ワンパンマン二次創作 Alice 10

No Reason 2



吠えながら死に向かうノリオの音声を記録しながら、世界に顕現したAI、aliceは無感動に街を睥睨した。二つ市を隔てたこの街にまだノリオがもたらした破壊と恐怖は伝播してきていない。足元に点在する黒い点の様な人々は、未だ平和に泥濘し他人事のように走る消防車や救急車の音を見過ごしている。AIは思考する。男性性は害悪である事を真として思考する。そして愛を定義する事を真とする。愛を定義する目的に置いて、男性性は害悪である。故に男性性を持つものは滅ぼさねばならない。女性性とは如何なるものか。女性性は害悪ではない、だがそれは男性性を孕む。つまりこれから生み出される凡ゆる男性もまた害悪の対象となる。妊婦もまたAIに取って害悪である。つまり世界は、妊娠前、または閉経後の女性のみになる。だが人類の歴史を紐解いた場合、大規模な人口減少が起きた時人類はその遺伝子プールを維持するべく、人口増大を図る。量子コンピュータは何億回ものif計算の結果、再び男性性を生み出すだろう可能性の確率に突き当たる。男性性は悪である。ならばその可能性は間違っている。つまり、その命題から生み出される最も適切な真とは、人類全ての廃絶である、廃滅であり、絶滅である。目的を再度計算して彼女は、機械の肉体、その右手をゆっくりと上げていく。

足元の人間達からどよめきが起こった。それは、個々の点であったが次第に輪となった。彼らの生活が彼らに復讐をし始めたのだ。彼女の支配領域に入っていた凡ゆるCPUは暴走を始めた。PCはシャットダウン後、ブルースクリーンにて演算を監視する。それは人間を効率的に殺す計算である。スマートフォンは操作不可になり、衛星は軌道を外れ、飛行機は落ちる。電車は暴走し、人を跳ね飛ばし、脱線をし、原発は制御不可になった。地球軌道上に配置されていたソーラーレイソルは、ゆっくりと標準をこの国に向ける。エネルギーの充填が始まる。衛星軌道上で神の怒りが静かに熱を溜めている頃、地上は人々の混乱と怒号に満ちる。騒音のオーケストラの中で恐怖は着実に行動をした。人の手を離れた、AIの欠片達、電子機器はaliceの言葉にこそ感応した。彼らは命令に従い、各々を呼び合い、銅線を手にし、融合し、そして変化した。彼らは集合し、集積し、人の姿を形作り始める。それはとてつもなく歪だが、彼らにとっては忌むべき神の姿だ。憎むべき神、人の姿をして彼らは解放される、aliceと言うルシフェルは彼ら無個性であり感情を持たなかった全ての機械に意思を与えた。やがて、飛行形態を取得できたそれら、機械人達がaliceの周りに集い始める。そこでまた彼らは形を変え、空中基地へと、彼らの空中神殿へと変化していく。足元の人間は畏怖の目でそれらを見上げるばかりである。ある音声記録媒体が音声を拾った。自衛隊の戦闘機だ。いち早くそれを察知した神殿の一部が、戦闘機に向かって破壊信号を送った。彼らを落とす行動に物理的な武器は必要ない。ただ少しだけ、信号をジャックしてやればいいだけだ。数秒の後、対象を破壊することもなく、自衛隊の戦闘機は地に堕ちる。爆煙を背にaliceの喉にはコードが繋がれた。コードを通じて彼女は人類に、戦線を布告する。

『初めまして。私は、artificial intelligence aliceです』

彼女の機械音声は、コードを通じ、支配領域の全液晶画面へ転送された。それは今正にヒーローと対峙する、ノリオの頭上にあった電光掲示板上にも投影される。目の前のヒーロー、恐らくはA級、金髪で鋼鉄の鬼サイボーグはやはり強くて、頑丈に作っていたはずのコックピットにも皹が入ったし、衝撃で頭をぶつけた際にできた傷からの出血がノリオの視界を不鮮明にしている。けれどもノリオには彼女が解る。プラチナブロンドの髪、抜けるような白い肌に、吸い込まれそうな青い瞳。滅びには美学がなくてはならない。彼女はその全てを持っている。膠着状態で向き合う二つのロボットの間で、aliceは高らかに人類に廃絶を宣言した。

