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2022.4~2023.3頃

中学2年に進級。義務教育って登校しなくてもテスト受けなくても自動的に進級するんだな~と思ったのを覚えてます。

暖かくなってきたし、心機一転という感じで4月下旬より週に1回1時間程度の登校再開。最初は車で送迎していたけど、途中から徒歩で行くように。体調は良かったり悪かったりを繰り返しながら、なんとか日々をこなす感じ。

が、6月半ば、梅雨入りと共にクラッシュし、起きられない毎日。この時から中学2年が終わるまで学校へは行けず。全体的にずっと調子が良くない日々が続く。なんかもうこの状態が一生続くんじゃないかと思ってしまうくらいの停滞。状況を打破したいと新しい後遺症外来へ行ってみるも何も変わらず。(自費診療もやったので)大枚はたいた結果、先生の眉毛がボーボーだったことと受付の人が感じ悪かった思い出だけが残った。

学校はたまに先生が家庭訪問に来てくれる程度。忘れられてるなーとも思ったけど、しょっちゅう来られたり電話があるのもしんどいから、まぁいいかという感じ。勉強は塾のオンライン授業で細々と。日によって体調の波があるからドタキャンすることも多かった。この頃頑張って勉強したことは結局身になってなくて、無駄と言うか体調を悪化させる要因にしかなってなかったような気もする。でもだからといって全くのノー勉状態になると息子も私も不安が大き過ぎたと思うし、少しでも勉強できていることがメンタル面には好影響だったと思う。

2022.12に校長、担任、私の3人で面談。その時に修学旅行の話が出て、息子にも参加してもらいたい、参加できるようにするにはどうしたらいいかを先生達でを話し合っていると言われてびっくり。そんな気にかけてくれていると思っていなかったし、修学旅行なんて無理だろうなぁとほぼ諦めてたのですごく嬉しかった。行先もこっそり先に教えてもらった。

息子にも修学旅行のことを話して、まずは「修学旅行へ行く事」を目標に頑張ることに。3学期も登校はせず、漢方に強い病院へ行ってみたり、気功へ行ってみたり、水素吸ってみたりかなりの迷走というかなんというか。何が効くかわかんないから、副作用がないものは何でもやってみよーという気持ちだった。

ただ、代わり映えのしない毎日のように思えても、すこーしずつ良くはなってきていて、電車で通院できるようになったのが2023.1頃。一人で電車通院できたことは息子にとっても私にとっても自信になった。

結局何もできないまま中学2年生は終了。いい先生でいいクラスメイトだっただけに息子は今でも悔いが残っているみたい。行かせてあげたかったな。2年生は一度もテストを受けなかったので、通知表は斜線。公立高校はほほ無理なことが確定。覚悟してたからショックとかはなかったです。

つづく


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