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2006.8.25

これはわたしのお話。

何か強い意図があるわけではない。
ふとカレンダーへ目をやると、8月25日だった。
ただ、それだけ。
8月25日。わたしには大切な日。

誰のために書いているものではない。だから読みたければ読めばいい。乱暴なそんなお話。

幼少期よりわたしは25歳でその生涯を終えるものだと思っていた。
理由など特にない。ただ、何となくそんなことを思っていた。
だから、少々、生き急ぐように生きていた。
周りとは違う人なのだと自分に自分で言い聞かせ、夢は見ていたけれど追いかけもせず、その日が来るのを待っていた。

確かに病弱な子供ではあった。聞くところによると、熱性けいれんで救急車に乗り、小児喘息にならないために病院へ通院。扁桃腺が腫れ、よく熱を出し、アレルギー体質なのか、とにもかくにも調子がいいことの方が少ない毎日。霧がでると蕁麻疹やら声がれやら、病院のお世話になっていたことは間違いがない。とはいっても大病なく生きていた。25歳になるまで、胃カメラ経験が4回ほどあり、なぞの手足の痛みで検査入院。髄液の検査までしてこれと言って問題はなし。誰もわたしの不具合を治してくれることもなく、この辛い体や心を理解してもらうこともなく、こうやって25歳で死んでしまうのだと思っていた。
哀しい人だ。それでも自分の人生だからと悔いなく生きていた。楽しい想いもそれなりにしたから…。
しかしその日はやってこなかった。わたしはあっけなく25歳という日を迎え、生きていた。

「なんだ。生きている」

死ぬと思っていただけで、死ぬことはなかった。けれど、これから先、どうして生きていこうか。

まるで分からなかった。
そんな時、なぜだか、小説を書いてみたくなった。
ただ、黙々と部屋に籠り、ある小説を書き上げた。
そして、書き上げた時期に締め切りがあった賞に応募した。
賞は取れなかったが、共同出版で本を出しませんかと案内が来た。
今はその気になれば自分の本を簡単に出版できる。
けれど、まだ、その当時はそんな術はなかった。
才能を見つけられ、出版社より本にしてもらうか、自費で出版するか、費用の一部を自分で持ち出版するという共同出版か。それくらいしか選択肢はなかったように思う。
ちょうど、行きたいライブもあったのでわたしは東京まで行って話を聞いてきた。
そして、車を買うつもりで本を作ることにした。
その本が2006年8月25日に発売された。

本は、数少ない友人たちに贈った。
25歳まで生きていた記念というのか、今までありがとうという気持ちで贈った。

小学5年生ぐらいから詩を書いていた。中学生の頃は毎日、書いていた。
いつしか習慣のように詩を書くようになっていた。
そんな人間が急に小説を書いてみた。
詩のような小説を書いてみたかった。

これまで生きてきた自分の証のようなものを残したかったのだろう。
どうして詩集ではなく小説だったのか?
わからない。

けれどあのときは
ライターズ・ハイだったのかもしれない。
正直、何も考えなくても言葉が溢れてきていた。
世界が言葉で溢れていて、
わたしは溺れることなく泳げていた。

あの頃から15年。
わたしは生きてきた。
作家でもなく、詩人でもなく、
母となった。

書くということから少し遠い所にきてしまった。
書く余裕がなく生きるのに精一杯だった。
仕方がない。
そんな生き方を選んだのだから。
でも、ある日、言葉が浮かんできた。
そしてここにたどり着いた。

ここには自身の言葉にしっかりと責任をもって書かれている方がいる。
書くことを仕事としている方もいる。
誰かのために、何かのお役にたちたいと頑張られている方もいる。

わたしは書くのが好きなだけ。
書かないと、どこかで吐き出さないときっと言葉に溺れてしまう。
だから思ったことを、書きたいことを、書いている。

ここで書いていて気づいたことがある。
書くことはやっぱり楽しい。
「スキ」には魔力がある。
優しく受け入れられて、言葉が溢れてくる。
普段とは違う内側の自分がのびのびと語りだす。
ともすれば何でもできそうな錯覚をしてしまう。
自分が正しいんだと勘違いをしてしまいがちになる。
慎重に選んでいた言葉たちを
大胆に使いだし、
普段だったら、言わないであろうことを綴ってしまう。
気がつくとフォローしてくださる方が増えている。
調子のいいときはそれでもいいのかもしれない。
けれどいつか現実に気づく。
続けられている方は凄いと思う。
わたしもいつかは書くのをやめてしまうかもしれないし、ずっと続けているのかもしれない。
先のことはわからないけれど

すべての人を傷つけずにいることはできない。
だけれどひとりでもどこかの誰かの勇気になればいい。
伝わりかたも千差万別。
特にわたしの言葉は伝わりづらい。
 好き嫌いはあってもいいが
誰かを攻撃するようなものではいけないと思う。
ただし
自分には正直でありたい。

そんなことを忘れずに書いていきたい。

わたしは間違いなく中途半端な人間だ。
何かを成し遂げることもなく、
誰かのために生きているわけでもない。
ただ、今はいつ死ぬのかわからない。
むしろ、できるだけ長く生きていられたらいいと思っている。それは単純に息子といたいから。
ゆっくり長く生きていたい。

たとえこの場所がなくなったとしても、ここで書くことをやめたとしても、わたしはどこかで何かを書き綴っているのだろう。
だったら、ここで書きたいことを書きたいだけ書ける日まで書けばいい。

8月25日。
わたしにとっては大切な日。
かつて憧れて追いかけていた人がデビューした日。
そしてわたしも物語を書いてデビューした日。
25歳のあの夏。
わたしはひたすらに書いていた。
きっとそこで生まれ変わったんだろう。

大丈夫。
今日もわたしは生きている。

ありがとう。

ありがとう。

ありがとう。







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