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「漂流」上演台本

HitoYasuMi vol.8「漂流」 作/大村仁望

〈登場人物〉

真由美(27)…誠一の妻。ソーシャルワーカーの仕事をしている。
誠一 (29)…真由美の夫。真由美と新婚旅行でグアムに来ていた。
龍司 (40)…島の住民。リーダー格。
燕玲 (33)…島の住民。通称「レイコ」。
波瑠 (30)…島の住民。通称「教祖」。
満  (25)…洞窟に住む聾唖の青年。
史郎 (35)…波瑠の夫。船の操縦ができる。   


〈開場中〉
さざ波の音が聞こえている。

○開演
段々とSOS発信の音声が聞こえてくる。
豪雨の音が聞こえ、暗転していく。

○1・オープニング「漂着」
落雷、豪雨が聞こえる。
ずぶ濡れで浜に打ち上げられてる真由美。
意識が戻り、辺りを見渡す。重い体を引きずり立ち上がろうとするがうまく立てない。

真由美「…ぃちゃん。セイちゃん!セイちゃん!セイちゃーーーん!」

誠一の姿を探し辺りを見回す。下手奥よりビーチボールが転がり込む。
手に取る真由美。照明変化。

○2・浜辺「新婚旅行」

誠一入り。

誠一 「どうしたの、びしょびしょじゃん!」

真由美「なんであんな遠くに投げるの」

誠一 「風で飛んでったんだよ」

誠一、真由美をタオルで軽くふいてあげる

真由美「もう〜」

誠一 「ほらこっち向いて」

真由美「…ちょっと、これさっき足ふいてたやつじゃん」

誠一 「あれ?そうだっけ」

真由美「ばかやろー!」

真由美、誠一の顔面にタオルを押し付ける。
二人爆笑。

真由美「もー寒い」

誠一 「部屋戻ろっか宮本さん」

真由美「あのさ」

誠一 「え?」

真由美「いい加減、宮本さんはやめようよ。てか、もう宮本じゃないし」

誠一 「でも…」

真由美「この旅行中に『真由美』を定着させて」

誠一 「マジで?」

真由美「まじだよ」

誠一 「だってなんかさ、照れるって言うか」

真由美「今更恥ずかしいことなんか何もないでしょ」

誠一 「…真由美」

真由美「え?」

誠一 「真由美…」

真由美「練習してるだけ?」

誠一 「真由美」

真由美「…」

誠一 「結婚」

真由美「え?」

誠一 「結婚。…してくれて。ありがとう…」

真由美「は?…なに、急に」

誠一 「しんどい。…もう言わない」

真由美「なんでよ。毎日言ってもいいんだぞ」

誠一 「いやだ」

真由美「何でよ」

夕日が赤く染まる。

誠一 「…あ」

真由美「?」

誠一 「…日が落ちてきた」

真由美「カメラカメラ」

誠一 「いいよ。これから1週間見れるんだから」

真由美「そっか」

誠一 「入り江になってるのが惜しいな」

真由美「そう?」

誠一 「…もっとこう視界の開けたバーンって言う海を見に行きたいんだよね」

真由美「ここで十分だけど」

誠一 「…実はさ、行ってみたい島があるんだ」

真由美「え?」

誠一 「ちょっと遠いんだけど…サイパンの、もっと上の」

真由美「パガン島?」

誠一 「…なんでわかったの?」

真由美「セイちゃん前に言ってたじゃん。日本兵だったおじいちゃんが過ごした島に、一度でいいから行ってみたいって」

誠一 「よく覚えてたね」

ゆっくり照明が変化していく。

波の音。真由美の回想となっていく。

真由美「行こうよ」

誠一 「いいの?」

真由美「せっかくグアムまできたんだもん。ここからでもチャーター便を手配すれば行けるって」

誠一 「調べてたの?」

真由美「ちょっとだけね。遠いとは思うけど」

誠一 「…じいちゃんがしょっちゅう話してたんだ。当時は日本人の小さな村があって、学校なんかもあったって。今はどうなってるんだろうって」

真由美「…どこでチャーターできるか受付に聞きに行こうよ」

