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ARMが席巻する未来〜Snapdragon Xの登場

4月24日、QualcommからWindows PC向けのArmプロセッサ「Snapdragon X Plus」が発表された。昨年発表「Snapdragon X Elite」の下位モデルという位置付けだ。Plusは、4nmプロセスで製造され、最大3.4GHzで駆動するOryon CPUを10コア内蔵する。同社測定によればApple M3より10%高速。また、同じ消費電力下では競合のCore Ultra 7 155Hより37%高速、同じ性能では54%少ない消費電力を達成できる(Geekbench Multi-Thread計測)としている。

2020年、AppleがM1を発表してから、以降販売されるMacやiPadにも搭載され、現行機種は全てArm搭載へと移行された。iPhoneや廉価版iPadにはAチップが搭載されているが、AチップもArmである。M1が登場したことで、Macの性能は一気に上がり、動画編集などで利用する人もMacを使う人が増えた。M1の利点は性能もあるが、バッテリー駆動でも性能が落ちない為、モバイルユースにとっては最適解といえる。これまで性能重視となるとintelを代表とするx86が主流であったが、その性能の為に多くの電力を消費していたことで、モバイルユースには低電力版を搭載し、性能を下げる必要があった。intelも年々製造プロセスが短くなり、消費電力を下げてきてはいるが、構造的な限界はあり、消費電力ではArmには敵わない。x86は電源供給が前提で作られているので仕方がない。圧倒的な性能を追い求めた歴史があるx86ではあるが、一般のユーザーが使用するには、現行の性能は過分だといえる。ブラウジングや簡単な書類作成ならスマホやタブレットでもできてしまう。デスクワークで使う人の為にx86の存在意義はあると思うが、スマホのように電源供給なくフルスペックで駆動し、どこでもネットにつながるデバイスの方が需要がある。そこで満を持して登場となるのが「Snapdragon X Plus」である。

Armとx86には構造的な違いがある為、同じアプリを作るにしても別物になる。M1がいくら高性能であっても、今まで使っていたアプリが動かなければ、買い替えの選択肢にはならない。M1が普及した理由は「Rosetta2」にある。簡単に言えば、x86用に作成されたアプリをリアルタイムにコンパイルしM1で使えるようにするものである。一種のエミュレーターである。「Rosetta2」のできが非常によく、ほとんどのアプリが動いてくれる。これによりアプリを買い替えるコストを必要としないので、買い替える敷居が低くなる。さらに、これはAppleの根回しが上手いといえるが、M1発表前にAdobeやBlackMagicなどに協力を要請し、M1発売に合わせて既存アプリをM1に対応させたのだ。有名アプリがそのまま動くというのはユーザーとしては大きなメリットである。性能が高く、既存アプリが動くM1は一気に世界中に広がった。

同じことを過去にMicrosoftも試みたことがある。2012年に発売された初代SurfaceであるSurfaceRTである。OSメーカーだったMicrosoftがハードウェアも作ったことで話題になったが、結果的には消滅した。Tegra3というArmを搭載し、OSや自社OfficeのArm版を標準インストールした意欲的な製品であったが、互換性のなさが致命的となり、以降はx86搭載のSurface Proにシフトする。今やSurfaceはタブレットPCのスタンダードモデルであることを考えると、Microsoftのコンセプトは間違っていなかったと思える。ただ互換性というユーザーが一番気にする点を解決できなかっただけである。既存ユーザーの取り込みを考えると互換性がいかに重要かが分かる例といえる。

「Snapdragon X Plus」の発表でも互換性のことが注目の的であった。Qualcommも互換性には言及しているが、互換性の問題は残ったままである。DirectX12対応のお陰でゲームはある程度動くと期待できるが、残念ながらAdobeはArm対応について何の発表もしていないので、Qualcommの働きかけが今後も続くと予想される。幸いBlackMagicはDavinci ResolveのArm版を2024年に発表するとしているので、これまで課題であったクリエイター系アプリの対応が徐々に進んでいるのは喜ばしいことである。日本語環境だけの特有の問題だが、32bitのx86版しかないIMEのATOKが、64bitのArmとx64エミュレーションでは使えないという課題が残っている。OS標準のMS-IMEを使う場合には問題ないので、一部のユーザーだけであるが根強いATOKユーザーがいる日本では無視できない。発売元のジャストシステムは対応する意思を見せないのが日本語環境では大きな問題で、ジャストシステムなりMicrosoftなりの努力で改善することに期待したい。

「Snapdragon X Plus」は5G通信用チップを内蔵しているので、モバイルネットワーク環境をPCに提供できるのは、M1のように別途通信用チップを用意しなくてもいいのは生産コストを下げる意味でも大きなメリットである。性能もM1の次に位置するM2並というベンチマークも出始めている。製品が出て実際に検証する必要はあるが、今までのArm版PCの中では一番期待ができるのではないだろうか。

開発者には苦労をお掛けするが、ユーザーとしてはArmが主流になるとこでプラットフォーム依存の現状を変えられるのではないかと期待してしまう。Windows、MacOS、Linux、Android、iOS、iPadOSなど多くのプラットフォームが鎬を削る現在では、使いたいアプリや機能に合わせて、プラットフォームを選び、それに合わせてデバイスを用意することが多くある。デバイスの2台持ち、3台持ちが当たり前で使い分ける為に持ち歩くのも大変である。もちろん、プラットフォームの違いはハードウェアだけが原因ではないのは十分に理解しているが、ハードウェアが共通になればソースコードの違いは格段に少なくなり、デバイスの共通化が容易になるはずである。AppleがMacOSとiOSを分けていたのもx86とArmの違いに合わせてのことである。AppleとしてはMacとiphone、iPadの棲み分けをしてシェアを重ならないようにしたいようなので意図的に共通化しないとは思うが、技術面ではMacもiPadもM1やM2になっているので、OS側の調整は以前の比にならない程容易である。性能向上が鈍化し、一定の性能を持つようになった現在では、性能合戦ではなく、ユーザーの需要に合わせた利便性重視の開発を望みたい。今回の「Snapdragon X Plus」はPCのArm移行を推し進める起爆剤になるはずである。2024年はArm版PCが多く発表される予定である。今後の発表を心待ちにしたいと思う。

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