当日の記録として、雑記

記録として残しておきます。

負の歴史も歴史だから、一応開会式見ておこうかなと思って見ましたが、カウントダウンがゼロになった時の花火で、怒りと無力感で少し涙が出てしまいました。花火をあげている同じ地域で、苦しんでる人、大変な思いをしている人が沢山いるのですから。

それ以降、選手入場までのパフォーマンスは、個人の名声と技術に頼った演出で、シーンの切り替えがスムースではなかったこともあり、突貫だったんだろうなと思いました。かなり継ぎ接ぎをした感じに見えました。

それだけいろんな人が出てきて、そこまで大きくはない木製の五輪一つ、これが日本が今できることなのかと思うと、もうちょっと他になかったのと思いましたが。

君が代の歌唱は、MISIAの衣装は非常に良かったです。レインボーカラーにしたのは本当に一貫した姿勢で素晴らしい。しかし、日本と世界の五輪運営システムに表面上のシンボルとして都合よく使われてやしないか、と思ったのも事実。これは今までの開催前のゴタゴタがあったからですけど。
君が代は、少し遅いテンポで演奏すると威厳が出るので、ここ1番の時はテンポが遅くなる傾向がありますが、変なところ、「苔のむすまで」の「の」で伸ばしているのは、日本語的に少し違和感がありました。君が代は、そもそも元の曲がよくできています。あまりアレンジは要らない。

そのあとは、ずっと「ガメラ出てこねーかな」と思って見てました。福岡ドーム、特に京都駅は派手にやってくれたから、この競技場はロケーションばっちりでやりがいあると思いますよ。

後半でちょっとどうなのと思ったのは、「Imagine all the people」できてないのに「Imagine」を演出に使ったこと。
感染状況がひどくなっていること、Covid-19で亡くなった方が沢山いること、いろんな人が職を失っていること、廃業の危機の飲食店、心を病んでいる人、絶え間なく働く医療従事者のこと、そして福島、Imagine all the peopleってよく言えたものだなと思います。
オリンピックって宗教だっけ?と思うスピーチはとても長い。

海老蔵が出てきたと思ったら、途中でジャズピアノが割り込む。ピアノもあれだけの音数で放送にちゃんと音が拾えてないし、そもそも歌舞伎とピアノが合わない上、潰し合っていて残念でした。

音楽面では、ボレロが鳴ったり、ゲーム音楽がオーケストラで沢山使われていましたが、個人的に非常に気になったのが、西洋音階のものばかり使っていたことです。せっかく日本でするのなら、ここは日本のものでいくべきじゃないの。

作曲やアレンジのレッスンをする時に、政治的な背景は置いておいて、君が代は素晴らしい和洋合作のものなのだと話すことがあります。旋律は雅楽の林広守が作り、和声はドイツ人のエッケルトがつけたものが定番に流れており、どう考えてもあれはハ長調ではないのにハ長調でハーモニーがついている、とても不思議だけれども最初と最後がユニゾンで終わる、価値観が混ざり合って非常に威厳もある素晴らしいアレンジになっているんですよね。
〈本来ならばこうやって演奏されるべきものだ〉というのを、長野五輪で披露していまして、このYouTubeはよく見てもらっています。


これぞ、日本でオリンピックする意味じゃないですかね。
せっかくやるなら、鬼太鼓座とか、そんなのが聴きたかったです。野村萬斎はどうするつもりだったんでしょうね、それは見たかった。
前々から、群舞はあの広い会場でよさこいソーランをやったらいいのにと思っていました。あれ、本当にエナジー満点で華もあるし楽しいし、ザ・日本のハイテンションお祭りって感じでいいですよね。

総じて、感想は「長い」でした。
これも記録として。

アスリートの皆さんには、暑さや感染などありますが、皆さん健康で終えて欲しいと願っています。

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