50年後のファイナルファンタジー


2006年03月19日 の作品。FF7リメイクを受けてふと思い出したので掲載。

三日前からおじいちゃんが、自分の部屋に篭って出てこない。

お母さんもお父さんも心配して、声をかけたりするんだけども

「今とても忙しい」

そういって扉を開けもしなかった。

お父さんは、病院にいってアルツハイマーの薬をもらってきたりしたけど、おじいちゃんは「呆けじゃない」って言い張って更に扉に鍵までかけてしまった。

そんな事があったのが、丁度三日前。そして今日は日曜日だ。

お父さんお母さんは朝から用事があるらしく、最後の最後までしぶっていたけど、結局おじいちゃんの監視を僕に任せることにした。お母さんは紫外線反射スーツのまま

「おじいちゃんから目を離さないでね、何かあったら緊急連絡ネットを使うのよ」と僕の肩を痛いくらい掴んで繰り返した。

本当は僕だってこんな事に関わりたくない。

おじいちゃんは、確かに家族だけどちょっとよくわからないし、なんとなく近づきにくい存在だった。

昔のアルツハイマーはおしっことかうんちをその場でしてたそうだ。今は特効薬が出来て、そんな行為をする前に治せるみたいだけど。

でももし、おじいちゃんの部屋がうんちだらけだったらどうしよう。

おじいちゃんが部屋の中でうんちをしている、その姿を想像しただけで僕は居たたまれなくなった。

お母さんは僕に「おじいちゃんの部屋が空いてないかどうかだけ確認して」という。

いわゆる軟禁状態にするわけだ。

お母さんの言葉で僕の行動は決まった。

今日一日、少しだけ、おじいちゃんの部屋の前まで来ること。

それ以上の事は絶対しないと心に誓った。

僕の部屋の窓からは外の景色がよく見える。

今日は酷く晴れていて、こんな天気の中じゃ絶対日傘が必要だった。日傘を差して歩かなきゃ、直ぐに肌がやけどしてしまう。全てをネットでまかなえるようになったこの国で、そんなに外に出歩くことはないんだけど、大人の世界ではそうはいかないみたいだった。

外には紫外線、中にはおじいちゃんという怪物だ。

僕は心底、今の僕の状態を嘆いた。一刻も早く、お父さんとお母さんに帰ってもらいたかった。

そんな感傷に浸っていると、僕の部屋の真下、丁度台所で何かを落とす派手な音が聞こえた。

割れたガラスの音に、僕の心臓は飛び出しそうになった。

僕は瞬時に悟る。おじいちゃんだ。

おじいちゃんが部屋を抜け出して、何かを探してるんだ。

何を探してるんだろう?そういえば丁度お昼。きっとお腹がすいているんだ。

僕はそこまで考えてがたがたと震えだした。

どうしよう。おじいちゃん可笑しくなってて、僕を食べようとしてるんじゃないかしら。

僕の頭の中に、包丁をもって台所でにやりと笑うおじいちゃんが現れて僕はその場に座り込んでしまった。

足に力が入らない。喉の奥はからからで、ただ体だけが震えてる。

きっとおじいちゃんは僕の居場所をすぐに探り当てて、包丁で僕を切って食べちゃうんだ。

どうしよう。どうしよう。

僕の目からぶわっと大粒の涙がこぼれた、そのときだった。

「おおい、誰かおらんのか」

おじいちゃんの声だ。なんだか、ちょっと弱ってる。困ってるみたいだった。

「和子さん、よしお。おーい」

あれ?僕は思う。

これは怪物おじいちゃんの声じゃない。普段のおじいちゃんの声だ。何を考えてるかわからなくて、なんとなくとっつきにくい、おじいちゃんの声だ。

少し不安が揺らいだら、僕の全く現金な足は、いとも簡単に動いてくれた。

ゆっくり階段越しに台所を覗く。

するとおじいちゃんが、スウェット姿のまんま、手で散らばったガラスを拾い集めてた。

細かく、四角い粒になって散らばってる衝撃吸収ガラスを拾い集めてる、おじいちゃんの姿は凄く滑稽で、僕は想像と現実のギャップの大きさにしばし打ちのめされて、おじいちゃんを見ていることしかできなかった。

ふと、おじいちゃんが僕に気付く。

「おお、眞吾。おったんか。ほうきはどこにあるんだ?」

ほうき?僕は聞きなれない言葉を頭の中で捜そうとする。

でてこない。

「ほうきを知らんのか」

おじいちゃんは呆れたように僕にいい、こう言い直した。

「掃除する道具はどこにあるかわからんか。」

ああ。掃除する機械の事だ。僕はそう理解したので、家政婦ロボットのセシムを呼ぶ。

「セシム、床を片付けて。」

首を振りつつ、ゆっくりと現れたセシムは「カシコマリマシタ」と機械音で告げると、足元からガラスの粉を吸い取り始めた。おじいちゃんはあんぐり口をあけてそれをみていると、とたんに首をふってこういった。

