Diffusion of Innovations の解説ー10

Diffusion of Innovations theoryは「よい技術があったとしても、それが普及するとは限らないのはなぜか?」という問いについて考える理論です。

Diffusion of Innovations theory の歴史について、第四回です。今回は、「普及学」で扱われてきたテーマについての紹介です。

「普及学」で扱われてきたテーマは大きく8つに分類されます。

1. イノベーションが知れ渡るまで
このテーマでは、イノベーションが、人々の間で、いつ、どのように知れ渡るのかが議論されます。情報を早く知る人とそうでない人にはどのような特徴があるのかは特に重要な内容の一つです。例えば、Mayerらは、1986年に起きたチャレンジャー号の爆発事故の情報がどのように広まったかを研究しました。研究では、事故発生から30分以内に知った人たちの多くは、ラジオやテレビといったマスメディアから情報を収集していたのに対し、遅く知った人たちは人づてにニュースを聞いた人が多いことがわかり、情報の拡散におけるマスメディアの役割が強調されました。

2. イノベーションの種類による普及速度の違い
普及しやすいイノベーションの特徴を分析するのがこのテーマの主題です。例えば、Fliegel と Kivlin (1966) はペンシルベニア州の農家を対象に、33種類の農業技術について15項目の特徴について調べ、普及しやすい技術の特徴を整理しました。比較優位性が高いと認識されている技術が普及しやすいこと、さらに、人々の価値観との一貫性を持つことが普及のしやすさを決める上で最も重要な特徴であることが示されました。

3. イノベーティブ特性(Innovativeness)
イノベーションを受容しやすい人やグループの特徴を分析するのがこのテーマの主題です。Deutschamann と Borda (1962) やRogers (1961)は農家を対象にした研究を行ない、イノベーションを受容しやすい人は、身近な人以外とのコミュニケーションを積極的にとり、教育レベルが高く、大きな農場を持つ特徴があることを見示しました。またMohr (1969)はミシガン州の120の保健局を対象にした研究を行ない、保健局の中でも、資金に余裕があり、局長が新しい技術の導入に積極的で、規模の大きいという特徴を持つ場合に、イノベーションがより受け入れられやすいということを見つけました。

4. オピニオンリーダー
コミュニティに影響力の強い人が存在し、周りの人の行動に影響を与える場合があります。このような人のことをオピニオンリーダーと呼びます。普及学の重要なテーマの一つが、このオピニオンリーダーの役割についての研究です。Kellyら(1991,1997)は同性愛者の間でのHIVの予防についての研究を行ない、同性愛者が集まるバーのバーテンダーからのコミュニケーションがコミュニティ内での予防活動の普及に大きく貢献していることを発見しました。

5. コミュニケーションネットワーク
イノベーションに関する情報や習慣がどのような経路で広まっていくのかを分析するのがこのテーマの主題です。Coleman(1966)の研究では、新薬を採用した医者のコミュニケーションの経路を調べたところ、同じ職場であることが最も重要であったことに加え、年齢や住んでいる地域が同じである人同士でのコミュニケーションの中で、新薬に関する情報が伝わり普及を促進していたことがわかりました。

6. 異なるコミュニティでの普及速度
このテーマでは、同じイノベーションであっても受け入れるコミュニティによって普及する速度が違うのはなぜかという問いを扱います。Rogers と Kincaid (1981)は韓国の24のコミュニティでの家族計画の広まりについての研究をしました。避妊の考えが最も早く普及したコミュニティではテレビなどのマスメディアが頻繁に利用され、リーダーとコミュニテイのメンバーとのつながりが強く、普及を促すコミュニティ外の専門家とのコミュニケーションが密に取られているような特徴を持つことがわかりました。コミュニティの資金の規模はさほど重要ではありませんでした。

7. 情報伝達手段
このテーマでの主題は、異なる情報伝達の普及における役割について調べることです。RyanとGros(1943)が行なった品種改良種のトウモロコシの普及に関する研究では情報伝達方法の違いが、普及過程において様々な影響を持つことがわかりました。農家の情報伝達は主に、種の売人か近所の農家のどちらかで、普及に大きく貢献したのが近所の農家であることがわかりました。一方で、早くから品種改良種のトウモロコシの栽培を始めた農家は売人からの情報を頼りに、品種改良種のトウモロコシの採用を決めていました。このようにアーリーアダプターにとっては、コミュニティ外からの新しい情報をもたらす手段が効果的に作用し、マジョリティには近所の農家のような重要な相手からの情報伝達が効果的に作用することが示されました。

8. イノベーションの効果
このテーマの主題は、イノベーションの普及によってもたらせる変化についてです。イノベーションの普及は、そのコミュニティが持つ社会課題の解決を目的に行われます。しかし、イノベーションの普及によって予期せぬ結果をもたらす場合があります。その点について、多角的な視点から普及の結果を分析するのがこのテーマです。Sharp(1952)は、オーストラリアの少数民族Yir Yorontの生活レベルを向上させるために、鉄製の軽い斧の導入をした事例について研究を行ないました。Yir Yorontの人たちは長年、石斧を使っていました。石斧は重いため、成人男性のみが扱えるものでした。彼らの生活様式の改善に導入された鉄製の斧は、結果として、女性や子供も木の伐採に参加する状況を作り、これまで彼らが長年培ってきた、性別や年代の役割や構成を覆し大きな混乱を起こしてしまいました。

以上見てきたように、普及学あるいは、Diffusion of innovations theoryはある一つの事象の解を見つけるものではなく、イノベーションが普及し、社会の変化が起こる過程を整理するための理論であると言えます。この8つのテーマを中心に、普及学で扱われるテーマはさらに多様に広がりながら進化を続けています。

(引用元: Rogers, E.M. (2003). Diffusion of Innovations (5th ed.). New York, The Free Press.)

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