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備長炭に触れる①――思い出と数字の中の備長炭へ

#エッセイ
#執筆者:池山(ライター/リサーチャー)

本記事は、ヒトノハのメンバーによるエッセイを掲載する「ヒトノハ綴方研究部」の一部です。ヒトノハの見解を代表するものではありませんので、ご了承ください。

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 どうせ和歌山県に住むなら、備長炭の今昔について調べ、作り手の話を聞き、あわよくば自分でもつくれるようになりたい。そしてわかったことを記事にして、最終的には紙の本にまとめたい。リモートで就職し、ヒトノハの事務所がある和歌山への移住計画が本格化する前から、筆者は事あるごとに人にそう言い続けてきた。

 それから、すでに約7ヶ月が経過した。

 しかしこのとき頭の中で作り上げた計画は、その途上――ではなく出発点にとどまっている。やったことといえば、長年住んだ京都から和歌山県南部へと移住したこと、国会図書館で紀州の備長炭生産について書かれた文献を探しコピーしたこと。そして、和歌山県田辺市にある「紀州備長炭記念公園」を訪れたことくらいだ。まだまだ、分からないことばかりである。
 とはいえ、そうやって取材の記録が貯まるまで書き始めるのを渋っていると、いつ本になるかわからない。であれば、先に書き始めてみよう。書くことで頭が整理され、足も自然と動くようになるのではないか。この連載記事は、そういう試みである。何回で終わることになるかわからないが、書きながら調べ、調べながら書いていきたいと思う。
 以上からわかるように、この記事はなんらかの調べ物が完了し、裏取りができた段階で公開されるものではない。連載が進むに連れ、過去の記事が訂正されたりする類のものである。そうやって知が深まっていく様子に筆者は密かな興奮を覚えるものであるが、読む人からすれば多少読みづらい点もあるかもしれない。
 このことを踏まえ、ご興味ある方はお付き合いいただけると嬉しい。

紀州備長炭記念公園にある飲食店のメニュー。備長炭は様々な形で「食べられる」もののようである。大変気になるが、残念ながら筆者が記念館を見て回っているうちに店が閉まってしまい、味を確かめることはできなかった。


火のつかない炭の記憶

 筆者が備長炭にはじめて触れたのは、2016年の中頃、一年休学をして和歌山県古座川町に住んでいた頃のことだ。当時一緒に住んでいた友だちがもらってきたという備長炭の切れ端(おそらくうまくできなかったり、割れてしまったものなのだろう)で、夜にバーベーキューをしようという話が持ち上がった。
 家が立ち並ぶ長屋のような場所に住んでいた筆者たちは、えんがわに座り家の前に七輪を置いて、備長炭を中に並べた。期待は上々だった。なにせ、あの高級料理店などで使われていると聞く備長炭である。備長炭といえば、うなぎや焼き鳥というイメージもある。近所のスーパーで買ってきた魚の干物も、さぞかし美味しく焼けようというものだ。
 また筆者たちには、そこそこアウトドアの心得もあった(と自負していた)。野外で火を起こした経験は一度や二度ではない。そんな自分たちが備長炭を手に入れようものなら、鬼に金棒である。貧乏ではあったものの、この土地に住んでいるからこそできるバラ色のグルメライフが待ち受けているかのように見えた。
 しかし火は一向に着く気配がなかった。新聞紙を入れてみても、割り箸を折って火種にしてみても、扇風機を投入して空気を送り込んでみてもうんともすんとも言わないのである。もしかしてこの炭は湿っているか、火がつかない欠陥品なのではないかーーそう疑いはじめた矢先、ひょっこりと隣に住むおじいさんが顔を出した。

「消し炭はある?」

 筆者たちの惨状を見てなにかを悟ったおじいさんはそう聞いた。なにを聞かれているかわからず筆者と友達は首をかしげた。するとおじいさんは一度家に戻り、焚き火をしたあとに残るボロボロの消し炭を持って現れた。
 一度七輪の中で消し炭に火をつけ、その上に備長炭を置く。すると備長炭はそれまでの様子とは打って変わって静かに、赤々と燃え始めた。どうやら備長炭は、ただ質が良いというだけでなく、その扱い方も普通の炭とは違うらしい。そのことを教えてくれたおじいさんの名前を、筆者は(おそらく友達も)覚えていない。いまも元気だろうか。

