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はじめての対話会開催に向けて

noteを書きながら急に思い立った「原爆75年対話会」を開催するのは明後日9日。私の思い付きに対して、「参加」ボタンを押してくださった方々と、「参加できないけど次回は是非・・」というコメントを寄せてくださった方々のおかげで、「ひとりぼっちで瞑想する」時間ではなくなりました。

私はオンラインのコミュニティにいくつも参加させていただくなかで、コミュニティ内のイベントを主催してホストロール(役割)をすることは何度もあります。でも今回は「私のFacebookの友達」をご招待させていただきました。枠を拡げたことで、参加者同士はお互いを知らない関係性の中で参加してくださることになっています。

今回の対話の目的は、
「対話を通して参加者自身の感情に気づく」ことです。

  ①自分は戦争や原爆について何を知っているのか
  ②戦争や原爆のことを考えたときに、どんなふうに感情が動いているか

6月からプロセスワークを学び始めて、自分の感情とは対極にある感情や、対極にある人やモノやことの存在を「そこにあるんだなぁ」と俯瞰して視ている自分自身がいることに驚いています。自分自身の感情を大切にしているからこそ、あらゆる人の感情をていねいに拾い上げることに余裕が生まれてきているのだと思います。対話会を通して、「自分との対極のことに想いを馳せながら、共に生きていくための方法を探りたい。」と考えています。

原爆や戦争のことを考えたときに真っ先に浮かぶ感情。その感情をしっかり見つめてみたい。ひとりでは絡まった感情がぐるぐる回るだけですが、誰かに話すとなぜかすっきり整理されるという体験を何度も繰り返しています。オンラインの対話の場で、自分の感情を眺めることができるのだと知っています。でもそれはひとりではできないし、参加者の力をお借りしないとできないのです。「自分の感情に対して自覚を向ける」って簡単なようで難しいので、練習が必要だなぁと思っています。

自分自身のセンタリング(自分の中心軸を持つこと)ができるようになると、心に余白ができて、対極の感情を俯瞰することができるようになっていると感じます。

ファシリテーターロール(役割)の仕事は、参加してくださった方々が、今回の目的の場所の近くまで行けるように支援することだと理解しています。

①全体を見渡して、「気づきと発見」ができるかどうか
②参加者同士が「信頼し合える場である」と感じてもらえるか

テーマ自体が「わっはっはー」と笑える話ではないので、どんな対話会になるかはとっても難しいです。それなのに最初にこんな大きなテーマで対話会を企画したんだなぁって今頃、大丈夫かな?って焦っていますが、参加してくださる方々に助けていただきながら、ゆったりと開催させていただこうと開き直っています。でも、「2度と行かない!!」という雰囲気にならないように大切に対話していきたいです。

今朝は、対話のなかで使ってみたらどうですか?というツールのご提案をいただきました。いまアカウント登録してみましたがなんと「英語!!」。
Zoomのチャット機能は誰が書いたかわかるけれど、この機能は匿名で感情を表すことができそうです。
今日はこれから夜勤なので、明日また学んでみたいと思ってます。

これまでのオンライン対話会で、いきなり知らない人とブレイクルームに飛ばされても、誰が口火を切るのかお互いの顔を見つめつづける時間が経過する・・ということも経験しています。限られた時間のなかで自分自身の感情を見つめながら対話するためには、そこが「信頼できる場であること」が最低条件のような気がします。デジタルツールを駆使する方法はなんにも考えていませんでした。

こういうご助言は本当にありがたいです。自分一人でできることはたかが知れています。みなさんのお力で素敵な会になりそうな予感がしています。


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