全ての呪いが解けるとき

妻は20年来のジャニオタだ。

私も多趣味だ。だから合法であるならば、好きなものにお金と時間を費やすことに、かなり理解を示してきたつもりだ。

それでも苦言を呈したことが2回ある。

1回は、あるジャニーズタレントの等身大ポスターを寝室に貼ったとき。これは「シンプルに目が合って怖い」という私の訴えを受け入れて、外してもらった。

もう1回はコンサートの時だ。妻がチケット2枚取れてしまったもののジャニオタ仲間が体調不良で参加できないのでガッカリしており「であれば、おれが一緒に行こうか」と申し出て参加した時である。この申し出自体はとても喜ばれ、しかも当日会場で発券したところ最前列に近い「神席」が取れてしまい、妻の熱狂は最高潮に達した。妻の推し、ジャニオタ風に言うと「自担」がトロッコのようなものに乗って真上に来た時があり、そのとき、神社で煙をかき集めるような動きを妻がしたので、どうしたのかと聞くと、彼女は恍惚とした顔で「汗を浴びたい」と言い放ち、私も迂闊だったがつい「え、キモ」と素の反応が出てしまい、空気が凍りついた。

これは、離婚寸前までいった。

「〇〇(私との共通の友人で、ジャニオタである)にも確認したが、担の汗を浴びたいのは人として当然の欲求であり、それをキモいと言うあなたは頭がおかしいのではないか」

というような供述をしていたが、私は相変わらず本音としては「え、キモ」「奴隷の発想やん」と思っていたが、まあ、この点はともかくとして私も頭がおかしいのは自覚があるし、謝って収まるなら謝ってきた人生だ。私は安い謝罪をして、その場を収めた。ジャニオタは妻の人格の根幹を成す部分であり、恐らく不変だ。ここは私が折れるしかない。そう思った。

そんなジャニーズへの偏愛を見せていた妻であるが、昨今の報道である。

最初はかなり動揺していた。

「そんなことが本当にあるなんて」

私が中学生くらいのときから、つまり25年以上前には話としては知っていた。妻も知らないはずはない。センシティブな状況なので直接は聞いてないが、「誤解を招くようなじゃれあいがたまにあった」くらいの認識であったと思われる。

「気持ち悪くて、記事が最後まで読めない。お尻にクリームを塗ってとか、マジで無理」

お尻にクリームを塗るくだりまで読めているなら、その先はワンアクションくらいしか思いつかないので、もうほとんど全てが分かっていると見て間違いないのだが、やはり私からはできるだけ触れない。触れられない。何も言えない。言葉にならない。

言葉にはならないなりに、額に「VANSON」と書いてあるキャップを買って無言で煽ろうかな、と思っていたが、そんな私の悪い冗談が通じる局面をとうに過ぎている。

それでもしばらくは「ワンチャン、タッキーの事務所に全員引き受けてくれれば」みたいな願望を唱えていた。だが報道はどんどん加熱し、それも現実的ではないことに徐々に気づいてきたようだ。

「だいたい、ジャニーズ事務所って名前の時点でもうキモくて無理になってきた」

「ていうか、SexyZone(そういうグループがあります)てそういうこと?キモ」

「美 少年て!(これもグループ名)」

「ジャニーズJr. てのも、そもそもどうなの?」

妻の批判は止まらない。

「番組名もさぁ、よく考えたら『裸の少年』とか、『少年倶楽部』とかってどうなの?」

少年倶楽部という番組を毎週録画するために我が家はBSを契約しているのだが、近日解約になるだろう。

「なんだろう、日に日に、呪いが解けていくような気がする」

そう妻が言うので、私も今ならばと思い、ご意見を挟んでみた。

「おれが12歳とかのアイドルグループにハマって、露出高めの衣装にワーキャーしてたらキモくないか。裸の少女とか、少女倶楽部とかの番組を毎週食い入るように見てたらどう思うか」

「めっちゃキモい」

「性別が逆なだけで、今まで君がしてきたことはそういうことだと思う」

「そっか…うん、たしかに、たしかに…そうだね…」


妻の呪いは解けた。

彼女の人格の根幹が、ここまで揺らぐのか。ありがとう、面識ないけどカウアン岡本さん他。出会うことがあれば、鳥貴族をおごる。

「私もう、ちょっと、ジャニーズは離れるわ」

うんうん。よかよか

「これからは、ゼベワンにする!」

へぇ…って何それ…?

ゼロベース、ワン…?略してゼベワン?K-POPにそういうのが最近できたんだ。おじさん、知らなんだ。あはは。

VANSONキャップ、やっぱ買おうかな。

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