弁解を重ねると恥ずかしいが異世界転生系主人公が「い…今のでも能力(チカラ)を抑えたほうなんだけど?(参ったなぁ…)」って言ってる感じのやつではない。
頑張ったネ承認ハードルが高いと引き起こされることは何か?
物欲の自己制限である。
私はとにかく物欲がない。幼稚園の時におすなばで己の身の丈にそぐわぬ物欲を自覚し恥じてからというもの、物欲と難しい距離を保ったまま生きてきた。
服も化粧品もおもちゃも欲しいな~~とは思うが実際に購入に至るまでに果てしなく遠い自己承認坂を登り、転がり落ちることとなる。
漫画は読んでいるうちにお金を払ったことを忘れるので無料だから買っていいとする(謎理論)が、それ以外のものは買う前に考えてしまうのだ。「これを買うほど頑張ったかな…?」と…。
自己分析すればこの自己肯定・承認ハードルの高さは私の祖母がKGB(クレイジー頑張りババア)(クレイジーはCだろ)であることに起因すると思うのだが、そんなことはまあ今更言ってもしょうがない。己が創出したコンプレックスは己にしかなんとかできないものだ。
よく考えたら誰しも何も頑張っていなくとも自分が満足できれば、金の都合がつくのであればなんでも買っていいのだが、ゲームボーイアドバンスのカセット価格以上のものを無為無策無為努力で購入しようとすると怖いのだ。浪費でGO!の発車許可が下りないから……。
しかしこの度、私の物欲稚内(ぶつよく・わっかない=湧かないの意である)人生においての歴史的大革命が起こった。
アホクソカワイイ時計との出会いである。
コイツだ。ポール・スミスの新作時計、PS Paul Smith Watch Limited Model(は?英語がいっぱいで頭に入ってこない)くん。
私はファッションプレスのツイートを見た瞬間心を奪われた。私は生粋の喪女で喪雀(もざく)の巫女としてなぜか喪女の心の寄ん処とされているため「喪女がファッションプレスなんてファボしないでください!」と怒られる地獄で暮らしているのだが、ファッションプレスのアカウントは無料でカワイイものと旨そうなものが流れてくるので最高のアカウントなのだ。
なんて可愛い時計なんだ?Suicaみたいな配色、オレンジと水色でポップな配色、黄色とネイビーのたまらなくコントラストが美しい配色。私はすっかりトリコ(小松ぅ!)だった。炎の守護聖風に言えば「視線の導火線に火がついた ツイートと目が合ったとき…」だ。私は今まで逆ハー系作品の「俺がここまで本気になったのは初めてだ」という系統のセリフを尻を掻き鼻をほじりながら見ていたものだが、もう今後はバカにできない。一目で恋に落ちた。
「俺はなんとしてもコイツを手に入れたい」そう思った……。この俺がだぜ?50円のコーヒーももったいなくて買えない物欲稚内肘樹様が…。お笑い草、だよな…。
私はファッションプレスの画像を保存して、カメラロールに閉じ込めては眺めた。スーパー攻様が手ごわい受の写真(執事に盗撮させたもの)を眺めるように。
どうしてこんなにも俺の心を惑わせる?ポールスミスの時計はなんと¥24,840、ないし¥27,000もするんだぞ。これは5.635GBAC(ゲームボーイアドバンスカセット)に値する。それほどの価値があるのか?本当に……?ましてやこの時計は男物で、そのうえこの時計を買ったところで着けるのは万年髪をひっつめているせいで頭頂部が薄くなってきた喪女なんだぞ。そんな価値が……?本当に?価値とはポール・スミスくんのことではなく、もちろん自分の事だ。
私は本当に悩んでいた。時計なら祖父に買ってもらったシルバーの長年使っている者があるので必要はないのだ。でも……欲しかった。
私は夕食を食べながら母に切り出した。
「この時計、欲しいんだ……可愛くない?」
母はポール・スミス公式サイトの画像を見て、しばらくサンプル写真を激しくフリックでスライドさせていた。
「こんなに可愛いポール・スミスが27000円なの?あんた漫画描いてるし、頑張ってるし、買っていいんじゃないの?」
…………………………そうだ………………………。
忘れていたが私は今フルタイム勤めをしながら…運のいいことにマンガを描いており……毎日2時に眠り…半年間髪も切らず……一人DINKS(ダブルインカムノーキッズ)なんだった……。まあだからといって…手取りから考えるとアレなんだが……。
私は自室に戻った。
♪メチャメチャ クソ高い時計だってふいに なぜか ブチ求む 勇気とパワー湧いてくるのは
メチャメチャ 厳しい日々達が ふいに 見せた 労働のせいだったりするんだろうね
ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス
バァン!!!!!!!!!!!!!!!!(霊買)
数日後、休日に家で漫画を描いていると荷物が届いた。「祖父からの魚か、みかんかな?(愛媛あるある)」と思ったら、ポール・スミスの箱だった。
ポール・スミスは注文してから、流れ星が流れてから人が願いごとを言い終るまでの時間のようにあっという間に届いた。
なんとポール・スミスは埼玉県越谷市から発送されているらしかった。埼玉県越谷。私が日本で一番好きな地名だ。(もちろん「とっても!ラッキーマン」の舞台だから)
私は自室にポール・スミスの箱を連れ帰り、連日のめちゃめちゃな生活で荒れた部屋の風景を眺めた。部屋を5万年ぶりに片づけることにした。私はポール・スミスをこれから開封するのだ。こんな邪気に満ちた廃屋パロの部屋ではポール・スミスに失礼だと思ったからだ。
天高く積み上がっていた漫画タワーを解体し、呪いのごとく絡みついたカーペットの毛を取り、布団を引き直し、窓を開けて、ポール・スミスを開封した。
ポール・スミスのマークを初めて見た私は「Dr.リンにきいてみて」のことを思い出していた。闇堕ちお兄ちゃん近親相姦は120点だったが、メガネを外したのはよくなかったな。そんな話は今はしていない。
ああ………………………………………………………………………………。
神よ…俺を祝福しろ!ポール・スミスは何にも代えがたいほど可愛かった。ネイビーのレコード盤、その細かな溝、時計が読めない数字オンチの喪女の目にも優しく飛び込んでくる大きな12時間表示の数字、24時間表示の細かな文字、レコードの回転数を表示する遊び心、鮮やかな水色の秒針、黄色の切っ先をもつ時針…
そしてこのベルトはどうだ!?!?!?!?ネイビーのベルト、それも側面が黄色!!!!!!!!!私はこの世で一番黄色が好きだ!!!!!!!!!!いや、黄色と青色の組み合わせが好きなんだ”!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!トレビアン!ビューティフル、アユミ!(突然ガラスの仮面のハミルさんになるな)
こうして私は世界で一番可愛い時計を手に入れた。シリアルナンバー32、あと10後なら世界一可愛いジャンプ漫画の主人公追手内洋一君の体重42キロと一致していたので惜しいところではあるが、そんなことは関係ない。私は自分を許したのである。漫画を描かせて貰っているおかげだ。漫画を描かせてくれている一迅社に、勤めている会社に、世界に感謝、ポール・スミスに、埼玉県越谷に感謝したい。
私はツイッターの名前を「物欲稚内」から「物欲わくわく」に変えた。
時計はまだ一度も着けていない。
もっと頑張った時に着けようと思う。
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