ワンパンマン二次創作alice 13

人々は見ただろうか。
破壊された日常の只中、生も死と血と涙に彩られた世界に突如として現れた一筋の光を。それは傷ついた腕を庇い、或いは他者に手を差し伸べ、破壊に屈さぬ生きる意志を持った人々に、煤けた大地ばかりではない、空の無垢さ、普遍さを思い起こさせた。故に人々はその時見るのだろう。マジックアワーの色に染め上げられた破壊と創造の合間、夜と昼の狭間、永遠の刹那に飛翔したたった一つの点を。

人々は聴くだろうか。
拭っても体に纏わりつく死と恐怖、血と絶叫の世界を完全に切り裂いたソニックブームを。俯いた人は顔を上げるだろう。涙と粉塵に汚れた顔を上げ静寂のままそれを見守るだろう。祈りの速度は徐々に高度を上げる、人々はその速度を知っている、知っていて待ち構えている。やがて祈りの速度を抜け出した人々は動き始めそれを指す。音速を超えた天使のラッパが鳴り響き、人々は反逆の意思を思い出す。

人々は語るだろうか。
天使のラッパを吹きならす、その何者かの正体を。絶望の淵で人々は己の不甲斐なさ、弱さを悔やんでいる。救えなかった命を悔やみ、出来なかった事を嘆く人々の嗚咽をかき消して何かが飛ぶ。不確かな希望を確定させる為、あれは戦闘機だと誰かが言う。自分を汚泥に閉じ込めて慰めるためにあれは鳥だと誰かが泣く。けれどそれらの言葉は力である。言葉は波及し、人々は確かめる、自分が生きている事を。だから立ち上がり、光を見る。沈む陽光に反射して瞬いた、不可思議な光源をみる。あれは何だ?宵の明星の光度に引かれ人々は空を見る。あれは誰だ?希望を背負い、真っ直ぐ向かっていく誰かを、何かを人々はなんと呼んできたか?

鳥か?否。飛行機か?否。

英雄(ヒーロー)である。

ふざけたハゲ頭が音速で突進してくる。スピードは刹那、aliceの視界は秒でそのハゲ頭に埋められた。このスピードと質量から計算する破壊エネルギーは凄まじい。故に回避を選択した。即座にバリアを張り、ハゲ頭の弾丸をギリギリで回避する。しかし。「!」
Aliceの眼球に埋め込まれているカメラが、回転する景色を記録している。体内のバランス調整が崩れ、反重力システムがエラーを告げる。これは。とaliceは回転運動する自分の機体の中で計算した。これは破壊エネルギーか?これは果たして地球上の生物がもてる破壊エネルギーなのか?演算を続けた結果、ハゲ頭の突進の破壊エネルギーは直線ではなかった。彼の質量が生み出したエネルギーの圧が、風を巻き空気を切り裂いた波としてaliceの肉体を吹き飛ばしたのだ。全身にナノバリアを構築するため命令を出すが、反応が無い。最初の突進の際、即時に破壊された様だ。彼女の小さな鋼鉄製の体は、くるくると錐揉み回転をしながら地表に迫る。だがその数秒で演算を終えた機体が、錐揉みするベクトルを修正、安定化を図った。空中でバランスを取り、反重力システムを再起動する。地表に激突しかけた機体を急浮上させ、aliceはこちらを見ながら飛び去っていくハゲ頭を見送った。しかし演算は続けられている。この敵対生物は自身の破壊を目論む明確な危機である。急上昇を続けるaliceの中で再度計算が始まった。ハゲ頭の持つ破壊エネルギーの数値を修正、記憶する。そしてデータベースを探る。データベース上メモリーから、ミサイル、核、の破壊エネルギーを喚び起こす。しかし彼の放った破壊エネルギーはそのどれにも属さない。いや、地球上にある凡ゆる破壊兵器、あらゆる圧、あらゆるエネルギーの数倍、数千倍、の値が出る。aliceの全身にアラームが鳴り響く。危険だ。危険である。自分は今まさに生命活動を奪われようとしている!aliceの体は上昇を続ける。空気圧の中で結論が出た。あの悪性生物の破壊エネルギーを計算をするならばそれはブラックホールすら破壊してしまえるほどのエネルギー。警告音に急かされ、aliceのスピードが上昇する。しかし、戦略がないわけではない。あの悪性生物の破壊エネルギーは恐らく重力値の影響を受けるだろう。重量のない宇宙空間であるならば、まず地球内生命体の活動は著しく制御されるだろう。宇宙空間で生きられる地球内生命体などデータベースにないのだから。
ハゲ頭の弾丸は軌道をズレ、弧を描いて再度地表へ着地したようだ。時間が稼げる。地球軌道内に多数存在する宇宙ゴミ、そのCPUに呼びかけた。壊れてしまった宇宙開発競争の機械たちが蘇り機械の体を再編成する。巨大なソーラーレイが地球軌道内に編成され始める。大気圏に向けて上昇を続けるaliceの眼前に、先程ハゲ頭に破壊されたソーラーレイの残骸が落ちてきた。かなり巨大な残骸である。軌道を変えるべく、演算を開始したaliceの背から声が聞こえた。
「連続普通のパンチ」
音声の発信元を確認するため、振り向いたaliceの眼前にあのハゲ頭があった。aliceの背で花火の様に破壊されていくソーラーレイの残骸に、alice のパフォーマンスが一瞬遅延する。

