Diffusion of Innovations の解説ー9

Diffusion of Innovations theoryは「よい技術があったとしても、それが普及するとは限らないのはなぜか?」という問いについて考える理論です。

Diffusion of Innovations theory の歴史について、第三回です。今回は、「普及学」の研究が行なわれている分野についての紹介です。

1962年にRogersが普及学を一つの体系だった学問分野として「Diffusion of Innovations Theory」という本にまとめて以降、普及学あらゆる分野に適用されるようになりました。その事例と特色を紹介します。

1) 農業
普及についての研究がもっとも早く行なわれるようになった分野の一つが農業です。普及学が形になり始めた1940年頃、社会の発展のための大きな関心事の一つが農家の生産性をあげることでした。農業分野における普及学の特徴は、地域の環境や文化との密接なつながりです。例えば、アリゾナ大学の文化人類学者Steve Lansingがインドネシアのバリで行なった研究では、コミュニティの水管理の仕組みが、生産性の高いコメの品種が普及において大きな役割を持つことがわかりました。Steveらが研究を行った農村では、ヒンドゥー教の僧侶がコミュニティ内での稲田に流れる水の管理を行なっていました。水の一括管理は、米の生産性の維持、害虫や疫病発生の防止のためにとても重要な機能として根付いていたのです。現地での観察とインタビューを通して、この地域独自の完成された仕組みが、新しい米の品種の普及が簡単に進まない要因であったことがわかりました。地域に根付いた仕組みを理解し、それに即した方法で技術が導入されることが、新しい農業技術の普及には不可欠であることがわかります。

2)教育
教育分野における普及学の特徴は、注目するイノベーションの変化と、とそれに伴う研究対象の変化が挙げられます。初期の教育分野の普及学研究では、幼稚園制度の導入や、新たな教授法の導入など、国、自治体レベル、あるいは学校レベルでの普及を考えたものが扱われ、新しい教授法を取り入れやすい自治体や学校の特徴などに関する議論が主に行なわれました。これに対し、近年では、教室レベルでの教授法や、教育技術の導入など、個々の教員や生徒に着目した研究に焦点が移り、学校の制度や設備に加え、教員や生徒の認知的な側面に関する議論が増えています。

3)医療・公衆衛生
医療・公衆衛生分野における普及学の特徴は、予防技術を扱うことが挙げられます。予防技術とは、将来起き得る問題を事前に防ぐための技術のことを言い、普及が起きにくいことが知られています。予防技術に関連して、1960年頃から行なわれるKAP研究というものがあります。KAPとはKnowledge Attitude Practiceの頭文字で、人々が、予防技術の知識を持つこと、それが大事であると考えること、それを実際に行動に移すことの間にある隔たりのことを言います。この隔たりを理解することで、予防技術の普及の阻害要因を把握し普及を促す方策の提案につながります。医療・公衆衛生分野の二つ目の特徴として、HIV/AIDSを防ぐための避妊具の普及など、プライバシーに関わる情報を含む場合が多いことも挙げられます。

4)マスコミ
マスコミ分野の特徴は普及するものが、物ではなく情報であることです。そのため、人々の行動の変化よりも、情報伝達手段に焦点が置かれることが特徴といえます。一般的に情報は新聞、テレビ、ラジオといったマスメディアを通した方が早く普及します。一方で、ひときわ注目度の高いニュースになると、人づてのコミュニケーションが普及に寄与するといった特色ある傾向も見られます。1990年に起きたチャレンジャー号の事故に関するニュースについての研究では、家にいた人に比べて、職場に来ている人たちの方が、ニュースについている確率が3倍も高いことがわかりました。これは、職場での個人間でのコミュニケーションが情報の普及に寄与した例と考えられます。

5)マーケティング
マーケティング分野は、近年の普及学が最も行なわれている分野の一つです。マーケティング分野では、Frank Bassが1969年に発表した、新商品の普及を予測するBassモデルを用いた研究が多く行なわれています。マーケティングの分野において、商品が売れるかどうかを予測することが大きな関心事である事の現れと言えます。商業の分野の他に、ヘルメットの普及、シートベルト着用の普及、禁煙活動の普及などといったSocial marketingという分野にも普及学が適用されています。Social Marketingの分野では特に、特定の人の行動パターンの分析により、無理なく自然に、目指している行動に導く工夫を導入することが重要である事が分かっています。

6)地学
地学分野は普及学の主要の分野というわけではありませんが、重要な知見を示す分野の一つです。地学分野で使われるのは地図などの位置情報です。普及と場所の関係を示すのが地学分野における普及学の特徴です。Hagerstrandは1952年に普及と位置の関係をモデル化した研究を行いました。Hagerstrandらは、スウェーデンの郊外で行われた農業技術の普及を調べ、普及者の多くが、初期に農業技術を使い始めたEarly Adopterの近所に集中している事を見つけ、"neighborhood effect"と名付けました。普及が単なる個々人の意思決定ではなく、社会的つながりや活動の中での社会変化だとする普及学の重要な発見に貢献している分野であると言えます。

以上、6分野における普及学の例と特徴を説明しましたが、この他の分野でもDiffusion of Innovationsを適用した研究が行なわれています。

(引用元: Rogers, E.M. (2003). Diffusion of Innovations (5th ed.). New York, The Free Press.)

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