誠一 「うん、じゃあ行こっか」

真由美「セイちゃん…」

誠一 「ほら早く!…真由美!」

誠一、ハケ。 
真由美、誠一が去った姿を見つめ

真由美「セイちゃん…。セイちゃん…!」

突如、野鳥の鳴き声が聞こえる。
一人、島の中をぐるぐる彷徨う真由美。
徐々に暗くなっていく。   

真由美「誰か、誰かいませんか!」

ひたすら歩き回って疲れはてる。夜。

○3・浜辺「アスンシオン島」

月明かりが真由美に当たっている。
燕玲、入り。顔はよく見えない。

燕玲 「…」

燕玲、真由美の元へしゃがみこむ。

燕玲 「哎」

真由美「…」

燕玲 「你是哪国人?」

真由美「…?」

真由美、少し体を起こす。

燕玲 「中国人?」

真由美「…」

燕玲 「…日本人?」

真由美「…え?」

燕玲 「大丈夫?」

真由美、怯えている。
燕玲、水を渡す。真由美勢いよく飲むが、むせる。
真由美に上着をかけてあげる燕玲。

燕玲 「体が冷えてる。こっちへ」

燕玲、立ち上がって。

真由美「…あなたは?」

燕玲 「この島の住人」

真由美「…」

暗転。

◯広場

焚き火の音。夜。波瑠板付。お祈りをしている。

波瑠 「サンライズ!」

光を求めて

波瑠 「ムーンライト!」

火の様子を伺い、鍋を火にかけ混ぜ合わせる。
ジャリジャリと貝殻がこすれるような音がする。
味見をするが怪訝な顔になる。風上を探し、鍋を向ける。

波瑠 「潮風。小さじ三杯」

混ぜて味見をするが、まだ気に入らない様子。

波瑠 「(怒って)オーシャン!」

燕玲 「何?」

燕玲、真由美を連れて入ってくる。

燕玲 「何事?」

波瑠 「いや、味をちょっと」

燕玲 「臭っ。雑巾汁振り絞ったみたいな臭いする」

波瑠 「潮風入れすぎちゃったかな…」

燕玲 「え?」

波瑠 「いや」

燕玲 「龍司は」

波瑠 「ヤギを締めてくるって」

燕玲 「ああそう」

波瑠 「こちら…」

燕玲 「浜辺にいた」

うやうやしく頭を下げる波瑠。真由美を火のそばまで連れてくる燕玲。

波瑠 「ようこそ、デスアイランドへ」

燕玲 「やめなさい。それは?」

波瑠 「龍司さんの貝汁。そろそろ頃合いかな」

波瑠、味見する。

真由美「あの…ここは…?」

燕玲 「アスンシオン島。北マリアナ諸島の端っこ」

波瑠 「オエッ。うまい」

燕玲 「どっちよ」

燕玲、味見する。

燕玲 「オエッ。いける」

波瑠 「でしょ!」

真由美「…沖に流されて。急な嵐で。波が高くて…転覆するって…。救命ボートを下ろして、夫が私を抱えて船から飛び降りたんです。でも私はボートにしがみついていられなくて…」

燕玲 「投げ出されたんだ…」

真由美「セイちゃん…セイちゃん」

燕玲 「落ち着いて」

取り乱す真由美。真由美をなだめる二人。

燕玲 「あなたが無事でよかった」

波瑠 「あったまるよ」

波瑠、真由美に貝汁をあげる。食べる気にならない真由美。

波瑠 「なんでもいいから食べた方がいい」

真由美「…」

真由美、貝汁をすする。勢いよく食べ始める。

波瑠 「よかった」

燕玲 「あんたが作ったわけじゃないでしょ」

波瑠 「味を整えたのは私」

真由美「…あの」

波瑠 「何?」

真由美「あなた達は」

燕玲、波瑠顔を見合す。

燕玲 「半年くらい前からここにいる」

真由美「どこから来たんですか…」

波瑠 「オキナワ」

真由美「…え?」

燕玲 「仕事で。船が壊れてからずっとここにいる」

真由美「遭難したってこと…?」

燕玲 「そう。でもまさか日本人が流れてくるなんてね」

真由美「…」

燕玲 「この島は電気も水道も真水もない。自給自足の島なの。何年か前に近くの海底火山が噴火して、避難勧告が出された。元々住んでた人はサイパンに移住。今住んでるのは、私とこの人の他に男が一人」