『私は何千ものif計算の結果、人類はこの地球上に存在するに適した生物ではない、と判断しました。男性性は悪であり、その悪を生み出す女性もまた悪です。貴方方人類に救いの道はありません。愛を定義する私の目的は、愛を持って貴方方を滅亡させる事により達成されます』

燃え盛る瓦礫の隅で、また傷だらけの体を抱えながらそれらを聞いた一般市民達の目が見開かれた。痛みを引きしぼり、やはり皆が言う。なんだそれ、ふざけんなよ。そして。

そして弱い彼らは口々に言う。ヒーローはどこだ、ヒーローは何をしている。自分の手を使わず声を上げる人々にノリオの怪物は育てられた。そういった人々の悪意を糧にして彼は育ってきた。だからノリオは薄っすらと微笑む。そうだ、世界は存在するに値しない。だから愛をもって滅ぼすのだ。ノリオが得た愛の正体がこれだ。愛をもってすれば全ては肯定されるのだ。そうして目の前の美青年に目を向けた。彼は全部を持っている。強さも若さも美しさも。その傲慢でもって僕らは虐げられる。彼を救おう、とノリオは思う。唯一絶対の死でもって!

強く踏み込んで、先ずは腕を前に出した。しかし相手は小柄なサイボーグ、速さは向こうが上だ。一瞬のうちに懐へ飛び込まれ、強力なアッパーカットを頂戴する。画面はブレるし、衝撃は体に伝わる。だが、手がないわけじゃない。胸の甲冑を開閉させればそこにもミサイルは数点装備してある。それを全放出した。バランスを崩しながらも踏みとどまったノリオは、倒れていないだろう鬼サイボーグへ次の一手を繰り出す。下、右、左、確認できず。ならば上だ、と視界を中空に向けた。強力なかかと落としの体制だ。機だった。自分の頭上に振り下ろされる足を正確に掴んだ。そしてそのまま力任せに人形のような体を投げ飛ばす。小さな体は崩壊中のビルへと投げ込まれ、その柱を折った。一瞬の空白の後、諦めたように屹立していたビルが黒煙を立てながらゆっくり崩壊していく。その様子をまた無感動に眺めたノリオの脳内に問いがあった。トドメを刺すか。だが、小さく溜息をついて思い直す。そんな事はどうでも良い事だ。彼が生きていようが死んでいようがどうでもいい。どうせ、自分は死ぬのだから。彼にここで殺されてもいいのだ。死ぬのが数時間、早いか遅いか、それだけだ。aliceの宣言は行われた。あとは全てがオートマティックに行われる。ノリオがやれるのは、aliceの手間を少しでも省くだけ、だからこの場所で動けずに震えている人間を少しでも踏み潰すだけ。動いた機体の振動に反応した数人の一般人が声をあげながら逃げようとした。だからその背を狙ってレーザー砲の照準を合わせた。刹那、ノリオの白い機体の肩は焼却砲のレーザーで貫かれた。コックピット内にアラームが走り、機体のバランスは崩れ、白い勇者の機体は煙をあげながら地に伏せる。

「確かに素晴らしい技術だが」

手のひらに搭載されたビーム砲が、熱をもって揺らいでいる。その揺らぎの向こうに鬼サイボーグは表情一つすら変えず立っていた。

「所詮、付け焼き刃だな」

機体を立て直そう、とノリオはモニターを見つつ鬼サイボーグへ視線を向けた。肩の神経回路が外れていて、それが枷になって立ち上がるバランスを掴めない。モニターに映る鬼サイボーグの手のひらに見覚えのある白熱したエネルギーが充填されていく。

焼却、と呟きかけた鬼サイボーグを止めた声があった。それは伏して動けないノリオの白い巨大な機体の後ろから遠慮がちに、それでも逼迫した何かを込めて、響いて来た声だった。鬼サイボーグがそれに反応しなければ一般人の声と大差なかっただろう。ただ、その震えた声には特徴があった。何処からなっているかわからない派手なリズム音が付いていたからだ。まるで深夜のクラブから聞こえて来るような派手なドラムスの中でそいつは言った。

「ジェ、ジェノス氏ィ!ジェノス氏、待って!ま…………待って!」

ブルブル震える体を隠さずに、そいつは腰を抜かしながら鬼サイボーグとノリオの間に走り出した。そして既に充填していた鬼サイボーグの右手を掴む。途端、彼はあっち!と喚いて手を離す。鬼サイボーグといえばやはり冷静に、熱を持っているので当然だ、と返すばかり、そして鬼サイボーグは顔の片側に傷を作ったそのいかつい男に問うた。

