寝ても醒めても好き過ぎて。
ソファでくつろいでいると、ムスメが隣にぎゅっと腰掛けてきて、お気に入りの動画を幾つも見せてくれる。
彼女には、今、推しがいる。寝ても醒めても好き過ぎて、好きに殺されそうになっている真っ最中だ。
「目の前に現れてくれたらいいのに……」
「そりゃあ、切ないね」
恋のようなものである。推しは二次元にいる。会えない切なさは募るばかりだ。
幼い頃から、仮面ライダーにハートを掴まれている子なのだけれど、また違った形の好きなのだろう。先日も、『全てに於いて一番好きな番組は仮面ライダーセイバー。イケメンが出てきて、イケメンが出てきて、イケメンが出てきて、おっちゃんが出てきます。今日はドリアンとグリドンが出てきました』と、夜眠る前に、薄い羽毛布団にくるまって説明してくれた。
「お母さんも、そういう、好き過ぎていつも考えてしまうのとかあった?」
「ああ、まあ、あったかな」
彼女は毎日のように推しの話を聞かせてくれる。その熱量には感心するばかりだ。
私がそこまで心を傾けられるものはなんだろうかと考える。例えば無人島に漫画を一作品だけ持って行けるのならば、『寄生獣』を持って行く。一冊に絞ってと指定されたなら、しょうがない。最終巻を持って行く。
思い返せば、漫画をジャンルに拘らずそこそこ読んできた。好きな作品も幾つか挙げられるし、その作品について話し始めれば多少長くもなるけれど、収集癖を発揮するほどの熱量に満ちていたのは、子供向けに開発された白と黒のパンダのキャラクターくらいだった。
熱意があまり、外に向かない。
例えば、私は近いうちに映画を観に行くらしい。らしい、というのも、今をときめく話題のアニメ映画の主題歌がストーリー展開にとても寄り添っていて、心動かされたのでどうだろう、と話を持ちかけられたからだった。
アニメの方は話を飛ばしつつだけれど観ていたし、単行本も家に18巻まである。世界観もキャラクターの色味も好きだけれど、一巻を読んで止まっている。7巻まで読んで予習をしておくようにと薦められている状態で、話を預けてある。なんというか、素敵だと感じながらも、心が羽ばたく力がちょっと足りてない。
冬が深まれば世相的に遠出が難しくなるだろうから、行くならば今のうちが、多分いい。12月にはふらりと海を見に行くつもりでいたのだけれどちょっと難しいなとも思う。
先日、漸く『ハローワールド』をDVDで観た。以前、映画館へ『天気の子』を観に行ったときに『ハローワールド』の宣伝映像が流れていた。本編が始まって、「もうすぐ晴れるよ」と少女が微笑むスクリーンに向けて、愛に出来ることはまだあるし、きみに出来ることもまだあるよ少年、と思った。シアターを出て、映画館のロビーを通り抜ける時に、『ハローワールド』の看板を見上げながら、いつかこちらも観ようと密かに決めていた。
野崎まどさんの原作にしてはやや大人しいストーリー展開だったけれど、恋をしていてとても気分がほくほくとした。空間を移動する時の映像が頭の奥に直に響いてきて、ちょっと震えておかしくなりそうな感じがして良かった。脚本家さんも見掛けたことのある名前だったように思う。一行さんが素敵で、もう一度観たくなる。
野崎まどさんを初めて知ったのは『正解するカド』というアニメでだった。なんというか、予測していた展開への裏切られ方が好きだ。一緒に見ていた夫が、
「SFだと思っていたら、恋をしてた」
と、にやりとしながら感想を述べていた。確かに異界人は恋をしていたと私も思う。
またいつぞやには、
「大きなお姉さんたちは、天井と床とのカップリングで恋を展開させられる」
と言っていた。私はその言葉を思い出す度に、『愛しい相手の姿が見えているのに触れられないとは、切なさで溢れているな』と切実に想う。妄想する熱量が高くてきらきらしている所がいい。バスと停留所の束の間の逢瀬とかも切ないな、などと考える。
自分が普段考えない方向に思考を向けると、世界が広がる。新しい窓を分け与えて貰えたような気持ちになるし、私もそれを好きになる時もある。
色鉛筆が好きになったのも、色鉛筆で描かれた知人の絵を見せて貰ってからだった。悠々と空を飛ぶ機械仕掛けの魚が一面に大きく描かれた、絵だった。青ひとつとっても単色の青ではなくて、水色や淡い黄色が繊細に塗り重ねられていた。幾つもの多彩な色が影響し合って作り出された青、だった。
誰かの好きを知る時、私の世界は少し広がる。熱意があまり外に出ないから、誰かの好きを知りたいと思う理由は、憧れでもあるかもしれない。ただ、知ることへの興味もまた緩やかだ。
野に咲く花は好きだけれど、花の名前を覚えていない。椿とサザンカの見分け方を冬がくる度にスマートフォンで調べてしまう、そんな私である。
推しの動画を幾つも発掘してきては胸をときめかせて愉しむ、なんてことも、今は難しい。聞くほうが好きだなと改めて思う。好きなものの話を聞いているのは、あったかくて面白い。
でも、変形するロボの話は詳しくない割に好きだ。良ければあなたの好きも聞かせて貰えると嬉しい。
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