「この家は使い勝手が悪い。」

そういってまた部屋のほうに戻ろうとする。

僕は思い切っておじいちゃんに問いかけた。「おじいちゃん、お腹すいてない?」

僕の声におじいちゃんは立ち止まって、僕の方を見た。

「そうだなぁ・・・眞吾、お前何か作れるか。」

「セシムが造れるよ。」

僕はセシムに昼食に用意をプログラミングした。

おじいちゃんはまた首を振って「人間の創る飯のほうが美味い」

そういって部屋へ戻っていった。

僕はなんとなく、おじいちゃんの後を着いていった。

あれほど恐れたおじいちゃんの後をついていくなんて、少し前の僕なら信じられないけど、今、僕におじいちゃんに対する恐怖はない。むしろ、好奇心の方が強かった。

扉の前で、僕は声をかける。

「おじいちゃん、中で何してるの?」

おじいちゃんは迷惑そうに僕を振り返ったが、直ぐに神妙な表情になった。そうして僕に言った。「ゲームしてるんだよ。」

ゲーム。この言葉も僕は知らない。「お前も見てみるか」

知らないことを、知らないおじいちゃんが見せてくれる。

この日、僕にとってこれほどの冒険があるだろうか。

僕はなんども首を縦に振って、初めておじいちゃんの城へと足を踏み入れた。

おじいちゃんの部屋はうんち臭くもなく、どちらかといえば清潔だった。ただテレビの前には見たこともない機械と、タコの足みたいな気持ちの悪い線がばら撒かれている。

「なに?これ」

僕はそう問うて、テレビを見た。

テレビの前には、汚いCGが映っている。

僕は怪訝な顔をして、おじいちゃんを見た。でもおじいちゃんは僕の表情など気にせずに、テレビを食い入るようにみている。

CGが動き出した。

僕はそれを見ながら、もっと綺麗なCG見ればいいのに、と心の中でおじいちゃんを馬鹿にした。

今は映画の中にそのまま入れるようなCG技術だってある。

なんでこんなアニメみたいなCGをおじいちゃんは必死で見てるんだろう。僕は訳もわからないまま、おじいちゃんの隣に腰を下ろす。

すると、どうやらCGは戦っているらしい。

攻撃された側に100、やら200、なんていう数字が出てる。

「戦ってるの?」

僕は呟いた。するとおじいちゃんも「うん」そう呟いた。

おじいちゃんの操る主人公はいろんな場所に動いていく。

そうしては敵を倒し、また動いては敵を倒してゆく。

僕は何が楽しいのか、全然わからなかった。でもときおりおじいちゃんが、「おお、あと少しでレベルがあがる」そういって楽しんでいることだけは解った。

やがてセシムが僕等の部屋へゴハンを運んでくる。

おじいちゃんは外へでないだろうから、僕がそうセシムに命令しておいた。

画面の中の絵がまた止まる。

ゴハンを食べながらおじいちゃんが言った。

「おじいちゃんの子供の頃はなぁ、こういうので遊んでたんだよ。」

僕は納得いかなかった。僕が生まれた時からおじいちゃんはおじいちゃんだった。とっつきにくくって、でもたまに優しい。

おじいちゃんの子供の頃ってどんなんだったんだろう。

「このゲームが欲しいから、みーんな朝からお店にならんだんだ。今みたいにネットで頼めなかったからなぁ。あいつより早くクリアしてやるって必死だった。その癖アイテム取り落としてたり。」

おじいちゃんはお茶を飲んで続ける。

「ゲームで泣いたりしてたんだ。初めてクリアしたときは本当に嬉しかった。後から考えると、いってないところや見落としたイベントだらけだったんだけど、本当に嬉しかったんだ。」

おじいちゃんが、僕が今まで見てたような、優しい顔になる。

「学校で色々教えあったりしてなぁ。懐かしいなぁ。」

そういえば、おじいちゃんは最近誰かのお葬式にいったらしい。壁には喪服が綺麗にかけてあった。

隣で僕はずっと、おじいちゃんと、そのゲームを見てた。

だんだんと話の内容がわかるようになって、僕も夢中になった。おじいちゃんがあぶなくなると、僕は必死で応援した。

応援したってどうにもならない、そういっておじいちゃんは笑うけど、僕は何もせずにはいられなかった。

いつの間にか部屋の明かりがついている。

時間をみたたもう8時。いつものネット学習塾の時間さえ僕は気がつかなかったわけだ。

一日サボってしまったけど、僕はおじいちゃんの隣から離れることが出来なかった。

だって、もう最後のボスが目の前にいるんだもの!

おじいちゃんとボスの戦いは長かった。

そいつは凄く強くて、おじいちゃんとおじいちゃんの仲間は何度もしにかけた。

僕の膝を抱えた手はいつの間にか握り締められていて、汗がにじんでいた。

おじいちゃんも無言で。コントローラーを押し続けている。

うあ、毒にかかった!混乱してる!

僕の心臓はずっとドキドキいいっぱなしで、休まる暇がない。

やがておじいちゃんの最後の一太刀が、ボスに9999のダメージを与えたとき、ボスが倒れた。

「やったぁ!」

僕は叫んだ。おじいちゃんも笑顔で僕を見る。

「すごいね!おじいちゃん!」

おじいちゃんのそのときの顔は、いたずら好きの友達正二にとてもよく似ていた。

でも、おじいちゃんはいう。

「ここからだよ。よくみてごらん」

エンディング。物語が全て空かされて、僕は真実を知ることになる。死んでいった仲間、悲しいボスの存在理由。今までの冒険の全てが僕の中にいっきにフラッシュバックされて、僕は。

「どうした。」

おじいちゃんのしわしわの、コントローラーを握ってた手が僕の頭を撫でる。

「嬉しいんか」

僕は泣いていた。いろんな感情がごっちゃになって、意味も解らずに泣いていた。僕がしゃくりあげながらいう。

「う”れ”じい”・・・。けど、がなじい・・・」

鼻水が僕の発音を可笑しくした。その所為で僕の涙は更に溢れてきた。僕の涙を拭いとって、おじいちゃんは少し震える声で、ありがとう、と僕に言った。



全てのゲーマー達に、愛を持って。

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