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雪 華 ¦Spring Day 봄날




うららかな風が僕の身体を優しく包み込む。
陽春の訪れがあの日の記憶を甦らせる。
心に積もった色褪せない雪は僕の胸をこんなにも締め付ける。今年で8度目の春だ。

だけど冬の名残はまだ消えない...




8年前....2014年4月16日。
約300名の尊い命が奪われた。
これがのちに"韓国最悪の船事故"と汚名が付いたセウォル号沈没事故である。


今回は8年前に韓国で起きたこの沈没事故とそれを追悼した曲だと言われているBTSのSpring Day に触発され、それをもとに一つの物語を書き上げた。この事故で生還した男子を主人公に、当時の事故から今の彼の心情を自らに語りかけたフィクションストーリーである。


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__8年前のあの日。今日の風当たりとよく似ていた。春の混沌の息吹を感じ、向かい風さえも来春を歓迎しているような暖かさに溢れていた。




僕にはジフンという親友がいた。
あの頃の僕達は未来を夢見て今に全力を注ぎ怖いものなんて何一つ無かった。いわゆる、若気の至り、ってやつだ。


だけど、あの日を境に僕は深い深い渠に落ちた。
失望、悲哀、憮然.....言葉なんかでは形容し難いほどの無力さにさいなまれる。僕の心は空っぽになってしまった。そして、目に見えない"何か"が僕の懐に鎖のように重くのしかかり締め付ける。 




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_2014年4月15日。






「行ってきます!」
喜色満面な笑みを浮かべ僕は靴の紐を結わえる。


「気をつけてね。行ってらっしゃい!」


そんな僕に笑みを浮かべながら母は手を振る。その姿を横目にし、僕は颯爽と家を出た。




なんと言おう今日は待ちに待った修学旅行。退屈と怠惰で埋め尽くされたこの学生生活の集大成だ。胸が高鳴らないはずがない。




8年前のあの日。僕は高校2年生だった。
済州島への修学旅行であの船に乗った。
あんな悪夢が待ち受けているとも知らずに...




悪天候の影響で船は当初予定していた時刻の2時間半遅れ、21時に出発した。だがスケジュール通り船上ではライブが催され、僕達は海上花火を楽しんだ。



「なぁ、デッキで空でも眺めようぜ。」
そう誘ってきたのは親友のジフンだ。


リズミカルな音楽とムードに酔いしれながら僕達はデッキに向かい空を眺めた。

船上から見る夜空はこんなにも心を潤すものなのか。僕達は今までの学生生活のこと、これからの未来について、胸高らかに語り合った。


就寝点呼の時間になり、部屋に戻った。

気づけばじんわりとした睡魔と共にその日は眠りについた。

そして、眩しい日差しと共に翌朝を迎えた。




「おはよう!」
ジフンの声で目が覚めた。


僕達は朝の挨拶を交わしうつろな目をこすりながらレストランで朝食を済ませた。思わず食べすぎて腹痛が気がかりだったが、なんとか満腹感に浸りながら部屋に戻った。


それから同級生たちとの自由時間を楽しんだ。


すると突然、船がバランスを崩し、激しく左側へ傾いたのだ。



「!!???」


何が何だか分からなかった。当然の出来事に僕達はパニックになった。異常なほどの傾き...



「もしかしたら...沈んでしまうのか?!」


そんな心配が頭をよぎる。それをよそに突如館内放送が流れた。



「檀園高校の生徒の皆様、先生方にご案内申し上げます。現在の位置で安静にし待機していて下さい。」





こんな荒っぽいアナウンスはこの後も10回以上船内に響き渡った。僕は平常心を保つのに必死だった。

しかし、そんな不安も束の間。
船が更に沈んでいくのを痛感する。それも、尋常ではないほど加速しどんどん左に傾いているではないか!!!


船内は大騒ぎ。パニックになり泣き叫ぶ者、怒号が飛び交う中、死を悟った者は家族に向けて最期のメッセージを残していた。


そんな中、なぜか僕は比較的冷静でいられた。いや、冷静でいなければならないという使命感が僕を律したのだ。



なぜ、船員があのようなアナウンスを流したのか。なぜ、避難の指示がないのか。それは最悪な形で最後の最後に知ることになる。




刻一刻と死が近づいている。""に直面する時ほど""を実感できるというが正にその通りだった。皮肉にもこんな形で身に染みるとは心外だった。



船員は一向に助けに来ない。僕はいてもたってもいられず緊急通報センターに連絡。電波が繋がりにくい中、ひたすらに助けを求めた。1連のやりとりを終え、海洋警察が来てくれることになった。僕の心に一筋の光が指した。
「これで安心だ....」