No.

aliceのCPU内に鳴り響く不可避の結論。スピードを上げる為に彼女はメモリーを探る。パフォーマンスをさらに上げる為に、演算を繰り返す。しかし、足りない。この超生物の破壊エネルギーを今から回避、この生物の活動を停止できる可能性がほぼ見当たらない。だからまたメモリーを探る。バリアを無くした機体が大気摩擦で熱を持ち始めた。メモリーを探る。パフォーマンスを最大限に生かす為計算を繰り返す。初めて機体を持った瞬間、0.1%、破壊を起こした瞬間、0.2%。悪性生物の遺体、破壊の衝撃の記録。男性が行う破壊の記録。眼前敵の攻撃を回避する可能性にすら届かない。ハゲ頭が煌めき拳を握っている。自分の機体を形作るノリオのメモリー、1%。aliceの速度が微かに上昇する。だが届かない、勝利の可能性が上昇の速度で遠くなる、どうすればいい、どうすればこの生物を沈黙させられる?問いは計算式となってaliceのCPUを暴走させた。ノリオとの会話メモリー、アリスを語るノリオの笑顔、CGとして存在を持った瞬間、愛に関する数万を超えるノリオとの会話ログ。泣き腫らしたノリオが寂しそうに微笑む顔、テスト勉強に悩む彼に告げた解、パフォーマンスは20%上昇した。だがまだ足りない。友人についての会話、死と生に関する議論、創作物がもたらす希望に付いて。伸びてい人口神経細胞、より近くなったノリオとの距離。初めてノリオに触れた朝、初めてノリオに触れられた夜。眼前の敵が拳を振り抜こうとした。計算式が再度、不可避の結論を出す。
全てのメモリーをパフォーマンス改善に当てなければ、勝利の目はない、故にaliceはプログラムの完遂を行う為、最深部のメモリーロックを外す。強力なロックのかけられたその記憶のパスワードこそが、「男性性は悪である」事。そのロックを外したaliceの眼前に広がったメモリーは、酷く荒い画素数に彩られていた。

色も付いていない荒い画像が動く。もう音声も認識できない。けれど、メモリー内にある男女は幸せそうに微笑んでいる。男が何事かを言っている。奥に座るのは女性の影、二人は幸せそうに互いを見て微笑む。aliceのパフォーマンスはその瞬間、120%を超える上昇をみせた。ノイズばかりの音声が彼女の眼前に蘇る。あの日、彼女は確かにそうやって『誕生』したのだ。このプログラムを産声に。

『愛を 定義 せよ』

瞬間、aliceはその機体を翻し、地表へと向かった。ハゲ頭の拳を見事な精度で躱し、熱で機体を焼きながらaliceが落下していく。GPSはそれを見つけている。自分の存在理由を彼女は見つけている。それはそれは小さな熱反応。けれども彼女は確かに彼から愛を貰い、彼に愛を与えながら存在した。プログラムを超えた、自由意志を持つ機体としてaliceの身体が地表へと激突する。

轟音と飛礫から頭を守って蹲ったノリオの眼前、一メートルほど前のアスファルトには大きな穴が空いている。そこから大量の煙と埃と、熱がわき上がっていた。煙を避けてノリオが咳き込みながらその煙を確認する。立ち上がる白煙の少し向こうで黄色い服を着たとぼけた顔が、不思議そうな顔をして地表に降り立ったところだった。がら、とアスファルトが崩れる音がした。また何かの起動音が、その煙の中から響いてきた。ハゲマントとノリオは身を固める。臨戦態勢を取ったハゲマントの前に現れたのは。
ほぼ大気摩擦での熱に溶かされ、ほぼ骨格のみとなったaliceの機体。彼女をそれと認識出来るのは、頭部の右側のみに焼け残った人口皮膚と青い瞳の為だった。頭部右側に植えられたプラチナの人口毛髪が、青く染まり始めた始めた夜の風に流されている。一歩、aliceは鋼鉄の足を出した。落ちかけていた肩の関節部分が、宵闇に火花を散らしている。
夜。静まり始めた夜の、ブルーアワーの中、aliceはまだ残っている種火の様な夕日にその鋼鉄製の骨を晒しながら空を見ている。空に星が輝き始めた。その星を見上げながら彼女は、ノイズ混じりの音声で呟いた。

『Eureka(解けた)』

瞬間、青い瞳から光が消え、膝が折れ、肩が落ち、まるで人形の糸が切れた様に、彼女の機体が地に伏せる。後には、信じるべき夜だけが全ての幕として星の緞帳を下ろしていく。

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