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野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞出版

 私は現在58歳。定年を前にしたサラリーマンである。今後退職時に受け取る退職金、再雇用での収入の激減を前に、自分の老後の生活とお金の関係をどう考えていけば良いのか思いあぐねていた。そんな中、本書と出会い、考え方のヒントをもらった。お金の本と言えば、資産運用の仕方に関する本がほとんどで、資産を取り崩しながら、お金の面で安定した第二の人生を指南する「出口戦略」について書かれた本は、ほとんど出会ったことがなかった。本書は、今ある資産の寿命を伸ばす賢い「取り崩し」の技術を教えてくれる日本における革命本である。

 まずに著者の野尻哲史氏に触れる。著者は1959年生まれ。一橋大学を卒業後、山一証券、メルリンチ証券、フィディリティ証券、投資教育研究所を経て、フィンウェル研究所を設立し、資産形成を終えた世代向けに資産の取り崩し、地方都市移住、勤労の継続に特化した啓蒙活動をスタート。政府の金融審議会の委員等を務め、定年後のお金について、多数の書籍を出版している。

 それでは、まず本書の冒頭に書かれた内容を紹介する。

 まだまだ資産の取り崩し方法が日本の一般の人に知られているとは思えません。その理由は大きく2つあると思っています。1つは金融ビジネスそのものが抱えている課題でもう1つはわれわれ生活者が陥っている「退職後のお金との向き合い方」に関する理解不足ではないでしょうか。そもそも日本の金融ビジネスは、「顧客の資産を増やすことが顧客サービスだ」と考え違いをしている節があります。もちろん資産が増えることは私たち顧客にとっても非常に大切なことなのですが、既に資産ができあがった退職世代から見ると、増やすことよりも、その資産をどのように取り崩して「生活を豊かにしていくか」ということの方が大切なポイントになります。(中略)私自身も60代になって、本当に思い至るのは、これから自分に大切なことは「資産を増やす」のではなく、「より満足度の高い生活を送るために、今ある資産を有効に使っていく」ということです。(中略)資産を取り崩しながらその資産の寿命を延ばしていく包括的なアプローチを、ここでは「資産活用」と呼んでいます。

野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より

 本書は、
序章『資産形成を終えた人に』
第一章『「資産活用」世代の実態』
第二章『リタイアメント・インカムとは?』
第三章『「毎月10万円の引き出し」はなぜキケンなのか』
第四章『引き出しは「率」で考える』
第五章『保有する資産全体のなかで取り崩しを考える』
第六章『資産活用層は新NISAをどう使う?』
第七章『生活スタイルと資産活用』
第八章『資産活用層の社会貢献』
で構成されている。

 それでは、始めに、序章『資産形成を終えた人に』から。

 退職後は、
 生活費 = 勤労収入 + 年金収入 + 資産収入
の等式で生活を考えるようになります。
 これは、退職後の生活で資産寿命を延命させるには、
①生活費を引き下げること、②勤労収入を少しでも多く(長く)すること、③年金収入を少しでも多く受給できるようにすること、④資産収入を長く・多く保有できるように取り崩し方を考えること、の4つが対策として挙げられることを示しています。そして生活水準を下げないようにして、生活費を削減する、長く仕事を続ける、年金受給額を増やすなどを実行しながら、最後に持っている金融資産の取り崩しはどうするのが一番効率的か、と順番に考えることになります。
 それらを包括的に考えることを私は「資産活用」と呼んでいます。
 すなわち資産活用とは、「生活費、勤労、年金、資産の取り崩しの4つを上手にコントロールしながら、今ある資産の寿命を延ばすこと」という意味で、さらに「退職後にお金とどう向き合うか」ということでもあります。(中略)また多くのアドバイザーやファイナンシャル・プランナーなどの専門家は、資産運用のアイデア、生活費を中心とした節約アイデア、勤労収入確保の重要性、年金の受け取り方といったノウハウを教えてくれますが、「資産の取り崩し方」とそれら4つを「包括的に見る視座」なかなか提供してくれません。
 そうした包括的な資産寿命の延命策をアドバイスしてくれる金融アドバイザーは、まだまだ少数派です。そのため、今の所「退職後のお金との向き合い方」といった多くの対策を含むことを、整合性を持って包括的に考えることは、自分でやるしかないのが実情です。