備長炭ってなに?――定義を見る

 備長炭とは、日本国内で生産される、主にカシを原材料とした白炭の一種である。和歌山県では主に「ウバメガシ」という木がその材料として用いられ、江戸時代から主要な産業の一つとなってきた。焼き鳥やうなぎの蒲焼などに用いられるものとして、知る人も多いかもしれない。

備長炭
(STRONGlk7 - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19675839による)
ウバメガシの木。実際備長炭に用いるのは、もっと幹の細いもののようである。
(Alpsdake - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=85567940による)

 さて、ここでいきなり知らない単語「白炭」が出てくる。
 木炭は大きく、白炭と黒炭に分かれる。名前の通り、黒いものが黒炭であり、少し灰色がかったものが白炭であるという。ホームセンターなどでバーベキュー用に売っている丸太を何分割かした形の黒い炭が黒炭であり、備長炭をはじめとする細長い形をした炭が白炭である。
 いやいや備長炭も黒いやないかと思う方もいるだろう。確かにそうである。画像を見ると備長炭は白身がかっているように見えなくもないが、黒炭だってたまに白っぽく光っている。色だけで判断するのは難しそうだが、大抵の場合形が違うので、それで区別ができなくもない。
 林野庁のホームページを見ると、白炭と黒炭は次のように説明されている。まずはここから手がかりを掴んでみよう。

黒炭
炭窯の中で空気を絶って消火します。炭化温度は、400~700℃前後です。原材料は、主にナラ、クヌギ、カシ等です。炭質が柔らかく、着火が容易で早く大きな熱量を得られるため、以前から家庭用の燃料や暖房用等に用いられています。他の用途としては、バーベキュー用や茶道用などです

白炭
炭窯の外に出し、消し粉をかけて消火します。炭化温度は、800℃以上です。原材料は、ウバメガシ、カシ類等です。炭質が硬く着火しにくいが、着火すれば、炭質が均一で安定した火力を長時間にわたって得られるため、焼き鳥やうなぎの蒲焼きなどで用いられています。白炭は備長炭に代表されますが、特に和歌山県産のものは紀州備長炭の銘柄で最高級品とされています。

林野庁「木炭の種類」

 以上を踏まえると、どうやら黒炭と白炭には、その制作過程でいくつか違いがあるらしいことがわかる。

 ※(黒炭/白炭)。

  • 用いられる木材(ナラ・クヌギ・カシ等/ウバメガシ・カシ類)

  • 消火の方法(炭窯の中で空気を絶つ/炭窯の外で消し粉をかける)

  • 炭化温度(400~700℃/800℃以上)

 またその結果として、次のような性質の違いがあるという。

  • 黒炭:炭質が柔らかく、着火が容易で早く大きな熱量を得られる。

  • 白炭:炭質が硬く着火しにくいが、着火すれば、炭質が均一で安定した火力を長時間にわたって 得られる。

 備長炭=白炭といえば、うなぎや焼き鳥などの料理で用いられる印象があるが、その背景には「安定した火力を長時間にわたって得られる」という点が作用していると考えられる。もちろん、煙の多さとか匂いなども関係しているかもしれない。

木炭規格

 より詳細な木炭の規格は、一般社団法人全国燃料協会によって定められている。「燃料」と名前がついているが、化石燃料などは対象ではなく、あくまで木炭等に特化した団体のようである。1948年という戦後まもない時期に
設立されている。
 ここでの定義はより単純であり、白炭と黒炭は炭化の際の「消火法」によって明確に区別されている。また備長炭は白炭のうち、原材料がウバメガシ(カシ類を含む)であるもの、とされている。これも明確である。

全国燃料協会「木炭の規格」

統計を見てみよう

 備長炭を調べる方法は数ある。本記事でも、最終的には備長炭を実際に生産している方に話を伺ったり、実際の生産の様子を見ながら記事を書いていくつもりだ。しかしその前に、お手軽に調べられるところから手を付けておきたい。まずは、公開されている情報ーー統計である。
 備長炭をはじめとする白炭は、統計上「特用林産物」というカテゴリーに分類される。これは、木材以外の山で取れる産品を指す言葉で、木炭などの他、きのこ類や、たけのこ、栗などの樹実品などが含まれる(参考:林野庁「特用林産物の生産動向」)。
 以下では、政府の統計資料を見ながら、備長炭の現在や背景についてまとめていく。数字やグラフばかりの内容になってしまうので、興味がない人は飛ばしてほしい。一応、明らかになったことを下にまとめておく。

