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お義母さん、それはおかしくないですか?

義母と買い物に行った帰り、ご近所の方が三歳くらいの小さな女の子を連れてお散歩されていました。
その姿をみた義母が「○○さんのお家の子だわ。女の子ばっかりでね〜」
「まぁ、いないよりはマシだけどね」

まず、この会話でモヤモヤしましたが、さらっと聞き流しました。

帰宅後、買ったものを冷蔵庫に入れている私に話しかけます。
「明季ちゃんもね、男の子が産めなかったけどこれだけは仕方ないからね〜」

長女が産まれた時に、一番はじめに義母に言われことを思い出しました。

まだ若いから最初は育てやすい女の子でもいいねと。

二人目ができた時には、次は男の子が産まれるように新しい男の子の服をハンガーにかけて、西だったか東だったかの方角に向けて鴨居に吊るすようにと言われました。何かのおまじないのようなものだったのか。

夫がバカバカしいと一喝し、もちろんやりませんてしたが「うちは長男なんだから男の子を産んでね」とずっと言われ続けてきました。

二人女の子だったので、しばらく三人目は男の子としつこいほど言われ続けましたが。

まぁ30年以上昔のことだし、義母の年代の方はまだまだそういう考え方なのでしょう。

「さぁ、お義母さんおやつにしましょう」とお茶をいれて買ってきた和菓子をお皿に入れて座ると、何かスイッチが入ったかのように義母の話が続きます。

「あ、そうそう長女ちゃんは赤ちゃんはまだなの?結婚して何年たつのよ。大丈夫なの?」

「まだみたいですね」さらっと答えると、久々に昔のきつい言い方の義母の口調で言葉が止まりません。

「明季ちゃんは母親として、長女ちゃんにちゃんと言ってるの?子どもがいないなんてダメよ。」

今まで、私への干渉は嫌だなぁと思っていても、聞き流したり割り切っていました。
また始まったなぁとやり過ごせば良かったのかもしれません。

ただ、今日はダメでした。嫁いで初めて義母に言い返しました。私の意見を言いました。

「お義母さん、私は長女に赤ちゃんは?って聞いたりしたことはないんです。欲しくてもできないのかもしれないし、子どもは欲しくないと思っているのかもしれませんし。
それは長女夫婦が決めることですから。」

義母はあきれた様子で私を見て、そして静かになりました。
わかってくれたのかな、と思った瞬間「じゃ、次女ちやんにもう一人産んでもらって、長女ちゃんが一人もらったらいいわ!」

そこから弾丸トークが始まります。
「子どもがいないなんて、じゃあ歳をとった時に誰が面倒をみるのよ。」

「だいたい長男なのに女の子二人で、この先樟家はどうするの!」

義母はアルツハイマーで5分前のことを忘れてしまうのに、こういうことは忘れることはないし、考え方は変わらないものなんですね。

義母がアルツハイマーであっても、私はきちんと伝えたいと思いました。
「お義母さん、子どもは、あげたりもらったりするものじゃないと思います。(養子制度は別もの

そして、親の面倒をみるためにいるのが子どもじゃないでしょ。」

その後も、義母は色々言っていましたが、目の前に私がいる間はこの話は止まらないなぁと思ったので、早めに帰ることにしました。


世の中には子どもが欲しくても授からない人もいるし、授かっても出産にまで至らない人もいます。
また、子どもを産むという選択をしない人もいます。

私は母親との関係から、自分が母親になることに不安がありました。でも、私は母親とは違う生き方をする!母親とは違う母親になる!

私は子どもを産むという選択をし、授かることができました。

そして、私は母親になり、「子どもを育てる」という経験をしました。

「育てる」には色々な「育てる」があると思っています。仕事だったり、何かの作品であったり、人であったり。


まだまだ、今の時代になっても「女性は結婚して子どもを産むこと」が最善のように言われています。
田舎の方は、まだ男の子を産むことを望まれます。
義母のような考え方の人もたくさんいるのでしょう。

義母が、長女に母親としてちゃんと言いなさいと言うなら私はこう言います。

子どもが授からなかったとしても、子どものいない人生を選択したとしても、お母さんはあなたが自分らしく生きていってくれることが一番だよって。

そして、これは母親であっても立ち入る問題ではないはずです。


義母に対して、こんなに私の意見をはっきり言ったことはなかったけれど、今日は長女を守るためにも、きちんと話せて良かったです。

そして、世の中の女性が、自分の人生を堂々と選択して生きていけるといいなぁと思います。






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