野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より

 本書籍レビューでは、筆者が「資産活用」に関して、具体的に、多くの説明を行っている、
第二章『リタイアメント・インカムとは?』
第四章『引き出しは「率」で考える』
第五章『保有する資産全体のなかで取り崩しを考える』
を中心に概要を紹介する。

 まず、第二章『リタイアメント・インカムとは?』から。

 ■登山で考える生涯のお金との向き合い方
 もう少しわかりやすくするために登山で考えてみましょう。山を登る時期は主に現役世代で、資産の大きさを山の高さになぞらえれば、いかに高い山に登ることが出来るかが大切になっていきます。(中略)老後の資産を作り上げるという目的の「登山」であれば、退職時期は頂上に到達したときとなるでしょう。(中略)そこからは、下山ルートに入ります。(中略)少しでも穏やかな下山ルートを見つけて、少しでも遠くに行きつく努力が必要です。特に重要なのは、計画を立てることです。(中略)資産形成・資産活用という”登山”も、下山ルートである資産の取り崩しをしたうえで、生涯にわたるライフプランを見据えながら山登りの第一歩を始めることが大切になります。
■「資産活用」とは何をすること?
 保有する資産を有効に使いながらも、どうすればその資産を長持ちさせられるかという視点です。楽しく使って「資産寿命を延ばす」ということです。(中略)自分の生活水準を維持しながら心豊かに生活を楽しむことがまずは大前提です。そのうえで、資産がなくならないようにどうするかを考えるべきです。
■3つの収入のバランスを考える
 退職後の生活を考えるときには、
 生活費 = ①勤労収入 + ②年金収入 + ③資産収入
これは、退職後の生活には、先に生活費があって、それをどういう収入で賄うかという順で考えるという意味を持っています。この3つの収入が日本におけるリタイアメント・インカムです。
(中略)勤労収入では年齢的な限界があり、年金収入では一度受け取りを始めると金額が固定されてしまいます。収入面で柔軟性が残っているのは実は資産収入だけなのです。
■「勤労収入」をもう一度考える
 私の視点は、収入は少なくてもいいので長く、楽しく働けることがポイントだと思います。(中略)再雇用の場合には、給与は大幅減になり、職責も変わります。それどころか50代でも役職定年と呼ばれて収入が大きく減る場合さえあります。(中略)
 現役時代は、「勤労収入 = 生活費 + 貯蓄・資産形成」でしたが、退職後には「生活費 = 勤労収入 + 年金収入 + 資産収入」になります。退職によって、生活の等式の左辺は勤労収入から生活費にかわりました。これは、現役時代の「勤労収入 > 生活費」が、退職後に「勤労収入 < 生活費」へと変わったことを示しています。言い換えると「退職後」とは「仕事をしない」という意味ではなく、「生活費を賄えるほど勤労収入がない」状態とみることができます。お金の面から考えて、退職とは「仕事(職)にすべて依存することから辞する」と解釈してみると、わかりやすいのではないでしょうか。
■「退職」したら積立投資は卒業、だが資産運用は継続
 給与から積み立てることはできないだけで、それまで積み上げてきた有価証券資産での運用は継続することができます。いや、すべきです。積立投信はできなけれど、投資の継続はできるというのが、退職後のお金との向き合い方で大事な側面です。
■退職で変わる向き合う相手
 個人的には、それよりも自分の向き合う相手が「会社」から「社会」へと変わったことが、大きな変化でした。(中略)
 役に立とうと思う相手が「会社」だった時代を終えて、何のために働くかの目的が変わってくるように思います。私は60歳で起業しましたが、それまでの会社員としての活動から、現在はほかの人のために役立つ仕事をしようと思っています。もちろんなんらかの報酬は必要ですが、「社会」のためになるかどうかが自分の判断材料の大きな部分になっています。