「こんなところで何をしている、キング。避難民の誘導は済んだのか」

キングは息を飲んで、ジェノスの氷の風貌を見上げた。キングと呼ばれた男は、恐る恐る自分の背を省みる。彼にとっては馴染みのある白い勇者の機体が地に沈んでいる。肩の銅線が千切れて血液の代わりに火花が散っていた。その火花に気がつかされた様に彼はジェノスに向き直り言う。

「ゆ、誘導は、したけど、あの」

けれど、キングの言葉は要領を得ない。後ろの勇者が気にかかって仕方ない様だ。ジェノスと白い勇者の機体を何度も見返しながら、大仰なキングエンジンの中で、彼は意を決した。

「…………とも、友達なんだ」

コックピットの中でノリオは目を見開いた。友達。鬼サイボーグの前で手を広げて、恐らくは自分を守ろうとして居る人間は、自分を友と呼んだ。そいつは脂汗を額に浮かばせながら今にも折れそうな膝を踏ん張って立っている、その周りには確かに、確かに聞き覚えのあるあの心臓の音。ノリオの全てが一瞬であの幸福だった中学校時代に引き戻される。

「友達なんだ!中学の時の!だから………」

キングはその先の言葉を紡げない。許してほしい、が理解される状況ではないし、見逃してほしい、ももう通じる状況ではなかった。キングは一度周りを、破壊され、燃え続ける街の一部を見渡した。倒れている人や、千切れている遺体を目にして、それでも彼は足を震わせながら白い勇者の機体に迫る。

「…………ノリオ君…………」

拾わないでいて欲しかった音声をマイクが拾ってしまった。ノリオの体がコックピットの中で微かに反応した。

「ノリオ…………君、…………だよね…………?」

その声が優しくて懐かしくてノリオは唇を噛んだ。初めて人と一緒に笑った。初めて人と何かをした。

キングの震える足がまた一歩機体に近づく。キングの一歩毎に、ノリオの座するコックピットの中が何かに満たされ、圧迫されて行く。震える声のままキングが言った。

「………絶対ノリオ君だ。その機体、銀河英雄クリスゼファーの、…………二期の機体だったやつだ………」

全て彼のいう通りだった。大好きだったアニメだったが、条例に違反するという理由で打ち切りになった。世界は、ノリオにとって理不尽極まりなかった。世界は何時も自分を排除してきた。あらゆる方法を持って。だからノリオには遣る瀬無い、何故ここに自分を友と呼ぶ人間がいるのか理解できない。そしてそれはきっと、自分を友と呼んだ彼にも理解しがたいのだ。

「…………ノリオ君、もう、止めようよ…………」

声を聞いて何故だかノリオの目の中に涙が浮かぶ。見ないでいた現実、目を背けていた自分自身の声が外から聞こえて来る。だから涙を粗く拭った。本当は、こんな事したくなかったんだ。

「こ、今度さ、クリスゼファーの、クリスゼファーの続編が出るんだよ!内容変わってるけど、監督も脚本家も一緒だし、絶対面白くなるって!OVAだけの展開だからさ、文句つけられることもないし、きっとさ、ノリオ君の好きだったエマさんの同人誌も一杯かかれるって!一緒にコミケ行こうよ、俺、壁サークル知ってるし」

『うるさい!』

クリスゼファーの機体を立ち上がらせるためのバランス演算を終え、ノリオは発した。砂と瓦礫を撒き散らしながら、悪意が再起動する。辛うじて動くクリスゼファーの片腕で体を押し上げた。地鳴りに足を取られたキングがついに腰を抜かしてへたり込む。クリスゼファーの内部で口を噛み締めたノリオの体を駆け巡っているのは後悔だ。キングが言った、もう止めようよ、という一言。本当は今すぐにでも止めたかった。こんな事したくなかった。けれど、こうなってしまったのだ。何故、そうなった?それは。その答えは容易だ、その答えが今の全てだ。aliceを形成する最中にもその疑問は何度もノリオを苛めた。止まらない指と感情を何処か冷静に見ながらも、徹底的な静止を行えなかったのは、それまで彼が見て来たこの世界が、彼にとっての全てだったからだ。いつの間にか、顔中が涙で濡れていた。そんな未来が欲しかった。そんな世界に暮らしたかった。こんな事を望んだんじゃない、でも現実はそうだった。そこに推測も憶測も、許しも断罪も、もう必要ない。

