推しPの話


推しPの話をしたい。
私は昨年になって実に10年ぶりくらいにボカロ曲をまた聴き始めた。
私が最初にボカロ曲に出会ったのは、ほんとにニコニコが始まって間もない頃だったので(たしかニコニコ流星群が流行っていた時だった おんみょーじ!)今となってはわりと古参組に入ると思う。
お察しかと思うがけっこういい年なので、その頃には立派に新人を脱した社会人だった。
ボカロ曲をいかにヒトが歌うか、みたいなムーブメントが起こっていて、超音波のように高い声ややたらセクシーに振った声などが飛び交っていた。もちろん喜んで聴いていた。
とても楽しい時間だったし、歌みたの推しもいた。

ただ、ボカロ曲自体にはあまり注目していなかった。
私にとって歌というのはヒトが歌うもので、ボカロはあくまで機械音声でメロディも突飛なものが多くてとっつきにくかった。
それは一部の楽曲では今もそうだ、好き嫌いではなくて。

私はそのあとニコニコから離れた。
結婚し、それと共に遠方へ引っ越し、少し働き、子供ができたからだ。
音楽や動画を見る余裕がとてもなかった。
私は一つのことしかできず、日常の些事にも心を動かされやすいし何かに夢中になりながら生活することが難しかった。

先一昨年くらいに心を若干病み、家に居がちになった。
家にいろ(働かなくてもよい)という夫の優しさと頑張りに揉まれて好きなことと家事だけして過ごすようになった。
なんという怠け者。
子は2人いるが、この春めでたく2人とも小学生になった。
ぽかんと時間が空いた。

そうすると何をしたらいいのか分からない。
私には若い頃に手を離した絵を描く趣味があるが、もう20年以上前のことで今さらな…という後ろ向きな気持ちがあった。
携帯を触る時間が増えた。
世の中は、私がニコニコに入り浸っていた時よりはるかに音が良く、映像がきれいで、楽しいものに溢れていた。

ここで推しPに会った…わけではない。
会ったのは昔好きだった歌い手だった。
たまたま思い出し、うっかり動画に飛んでしまった。うかつだった。
私の頸は総毛だって足下は泡になり震えながら深夜に楽曲リストを回しまくりSpotifyの上位0.05%になりXのアカウントを開設し手放したはずの絵を殴り描く生活になってしまった。
新曲が飛んできた時は頭がおかしくなったかと思った。強烈だった。それは今も続いている。
これは1番激しいタイプの好きで、どちらかというと崇拝とか宗教に近いと感じる。
大変危険である。私は絶対宗教とか思想には近寄らないとこの時決めた。


ある日、タイムラインにクリスマスのボカロ曲が流れてきた。
まさにどんぶらこっこといった様子で、見たことのない生物がサムネイルになっていた。
たまたまイヤホンをしていて、流れてきた動画が勝手に音が出る設定になっていた。
ふんわりその生き物が初音ミクの声で歌い出し、私は動画に飛んだ。

ぽこぽこしたキラキラしたかわいい音でおてて靴下なその生き物が歩きながら歌っている。
あまりキャラクターやかわいいものに感動しないがなぜか心を撃ち抜かれた。
情景の浮かぶ抒情的な歌詞、穏やかで落ち着いたメロディ、尖っていないまろやかな初音の声
私の聴いたことがないタイプのボカロ曲だった。
何が内臓に刺さったかも分からないまま楽曲リストを再生し続けた。
こっそりファンアートを描き(自我を出したのですぐにバレた)各方面のフォローをした。
スピーカーで聴きたいな、と思ってリビングで流して子どもが一緒に鼻歌を歌うようになった。
新しいのが出たよ、誰でしょう!と聴かせるとあの人じゃん!と返ってくるくらい家族と共有した。
私は自分の好きを人に伝えたことがあまりないので、これは新しい感覚だった。
返しのついた、刺さっていても痛くない針がどこかに引っかかって音楽と日常を紐付けた。
私の生活の中に自分だけのものではない穏やかな好きをくれた。


濁茶さん、あなたの楽曲とても好きです。
いつも素敵な曲を聴かせてくれて、本当にありがとうございます。

いつも大変そうな時に何もできず、いいねも違う、でも心配している一ファンは遠くからあなたの幸せを願っています。
どうかあなたの日常が光に満ち、楽しいことや温かいことで溢れますように。
これからもあなたの好きなように好きな曲を作って、それをファンに分けてくれたらとても嬉しい。
応援しています。

苦しんで作曲している様子もとても好きです:)


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