野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より
野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より

 つぎに第五章『保有する資産全体のなかで取り崩しを考える』について。

■有価証券と預金の2資産で考える
 比較的多くの方に納得頂けるのは、「保有しているすべての金融資産を有価証券で運用することは避けたい、したくない、できない」ということだと思います。大きく分ければ、金融資産は有価証券と預金ということになるでしょうから、預金をゼロにして有価証券だけにして、資産の取り崩しを考えるなどなかなかできません。
 とすると、まず考えなければいけないのが、どれぐらいの資産を有価証券として保有するのかという視点です。
 以前はリスク性資産比率を「100 - 年齢」で計算すると言われました。64歳の私なら、36%をリスク性資産で保有するというロジックになります。(中略)
■「バッファー資産」を活用する
 有価証券と預金の2つの資産で金融資産の構成比を考える方法は、有価証券の資産を「運用資産」、預金を「バッファー資産」として2つに分けて、引き出し方法を考えるとわかりやすくなります。(中略)
 具体的なイメージとしては、”資産を2つに分けて、1つは長生きリスクを回避するために運用を続けながら、生活のために取り崩していく「使いながら運用」する資産として、もう1つは万が一その資産が枯渇した場合に生活費を補填するバッファー資産として用意しておく”という考え方になります。
■退職時に一気にリスク性資産の比率が急落
 例えば、金融資産3,000万円を保有して退職を迎えたとします。そのうち35%に相当する1,050万円が有価証券、65%が1,950万円の預金となります。(中略)定年を迎えた65歳の時点で、現金による退職金が支給され、その額が2,000万円だったとします。さらに65歳の時に確定拠出年金を一時金で受け取ることにすると、550万円のDC資産を現金で受け取ることになります。(中略)65歳の段階で金融資産の構成比は、NISAにある有価証券500万円で10%、預金4,500万円で90%です。リスク性資産構成率は35%があるべき水準ですが、一気に10%に急落した状態となります。35%に戻すためには、退職とともに金融資産の25%に相当する1,250万円分の有価証券を購入して、有価証券保有額を1,750万円に引き上げる必要が出てきます。みなさんはそれができますか?(中略)その変わりに行える方法が、運用資産の取り崩しはできるだけ遅らせて、まずは預金からの取り崩しを優先するという考え方です。(中略)先の例でいえば、1,250万円を優先的に取り崩していくとすれば、月額10万円、年間120万円で10年ほどの資金として使えることになります。
 例えば、退職後の10年でこの資産を優先的に使い切ったとします。その時に、預金額は3,250万円まで減少し、有価証券500万円は10年間で年率平均3%の運用成果をもたらしたとすると670万円ほどに増えています。75歳となるこの時、合計の金融資産は3,920万円、有価証券比率は17%に高まっています。

野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より
野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より