...いや、まだ安心し切れない。
彼らの助けを待つも、ただただ沈む船に閉じ込められた僕たちは必死に救命胴衣を探し出し、何とか廊下に避難して脱出を試みた。


ジフンはその場に立ちすくむ。逃げ出す気配がない。

「まだ船の奥で、部屋から出れず怯えてるやつらがいる。俺はみんなを誘導しに行くからお前は先に逃げてくれ。必ず、後を追うから。」

そう言って、ジフンは僕たちと真反対の方向へ走って行った。


それが僕たちが交わした最期の言葉になるなんてこの時は思いもしなかった。






事故発生から1時間経ち、やっと海洋警察が救助に来た。やっとだ..。しかし、船内に来る気配はない。何故だ...何故、助けに来ない....?



身動きをとるのが難しくなった僕達は、ただただ嵩を増していく海水に身を任せていた。
海水は満ち溢れ極限状態まで僕たちを追い込む。


非常口まで無我夢中に泳ぎなんとか船外にある救命ボートに身を投げ出し一命を取り留めた。まさに危機一髪。安堵のため息で心を落ち着かせようとしたが、動悸が高鳴り緊迫感で溢れる。



なぜならほとんどの同級生や先生達が船内に取り残されていたからだ。
そして、みんなを助けに行ったジフンもまだ船内にいた。



こんな状況に目もくれず、海洋警察は船内へは来ず、船外に出てきた人だけを救助していた。



こうして約300人の死者をだす今世紀最悪の船事故となったのだ。



後々、知ることになるが、
このセウォル号はいつも担当していた船長が不在で、この日は69歳の高齢者が船長を務め、副船長はなんと、前日に入社したばかりの新人が務めていた。

そして、船に積載できる最大量の約3倍の荷物を積んだまま運行していた。こんなにも量を積み上げれば転覆の可能性が大きくなってしまう。

更に、本来ならば一等航海士が担当する操縦を三等航海士が担当し、誤った舵の切り方をしていた。

挙げ句の果て船が転覆する最中も、船員たちは助けを求めることもなく、デッキでタバコを吸ったりお酒を飲んだりしていた。

最終的に、乗客を取り残して船長が真っ先に逃げた。しかも、船長だとバレないように衣類を脱ぎ捨てていたようだ。


その事実に、激しい憤りが湧き上がってきた...許せない。
ただ、その感情をどこにぶつけていいのかわからなかった...。しかし、それとは裏腹に大粒の涙が僕の頬を潤す。



幸か不幸か。僕は、この残酷な世界に生き残ってしまったのだ。







___1年後。3月初旬。


片付けられた教室。殺風景なグランド。
皆の笑顔に溢れていた日常さえも今となっては夢のまた夢だ。



今日、僕は卒業する。


この学校と。過去の呪縛と。




僕には前に進まないといけない理由がある。
それはこの事故が風化しないよう、命の炎が尽きるまで語り続けていくことだ。



この事故で船長、副船長を含めた計15人が逮捕された。船長に対しては殺人罪で無期懲役が決定し、その他の14人は遺棄致死罪等で1年6ヶ月から12年の刑を科せられた。


判決は下ったものの、政府の対応は最悪なものだった。どれほど抗議を続けても彼らの悲惨な対応は変わらない。

ならば、僕たちが変わるまでだ。失くした命を無駄にしちゃいけないんだ。あの日の悪夢を風化させないために。




 

Epilogue :



ジフンへ




長いようで短かった学生生活が今日、終わる。

授業中にふざけて居残りになったことも、
部活をサボって河川敷で語ったことも今となっては良い思い出だけど、
1番にお前との卒業を深く胸に刻みたかった。

今日は18回目の誕生日、おめでとう。


3.31




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ケーキのロウソクを吹消し、ジフンの靴と手紙を添える。
冬の寒さがまだ残る早春にジフンに逢いに来た。



冬の名残の肌寒さを感じながらゆっくり手を合わせ、瞳を閉じる。



暫くして目を開けるとかすかな粉雪が舞い散る。
まるで雪の花びらのように無造作に咲き誇っている。





ジフンはきっとどこかで見守ってくれているのかな。不意にそんなことを想った。




また来年、再来年と逢いに来るよ。
お前のお気に入りだった靴がいつの間にか僕の宝物になった。



静かに頬を伝う涙が温かい。

" 春 "はもう、すぐ傍で僕に微笑みかけた。



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