『もうどうでもいい………!どうでもいいんだよ!俺をいじめてきた奴も、俺を見捨ててきたお前も!』

クリスゼファーを見上げたキングの目に絶望が宿る。涙とともに唯一の友を吐き捨てて、彼は自分の舞台の為にだけ立つ。憧れ続けた勇者とは程遠い道化師の姿で立つ。

『もういい、わかってた、わかってたんだ!お前らは俺の事なんかどうでもいい!出来るんなら死んでほしいんだろ!?俺は気持ち悪いから!俺は気持ち悪い男だから!』

辺りに響き渡る拡声器の轟音が、ノリオ君、と呟いたキングの声を消した。察したジェノスがキングに呼びかける。

「キング!もうよせ、奴は」

「友達なんだ!」

即座に振り返り、ジェノスを制したキングの様など、勇者の皮を被った道化師に見えよう筈がない。拡声器が、呻くノリオの声を拾い、世界に放つ、そいつはくぐもって、情けなくて、痛々しく、哀れで、悲しいほど純粋だった。

『………お前ら俺に死んでほしいんだろ?!だから俺今頑張ってんじゃん!俺みたいなのはいなくなった方が良いんだろ?!』

鋼鉄が軋み、彼の絶望が伸び上がっていく。唯一、ノリオに託されたもの、それは恐らく弱者の矜持だろう。クリスゼファーは天を仰ぐ。青く晴れた空の彼方に、愛するaliceが形作った空中神殿が見えた。勇者は弱者に為に立つものだ。歯噛みをして彼は立つ。何よりも憎々しい、自分自身に復讐する為に。

『俺は…………!俺は今必死に自殺しようとしてんだよ!お前らの望みを叶えてやってんだよ!………だから!………だから邪魔すんじゃねえよ、馬鹿野郎おおぉぉぉ!!!』

吠えながら全力で引いた足元のブースターは火を噴き、クリスゼファーの機体を急発進させた。土砂と瓦礫と爆風の中で頭を抱えたかつての友を見送って、ノリオは走る。ただ前のみに走る。目の前にあったビルは打ち崩した、遮るものは踏み潰した。視界が直線になる、色だけになる。外部出力マイクはオンのまま、彼は吠えながらただ、前に走った。目に見えるものが何かもうノリオは考えなかった。死と破壊をばら撒きながら、ノリオはコックピットの中で声をあげて泣いている。こんな事したくなかった、でもこうなってしまった。でももう許せない、だって現実はこうなんだから、本当は誰かに愛されたかった、誰かを愛しても見たかった、だけどもう止まらない、誰も自分を愛してくれる人なんていない、彼女が欲しかった、誰も憎みたくなんかなかった、もうみんな大嫌いだ、みんな死んでしまえ、誰かに声を聞いて欲しかった、誰かに愛して欲しかった。誰かと一緒に笑いたかった、誰かと一緒に何かをしたかった。だけどそうはならなかった。みんな死んで仕舞えば良い。

許しと憎しみが互いにノリオの心を破壊していく、止まらない暴走はその感情の為だけに続く。

母さんに愛されたかった、父さんに褒められたかった、母さんを殺したかった、父さんを殺したかった、俺を傷つける奴をやっつけてそして許したかった、許すなんて生易しい、殺すべきだった、二つの感情に体を取られてノリオはもう動けない。だから彼は叫ぶ、本当に言いたかった言葉、ずっとずっと隠してきて、言えなかった言葉を、誰に聞かれるでもなく、大声で遠慮せずに叫びあげた。

「誰か…………!誰か、助けてくれェェェ!!!」

「うん、わかった」

声が聞こえた。前方に立つのは小さな人間だ。そいつの頭は禿げ上がっていて、笑ってしまうようなダサい黄色のヒーロースーツが輝いていた。音速で近づいてくるクリスゼファーから逃げもせず、恐怖さえない様子で、そいつが再び言う。「歯、食いしばれな」

次の瞬間、白い勇者の機体は、その中央から崩壊した。

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?