野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より

 最後に、第四章『引き出しは「率」で考える』について。

■運用と引き出しのバランスを考える
 私は資産の取り崩しで重要な点は、運用と引き出しのバランスをとることだと思っています。
 一般に資産運用の収益率は年率3%といった形で「率」で表示することがほとんどです。これに対して引き出しはいくら必要かというのが月10万円といったように「額」で考えることが多いものです。
 とすると、その「使いながら運用する」場合には、運用と引き出しの単位が違うことで比較ができず、資産が増えているのか、減っているのか、どのくらい増えているのか、どのくらい減っているのかがわかりません。(中略)
 これを引き出しも「率」で考えるようにすると、3%で運用して、残高の4%を引き出すとすれば、この「使いながら運用する」時代には、大まかに言って毎年1%ずつ資産が減っていくことがわかります。(中略)運用収益と引き出しのバランスを取るということは、どちらも「率」でその水準を測ることになりますが、その差はそのまま資産の増減率としてみることができます。すなわち、
 収益率 - 引き出し率 = 「資産活用収益率」
という等式が成り立ちます。この2つの比率の差を「資産活用収益率」として考えるとわかりやすいと思います。(中略)
 引き出しの計算では、より実践的に「年に1回、残高の4%を資産運用口座から生活費口座に移して、それを12カ月で割って使っていく」といった簡便な方法が使いやすいと思っています。
■逆算の資産準備
 資産活用の最終ゴールを「100歳まで資産寿命を資産寿命を延ばす」と設定します。
 100歳から80歳までの「使うだけの時代」では、資産運用から撤退しており、資産が預金だけとなりますから、ここでは定額引き出しが最も適した引き出し方法だと思います。(中略)
 具体的には、この20年間は「公的年金のほかに毎月10万円ずつ資産を引き出して生活費に充てたい」と計画したとします。そうなると、80歳の時点で2,400万円(= 10万円 X 12カ月 X 20年)あれば、預金に金利が付かないとしても、この計画が達成できることになります。
 次は、80歳で2,400万円を残す計画です。ここでは資産運用を続けていることが前提ですから、収益率配列のリスクを避けるべく「率」を意識した引き出しになります。(中略)
 80歳から65歳まで遡る15年間は、「毎年3%で運用して、残高の4%を引き出す」と想定します。
 この引き出し法で、80歳に2,400万円残すためには、逆算すると、65歳で約2,800万円あればいい計算になります。

野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より
野尻哲史「60代からの資産使い切り法」日本経済新聞社出版より

 以上が本書の概要である。

 本書を通じた私の学びは、

〇退職後のお金に対する考え方は、
「生活費 = 勤労収入 + 年金収入 + 資産収入」
 に変わる。
 *これは「勤労収入 < 生活費」へと変わったことを示している。

〇それらを包括的に考えることを「資産活用」と呼ぶ。
その意味は、「生活費、勤労、年金、資産の取り崩しの4つを上手にコントロールしながら、今ある資産の寿命を延ばすこと」である。

〇退職後の資産を、有価証券の資産を「運用資産」、預金を「バッファー資産」として2つに分けて、引き出し方法を考えると資産の取り扱いが分かりやすくなる。

〇積立投信はできなけれど、投資の継続はできるというのが、退職後のお金との向き合い方で大事な側面。

〇リスク性資産比率は、「100 - 年齢」で計算するのが一般的な考え方。

〇退職後は、退職金の受給により、預金比率が一時的に大きくなるが、一度に有価証券を購入すのではなく、運用資産の取り崩しはできるだけ遅らせて、まずは預金からの取り崩しを優先するという考え方で、リスク性資産比率を徐々に高めていくのが、安全な方法。

有価証券の資産の取り崩しは、運用と引き出しのバランスをとることが大事。これには、運用目標も、引き出し金額も、同一の指標の率で考えると、バランスを取った資産活用がしやすい
(例えば、3%で運用して、残高の4%を引き出すとすれば、この「使いながら運用する」時代には、大まかに言って毎年1%ずつ資産が減っていくことがわかる。この2つの比率の差を"「資産活用収益率」= 収益率 - 引き出し率 "と考えるとわかりやすい。)

〇資産活用の最終ゴールを決めて、逆算で資産準備を考えると、計画が立てやすい。

〇これから自分に大切なことは「資産を増やす」のではなく、「より満足度の高い生活を送るために、今ある資産を有効に使っていく」ということ。

〇働くという事に関しては、収入は少なくてもいいので長く、楽しく働けることがポイント。退職で、自分の向き合う相手が「会社」から「社会」へと変わる。役に立とうと思う相手が「会社」だった時代を終えて、何のために働くかの目的が変わってくる。

である。

 退職後の資産、勤労収入、年金等は、個人各様。また、どんな生活スタイルを送り方をしたいかも、個人各様。それぞれ自分に合った資産活用を組み立てていく必要があると思われる。本書には、ここでは紹介しきれなかった資産活用の詳細案、ライフスタイルに合わせた資産活用の骨子の提案等が紹介されている。本書籍レビューを読み、資産活用に興味を持たれた方は、一読をお勧めする。

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