  1.  木炭の国内生産量は右肩下がりである。しかし需要全体はおおよそ横ばいで、年々輸入量が増えている。

  2.  和歌山県は木炭全体で言えば、生産量が全国3位。白炭に限れば高知県に次ぐ第二位である。

  3.  白炭生産の従事者数を見ると、和歌山県は全国1位であり、窯数も1人あたり1基の割合である。ここから、おそらく企業体ではなく個人で製炭業を営む人が多いということが推測される。

木炭の生産量・流通量の推移

 農林水産省が発表している令和4年度の「森林・林業白書」を見ると、木炭の国内生産量は見事に右肩下がりを続けている。2019年度の生産量は2.1万トン。1995年は8.2万トンなので、この24年間で、およそ四分の一に減ってしまっているようである。

木炭の国内生産量。「令和4年度森林・林業白書」添付のエクセルデータから筆者作成。

 とはいえ木炭の需要全体が減っているわけではない。国内生産量の減少に伴って自給率が下がっていることからもわかるように、木炭の流通量はある程度横ばいのままであり、国内生産量が減った分、輸入量が増えている。

木炭の国内生産量と輸入量の合計。単位は万トン。「令和4年度森林・林業白書」添付のエクセルデータから筆者作成。

 1999年に国内生産が妙に伸びている。この背景になにがあったのかは、少し検索した程度では分からなかった。今後調べてみたい。

都道府県別木炭生産量ランキング

 では、国内の木炭生産は、主にどこで行われているのだろう。同じく政府の「特用林産物生産統計調査」を見ればわかると思いきや、案外そうはいかない。データが虫食いになっているのだ。それも和歌山県のような、結構なボリュームを占めているはずの県のデータが、木炭生産の合計には存在しない。どうやら、令和元年から統計の取り方が少し変わっていることが影響しているように見える。
 虫食いが発生する前の2018年の木炭全体の生産量ランキングを見てみると、次のようになる。

1位:岩手県(2681.7トン)
2位:高知県(1522.7トン)
3位:和歌山県(1092.8トン)

https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0001784481

 白炭に限って見ると、ランキングは多少変動する。というのも、岩手県の2681.7トンのうち、2632.2トンが黒炭だからである。以下は、同じ2018年のデータを白炭の生産量で並べ替えたものである。生産人数も添付している。

1位:高知県(1424.5/65人)→ 21.9t / 1人
2位:和歌山県(1088.6/160人) → 6.8t / 1人
3位:宮崎県(263.0/52人) → 5.0t / 1人

https://www.e-stat.go.jp/dbview?sid=0001784481

 このようにして見てみると、一位の高知県と二位、三位の和歌山県・宮崎県では一人あたりの生産量が3倍〜4倍ほど違う。これは何によるものなのだろうか。

製炭従事者の数

 もう少し新しいデータを見てみよう。白炭で見てみると、2021年の従事者数が473名、窯数が432基である。このうち、和歌山県は大きな割合を占めていることがわかる。

1位:和歌山県 167人/167基
2位:高知県  89人/87基
3位:長野県  56人/6基

特用林産物生産統計調査 確報 令和3年特用林産基礎資料

 もちろん、この登録状況がそもそもどこまで信頼に足るものなのかはまだ不明である。しかしこれをそのまま信用するのであれば、1人に一つの窯がある和歌山県と、窯がおよそ9人に一つしかない長野県では、同じ白炭とはいえ生産体制がずいぶんと違うのかもしれない。
 一人あたりの生産量が3倍ほど違う高知県と和歌山県で、一人あたりの窯の数がほとんど変わらないことにも注目したい(年度が違うのであくまで参考程度である)。これは、和歌山県の製炭業が、副業として行われていることを意味するのだろうか。あるいは同じ白炭でも、単価の違いなどがあるのかもしれない。

おわりに

 以上、統計情報をざっと見てみた。見てみてわかったことは、途中でまとめたのでここでは繰り返さないこととする。ひとまず分かってきたことは、製炭(特に白炭)には結構地域差があるのではないか、ということだ。
 それがどんな違いであり、何によるものなのかについては、今後現場を見たり資料を見たりしていく中でおいおい分かってくるはずである。もちろん、数字上は見えていた違いが、単なる数字の効果によるもので、現実上はあまり意味がなかった、ということがわかる可能性もある。
 次回は、備長炭や炭焼に関する文献にあたりながら、備長炭の歴史やそれをとりまく自然・文化について見ていきたい。


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