お通夜で気づいたお経の効果

日本に到着した翌日がお通夜だったんですが、夕方から葬儀場でやるので時間に余裕があります。
母から「美容室で髪を切ってくれば?」と言われて「それ今やる事か!?」と思いましたが、母も前日に美容室でカラーリングしてきたとの事。
お通夜はいろんな人が来るので、頭がボサボサじゃない方が良いからという理由だそうです。
とは言え、切るほどの状態ではなかったので、近所の美容室でシャンプーとちょっと良いトリートメント、ブローだけお願いしました。
そのまませっかくなので、パスポート写真撮影。

お通夜会場には親族は早めに入り、司会の方などと打ち合わせを行います。
そして霊安室から葬儀場に入る父にも、この時やっと対面できました。
棺に入る時は白装束を着るものと思っていましたが、故人の服でも良いそうで、義姉が選んでくれた明るい赤のチェックシャツに身を包み、まるで午睡しているだけのような姿の父に対面しました。

母の友人は良い方が多く、今回の葬儀の為の打ち合わせも母と一緒に取り仕切ってくれて、簡素だけれど寂しくない式場にしていただきました。
母は「お父さんお花が好きだから」と、花代だけは奮発したようです。私は「燃やすのに・・・」と思ったけど、まぁそういうものなのかも。

通夜、葬儀はマスク必須

お通夜、葬儀はマスク必須との事ですが、特に親族は間違いなく泣くので、スペアを持ってきた方がいいです。
マメに拭くようにしてたけど、やっぱり最後はマスクドロドロでした。
ところでタイトルの話になりますが、今回お坊さんのお経と言うものを通じて、お経の意味みたいなものがわかったような気がします。
お経は周波を問わず、一定のリズムと独特の音程で読まれるわけですが、あれが脳のどこかしらの部分を刺激、あるいは緩和するのかも。

父が亡くなった事は悲しいし、ショックももちろんあります。正常とは異なる状態である事は間違いないのですが、かといって母にしても私にしても、まる一日泣き暮らしているというわけではないのです。最後が急だったとは言え、余命自体はもっと前から知らされていたので、ある程度の覚悟ができていました。
葬儀が始まる直前まで、葬儀場のスタッフの方と談話する余裕ぐらいはあったのですが、お経が始まったとたんにとめどなく涙が流れます。
ある種条件反射的にというか、泣こうと思って泣いているわけではないし、お経の内容に聞き入ってるわけでもありません。
しかし、涙とともに父への思いとか、父が何を考えてたんだろうとか、思い出とか、そういったとりとめのないものがわーっと頭を占めていくのです。

どうしようもなく涙が流れる中、頭の片隅で「お経ってこういうものなのか」と思いました。
脳を解放状態にさせるというか、そういう効果があるのかなと思いつつ、特に調べたりはしていないんですけど。
もしかしたら親の葬儀で泣けないかも、ぐらい思ってたので、めちゃくちゃ涙が出たのは自分でも驚きでした。

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