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私がパリ行きを決めた理由

この文章はmaruo 1st fanbook "ÉCRIN" で記載したものです。 


 出発の最終の搭乗アナウンスが流れた。ゆっくり座席から立ち上がり、お気に入りのセットアップのシワを伸ばした。人生初めての片道航空券を手に、ゲートへ進む。行き先はパリ、シャルル・ド・ゴール空港。チケットに印字されている "PARIS CDG" の文字を見て、「かっこいいな」と思う私は、いつまでたってもお上りさんだ。

 これからパリに住む。次に飛行機を降りたらそこはフランスだ。まるで実感が湧かない。買い付けに行く時のような気軽さで出国手続きを済ませた。片道切符。もう帰ってこないことだってできるんだな、という思いが頭に浮かぶ。頬にかかった髪をそっと耳にかけた。その指先にイヤリングが触れる。落ち着いたゴールドの大きなイヤリング。耳たぶに感じる心地良いこの重さが私は大好きだ。そして、思った。

 このイヤリングが、私をパリに連れて行ってくれるんだよな。

 パリに住もうと決めたのは、出発のたった5ヶ月前のことだった。

 ブランドを初めて2年半が経った頃。大手ブランドさんで商品を扱っていただけるようになったことは、maruoにとって間違いなく大きな節目の一つだった。その時はっきりと、そして妙にリアルに、ブランドの風向きが変わったことを感じた。イベントで準備する数百点の商品が、あっという間に完売するようになったのだ。
 販売イベントをすれば長蛇の列ができるようになり、販売の依頼が絶えず来るようになった。そして怒涛の納期に追われるようになった。ちょっとした異常事態だった。

 しかしながら、売れている理由が自分の実力でないことは明らかだった。売れる起爆剤となったのは、紛れもなく大手ブランドさんの力によるものだ。


 今だから言えるのは、あの時売れれば売れるほど、maruoというブランドが私の手から離れていくような感覚があった。ブランドの成長スピードとお客様からの需要に、本来ブランドを引っ張らないといけないはずの私自身の成長が、全く追いついていなかったのだ。私はずっと、必死になって"maruo"を追いかけていた。

 たくさんの方から商品を求めていただけている一方で、自分自身は全く自分の物作りに満足できていなかった。納期に追われ、「数を合わせる」ことにフォーカスされてしまっていた物作り。私は全くクリエイションできていなかった。それなのに、こんなにも求めてくださる方がいる。こんなにも、私の作ったものを欲してくださる方がいる。ありがたい気持ちがある反面、素直に喜べない自分がいたことも事実だった。現実の目の前の仕事をこなすことに必死で、新しい挑戦をするための余裕もなかった。私の実力と需要との溝は、毎日、毎週、毎月、少しずつ、でも確実に広がっていった。
 その時の日記に書きなぐった言葉が、自分に胸の深く刺さる。

 「もうこれ以上、自分に嘘つけないよ」

 シンプルに、自分の納得のいく物作りを私のペースでしたかった。わがままだと思う。でも、私は自分のものづくりのレベルを上げたかった。世間からのmaruoの評価に、私も追いつきたかった。手にとってくださる方々に、がっかりさせたくなかった。このまま走り続けたらどんどんボロが出てしまいそうだった。

 この状況を、変える必要がある。
 頭の中には、ずっとこのフレーズがこびりついていた。この流れの早い場所から一旦身を引き抜く必要がある。自分自身とブランドをチューニングする必要がある。これからもブランドを継続していきたいからこそ、必要なプロセスだと思った。でもどうしていいかわからなかった。日本にいながら、自分を変える方法がわからなかった。毎日毎日、悶々としていた。

 そしてある日いつものように日記をつけていた時に、一つの決定事項が文章となって現れた。

 パリに行こう。

 優柔不断な私にとって、断定的な言葉が文章となるのはとても珍しいことだ。その日はいつもに増して、ペンがどんどん走った。この一文を書いた時の高揚感。「これだ!」と、一筋の光が見えたようだった。日本にいると、どうしても同じ働き方をしてしまう。同じ時間の使い方をしてしまう。日本から物理的に距離をとることで、じっくりと、ブランドと私自身とに向き合ってみる余裕ができるんじゃないかと思った。

 行き先がパリだった理由は、いたってシンプルだ。ただただ、世界で一番好きな街だったから。ずっと勝手に運命を感じていた。例に漏れず私は、典型的なパリ好きな日本人だ。フランス語を本腰を入れて勉強したい、と言う理由ももちろんあった。でも、私にとって一番大きな理由だったのはやはり、「今あるブランドを壊して、ゼロから作り直す」と言うことだった。

 Re borne(生まれ変わること)

 2018年9月20日。maruoと、そして何より私自身が生まれ変わって作る次のストーリーのために。パリへの片道航空券を握りしめ、私は飛行機へと乗り込んだ。


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