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Every dog has his day.⑫

  第12話、
「お話を聞いていると、所有者方にどかどかと土足で入り込んでいるようで、調査方法としていかがなものでしょう。他人様の私有物ですから、もっと穏やかに、より慎重にやってもらったほうがよいのではないでしょうか」
 市博物館所属の男性学芸員、柏崎の発言に、江上は耳を疑った。怒りを通り越して、呆れてものが言えない。
(いちゃもんか、嫌がらせか)
 江上は腕を組み、顔を顰めた。
「そうはいっても、埋もれた美術品を調べる作業とはそういうものじゃないですか。多少は迷惑を掛けるものでしょうし、かといって所有者の意向を無視して勝手に調査を進めているわけではないでしょう」
 江上の反論を制するように、市秘書課係長の磯上が異論を唱え、所管する市地域対策課課長の安良岡も
「結局、うまくいきませんでしたが、所在不明だった六玉川にしても調査の末、所有者まで辿り着いたわけですから。その点は認めないと」
 と、身内の不規則発言の火消しに躍起となった。
 西郷家所有の肉筆画「鐘馗図」「相撲図」2点の対応について、江上と委託主の市との緊急会議が開かれ、その途中、会議は気まずい雰囲気に包まれた。
 元同僚、郡上の加入もあり、江上ら研究会の調査は順調に進む。目標の肉筆画発掘にはまだ結び付いていないが、神村の情報提供で期待に膨らんでいただけに、追い風一転、逆風に身を押し返される思いだった。
 もっと穏やかに、より慎重に、と忠告されたが、江上らは相手方に調査目的をきちんと伝え、了解を得て進めているつもりだ。公的調査を笠に着てに、相手の意向を無視した覚えはない。だから、西郷家の歌麿作品にどうアプローチしようかと思い悩み、対策に苦慮している。
 また江上は思う。貴重な美術品は後世に引き継ぐ人類共通の財産ではないか、もちろん、私有財産権は資本主義の根幹であり、尊重されなければならない。だが、時に公共の福祉の観点から、私有権が制限されることもある。資産価値のある美術品は美術商を通じてコレクターの間で売買され、所在不明となるケースも多い。闇ルートで売買され、海外流出する懸念さえある。
(公的機関の関与が望ましいのではないか)
 歌麿調査に関わって以来、江上の胸中にその思いが募っている。
 この日の緊急会議ではこれまで同様、江上ら研究会が神村と連携し、調査を続けることが確認された。
「役所にはびこる事なかれ主義ってことなんだろう。役所の人間は仕事をしてもしなくても給料が保証されているから、安きに流れてしまう。怠惰な習性の身についた公務員にすれば、市の委託した事業者が余計な動きして、万が一にも苦情を持ち込まれるのが嫌なんだろう」
 神村は苦笑いを浮かべながら、江上の心情を思い遣った。2日後、市との緊急会議の報告のため、江上は神村の会社を訪れていた。
「あんな一言に公務員の体質が露になりますよね」
「それにしても、調査を依頼しておいて、文句を垂れるとはけしからんな。その学芸員にしても足で稼ぐ調査なんてやったことがないんだろう」
「正直、足を引っ張られているようでやり切れませんよ。郡上ら調査員の士気にも関わりますから。まったく……」
 江上は眉間に皺を寄せた。
「ついでにと言っては気を悪くするだろうが、今後のこともあるから耳に入れておいた方がいいだろう。実は地元の歴史愛好者らからも、江上さんらの活動に批判が出ているようなんだ」
「どういうことですか?」
「小耳に挟んだのは、雪月花の写真にしても以前から知られていることで、今さら会見して新聞やテレビで騒ぎ立てる話じゃない。地元の事情を知らない人間が嗅ぎまわって、どれだけの実績が挙げられるんだ。税金の無駄遣いじゃないのか、とか。同じ市民として恥ずかしいよ、本当に聞き苦しくてね」
「そうですか。古い町って一般的にとっつき辛く、排他的じゃないですか。余所者を受け付けないってことなんでしょうね」
 まちおこしの担い手は俗に、余所者、若者、馬鹿者と言われる。余所者だからしがらみや因習を跳ね除け、積極的に調査に取り組める。若者に負けない経験、馬鹿者に象徴される熱い心では人語に落ちないと、江上は自負している。
 平静を装っているが、江上は内心、腹が煮えくりかえっている。「それは周知の事実だ」と批判する前に、雪月花の写真の存在を知っているなら、調査し記録としてまとめて後世に引き継ぐのが礼儀ではないか。
「引かれ者の小唄、僻み、やっかみの類でしかない。江上さんら今、注目されているから、面白くないんだろう。日が照れば影ができる。出る杭は打たれるってことで、どこでもあることだ。気にすることはない」
「結果を出せばいいんですよね」
 江上は自分に言い聞かせるように呟いた。
 ーー出る杭のうたるる事をさとりなば ふらふらもせず後くひもせず
 探し求める歌麿の肉筆画のひとつ、「巴波川杭打ちの図」に書きこまれた狂歌が江上の胸に思い浮かんだ。歌麿と親交を深めたとされる釜喜4代目・善野喜兵衛、狂歌名、通用亭の作だ。
(どうせ打たれるなら、徹底的に出る杭になろう)
 江上の闘志に火が付いた。
                     第13話に続く。
 第13話:Every dog has his day.⑬|磨知 亨/Machi Akira (note.com)


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