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芸協真打披露興行で考えたこと

柳雀師匠・昇也師匠の披露興行、浅草演芸ホール5日目に行きました。
前売は昇也さんから3枚購入。うち2枚を末広亭で使って最後の1枚、これがわたしの披露目最終日です。

定席3館30日間興行の中日。Twitterでも出回っていましたが、NHKの取材が入っていました。わたしも色々答えたんですが、あとから「なんか芯を食った話ができなかったなー」と思ったり。

ということで、Noteに書いて成仏させる。番組のネタバレにはならないと思います。

演者と客が最上の形で共有する空間

話は遡って、わたくし中学から高校まで部活で演劇をやっていました。鴻上作品がとりわけ好きだったんですが、それは「第三舞台というコンセプト」に出合ってしまったからです。

「まず第一舞台がありまして、それはスタッフとキャストが力を合わせた舞台のこと。第二舞台は観客席。第三舞台は、第一と第二の舞台が共有する幻の舞台。劇団の自己満足に終わらず、お客さんが付き合いで来ているだけでもない、最上の形で共有する舞台、ということで第三舞台と名付けました。
鴻上尚史/早稲田演劇新聞1981.VOL7

それから20年後、不意に演芸にたどり着いたときに、自分の舞台芸術観にこれ以上なくピタッとはまった。同じ演者同じ演目でも、二度と同じ舞台はない、だから通い始めた。その1回目が、浅草演芸ホールの昇太師匠の高座でした。

器用が最大の欠点と言われる人

かくして6年経ったら昇也さんがイチ推しになっていた。なぜだろう?最初のころは、いずれ自分は昇羊ファンになるんだろうと思っていました(もちろん昇羊さんも好きです、いまからでも可能性はある!)

振り返ってみると、昇也さんに関しては、会場揺れる級の大爆笑ももちろんなんですが、些細なミスから総崩れで結果敗退とか、客が全然乗らずもがき苦しむ高座とかも見ていた。

で、昇進会見の師匠コメントをきいて合点がいったというか、すごくドキッとしたのです。

器用でなんでもそつなくこなすがゆえに、泥臭く努力しない。それが彼の最大の欠点です。

まるでわたしが言われているみたいだ…Oh, No…自分ではよくわかっています。口上書をいただいたら、これまた同じことが書いてあって、お前も反省しろ、と言われているような気がした。ヤメテーーー

つまり昇也さんには「自分と同じ失敗をする生き物」をどことなく感じていたのかなと思います。昇也さんに限ってトチッたとかウケないとかに多く遭遇したんではなく、そういう部分がやけに解像度高く見えたのかな。

客にとっても披露目は節目

披露興行はこれまでにも数々みてきたけど、主役がイチ推しの披露目はやはり全然違うというか、口上に並ぶ姿を見たら感極まりました。清々しさで。人の感情に、清々しい泣きってあるんだ!

新真打ご当人の人生の節目なのはいうまでもありませんが、ファンのファン歴においても、新たなステージへの幕が開いたような心持ちがしました。

以前、なにかで昇太師匠が「自分と同世代の落語家を追いかけていくと楽しくなるよ」とおっしゃっていた。

成金世代は同年代だから、活躍している姿は励みになるし、この先50代、60代と一緒に歳を取っていくわけで、真打昇進の節目で、それがさらに楽しみになった気がしています。

余談:ドキュメンタリーの制作って、クソ大変だな…!

取材での会話は不完全燃焼だったものの、自分にとってはけっこう大事な話を棚卸するきっかけになったので、ここに書きつけて供養といたす。

ディレクターさんはおそらく誘導せず介入せず、ありのままを聞きたいんだろうなという感じは受けつつ、答えている側は思考が深まらないんで、嘘ではないけどペラいことしかしゃべってねえな、使いどころなかったらごめんやで、と思いながら答えていました。

横で他のお客さんも何人か答えていたんだけど、取材した客全員が絶対同じことをしゃべってるであろうくだりとか聞こえてきて、ディレクターさんは全部初耳みたいに新鮮に傾聴していらした。なんて大変な仕事なんだ…。

たった3日、関係性ゼロの人間にほとんどランダムに声をかけて素材を集めるのって、長期密着の手法とはきっと全然違う難しさだと想像する。良い番組になるといいな…。7月放送予定との由。披露目の舞台裏が見られるのが爆裂楽しみです。

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