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Slauson Maloneとは何者か。

スローソン・マローンことジャスパー・アームストロング・マルサリス。彼のようなキャリアを持ったミュージシャンはそうはいないだろう。
彼のミドルネームは、トランペッターである彼の父親が「超えられない」と語るほど敬愛する、ルイ・アームストロングから取られたものであり、その父親というのもウィントン・マルサリス。正真正銘のジャズレジェンドで、その兄弟も父親も名のあるジャズプレイヤーというジャズの名家の生まれだ。
本文も例に漏れないが、紹介される度に「ウィントン・マルサリスの息子」という導入が多く、彼はある種の「呪い」を持って生まれた。だが、彼にその呪いは重要ではない。彼の来歴を知れば、そのオリジナルな才覚が生まれ持ったものだけではなく、あらゆる方向からの影響の蓄積で成り立っているものだと分かる。

1995年のクリスマス翌日にLAで誕生した彼だが、2歳の時に両親は別れ、母親の元で育つ。(彼の母は女優のヴィクトリア・ローウェル)
彼には熱心なポップミュージックリスナーでスティーヴ・アオキに憧れた異父姉がおり、幼少期は共にPCソフトで曲をマッシュアップして遊んでいたという。当時はポップミュージックやヒップホップを好み、DJになるのが夢だった。
そして中2という最も多感な時期にNYへと居を移し、プロデューサーである叔父からMPCの手解きを受けた彼はMPC 2000 XLを手に入れる。そのままヒップホップにのめり込むかと思いきや、ボブ・マーリーのドキュメンタリーで「Forever Loving Jah」の演奏を見て、同時期に叔母から教わったギターにも熱中することになる。意識的か無意識的か、ジャズをオミットして育ったようにも思えるが、ヒップホップに触れれば必然的にジャズに行き着くことになる。
2014年頃から音楽活動を始め、オンライン上にスローソン・マローン名義で『1』というミックステープをリリース。この頃から既に現在に通ずる才能を見せるが、並行してThe Cooper Unionでアートを学ぶ。ラッパーのMedhaneとのMedslausなどでプロデューサーとしての名を上げた彼は、ジオ・エスコバルにデモ音源のポストプロダクションを依頼され、その流れでStanding On The Cornerに加入することになる。このグループは今やOnyx Collectiveと並び、NYで最も先鋭的なジャズグループであるが、スローソン・マローンが在籍した2016〜2017年の2作はコラージュアート色が強く、そのランダムさを持ってジャズに昇華したようなものであった。この2作は大きな評価を得ることになるが脱退し、MIKEやアール・スウェットシャツといった[sLUms]周辺のアンダーグラウンドなヒップホップ界隈で、プロデューサーとしての地位を確立する。

『A Quiet Farwell, 2016–2018』を2019年にリリース。スケッチ集のような趣だが、スカムな音質のサンプルとレゲエ/ダブへの憧憬が混ざり合うサンプルデリアや、スクリュードやグリッチなどの多用されるエフェクト、後に彼のシグネチャーとなるギターサウンドの原型など、掴みどころが無く常に煙を巻く散文的なアートフォームも含め、ここで彼の作家性が固まったのは間違いない。

翌年の『Vergangenheitsbewältigung (Crater Speak)』で、彼はプレイヤー/コンポーザー/サウンドデザイナーとして著しい進化を見せる。ギターが格段に上達し、ブラスアンサンブルを取り入れるなど意欲的であるが、それは彼の中で生きた音への拘りが強まったからだ。DAWでの作曲が基本ではあるがソフト音源を使用せず、マーチンのアコースティックギターを相棒に、マイクで収音して実機のスプリングリバーブでエコーを加える。コンピューターで音を作るとしても「コンピューターの音」しか使用しない。それは、愛用するDAWソフトのAbleton Liveに付属するMax For Liveという、音源やプラグイン、エフェクトを一から設計することができるもので作られている。録音したギターにもオリジナルのエフェクトが用いられ、重奏的だがやけに分離の良い乾いた響きも彼が自ら設計したエフェクトによるもの。時折X(旧Twitter)でそのエフェクトを一般にも公開しているが、彼のサウンドへの探求は更に深みを増していく。
これらのソロプロジェクトと並行して、ジャスパーはアートブック『Crater Speak』を発表した。彼の音楽と思考にインスピレーションを与えたテキストとイメージを集めた本で、彼の楽曲タイトルに参照ページが割り当てられているが、その場合にはこの本を参照にするとより理解が深まるということだ。
この書籍は入手困難で未読なのだが、序文に自らのアーティストとしての意義を記しているという。
「私の目的は、"存在 "を"✊"ではなく、"?"として再文脈化することだ。」

「スローソン・マローン」としての終幕にリリースしたのが昨年の『for Star (Crater Speak)』。2曲入りの短い作品だが、それには理由がある。坂本龍一を思い起こさせるメロディラインや和声構成にも感嘆させられたのだが、最初に聴こえるプチッという短い音だけで彼の実験精神にやられてしまうのだ。それは、アナログレコードに針を落とす音である。彼はこの2曲のマスター音源をアナログレコードの各面にプレスし、それをターンテーブルで再生して録音したものを配信用の音源にしているのだ。(アナログでの聴取が最適な作品だが、極小数のプレスで日本時間だと真夜中に販売したことには未だに憤慨している。)
アナログな音に拘るミュージシャン(日本だとザ・クロマニヨンズや奥田民生など)が同じことをするが、彼の意図は違うように思う。彼は、自らの音を錆びつかせたりコケを生やすようなことを美学にしていると思うのだ。初めて手にした楽器がAKAI MPC2000 XLであるし、ギターを録音するのにShure SM57のコピー品($18)がお気に入りだと語るほど、高価=良い音という感覚から切り離された音楽家で、極端に言ってしまえばガラクタのような音と宇宙一美しい音は表裏一体だという思想を持っているのだと思う。彼と同じように盆栽感覚でサウンドデザインを行うのがサム・ゲンデルであり、Nosaj Thingが彼らを1曲の中で引き合わせたのには非常に納得がいく。

音楽オタクにはお馴染み、Joe Meek「I Hear a New World」のカバーや、sLUms界隈の写真やビデオを多く手がける日本人フォトグラファーRyosuke Tanzawaによる「Voyager」のMVなど、奇々怪界な魅力が詰まった最新作『EXCELSIOR』については、TURNにて書いてますので是非こちらも!

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