真由美「じゃあ、たった三人…」

燕玲 「先に言っておくけど。救助なんか来ないよ」

真由美「え…?」

燕玲 「この島は珊瑚に囲まれていて船は近づけない。飛行機はたまに見えるけど、高度一万メートル先からじゃ私たちなんて見えないからね。おまけにいつ火山が噴火するかわからない立ち入り禁止区域なの」

真由美「…」

燕玲 「私はここに来て三日で腹くくった」

奥からガサガサと音がする。
怯える真由美。燕玲慌てて食べかけの貝汁を鍋に戻し立ち上がる。

真由美「?」

波瑠 「大丈夫」

奥から、ヤギの血が染みた袋を担いで龍司が入ってくる。
袋からはノコギリなどが覗く。

龍司 「ヤギ捌いて来た」

燕玲 「ご苦労様」

波瑠 「…では、私はこれにて」

波瑠ハケ。

真由美「…え」

波瑠を追おうとする。

龍司 「子供じゃねえか」

燕玲 「おかえり」

龍司 「…くせえな」

龍司、貝汁を覗く。

龍司 「何か入れたのか」

燕玲 「私は何も。教祖が面倒見てたけど」

龍司 「…お前先に食べたのか?」

燕玲 「いや。彼女には食べさせたよ」

龍司、燕玲の口の匂いを嗅ぐ。

龍司 「オエッ!お前食べたな」

燕玲 「食べてない!」

龍司 「なあ、こいつ食べてただろ」

燕玲 「食べてないよねえ」

真由美「食べて…なかった?かな?」

龍司 「絶対食べてるだろ」

燕玲 「いいじゃないのよ!私が拾ってきた貝でもあるんだから!」

龍司 「ルール違反だ。飯は二人揃って食べる」

燕玲 「ごめんて…」

龍司、真由美に近づく。真由美怯えている。

龍司 「龍司だ」   

真由美「…あ…」

燕玲 「やめなさいよ。怖がってるでしょ。こっちおいで」

真由美を龍司から遠ざける燕玲。

燕玲 「私はレイコ。さっきの人は『教祖』」

真由美「教祖?」

燕玲 「いつも何かにお祈りしてるから」

龍司 「あいつは病気だ」

燕玲 「彼女はね、山を登ったところで暮らしてるの」

真由美「皆さんは一緒に住んでるわけじゃ…」

燕玲 「いいや」

龍司 「住む場所は別々だ。住人は少ないがこの島にはルールがある。食料、資源は全員のもの。独り占めは無し。基本的にもらったら返す。物々交換だ。困ったことがあれば助けるが干渉はしない。それぞれ好きな場所に住む。あんたもねぐらをどうにかしないとな」

燕玲 「山の方がいいんじゃない?教祖が詳しいから案内してもらったら」

龍司 「見つかるまではここにいてもいい」

真由美「あの、私グアムから来たんです。戻れる方法はないでしょうか」

燕玲 「…ずいぶん長旅だったね」

真由美「パガン島を目指しながら島巡りをしていて、でも途中で嵐に会ったんです」

龍司 「この島から出ることは不可能だ」

真由美「え?」

燕玲 「隣の島まで40キロ以上ある。有人島はさらにその先。サイパンと小笠原諸島のちょうど真ん中なの。どちらも500キロは先」

真由美「え…?」

燕玲 「どんな船に乗ってきたのか知らないけど、随分流されたのね」

龍司 「まずは衣食住の確保をすることだな。出て行きたいのはわかるが、ここでまず死なない方法を見つけるのが優先だ」

真由美「…」

龍司 「貝汁だけじゃ足りないだろ。燻製持ってきてやるよ」

真由美「燻製」

燕玲 「この島では昔の人が持ち込んだヤギや豚が野生化して繁殖してるの」

自分のそばにあるヤギの入った袋を見てギョッとする真由美。
ヤギを持ってはける龍司。

燕玲 「お酒は飲める?」

真由美「少しなら」

燕玲 「ヤシ酒があるの。持って来てあげる」

一人になる真由美。火のそばへ。

◯誠一、真由美、広場「再会」

照明変化。夜、深夜、朝になり。
龍司入り。後ろを振り返り

龍司 「おい」

クタクタになった誠一が龍司に呼ばれ入ってくる。

誠一 「真由美!!!」

真由美「…セイちゃん!!!」

抱き合う二人。龍司ハケ。

誠一 「大丈夫だった?」

真由美「うん。セイちゃん…もう会えないかと思った。無事でよかった…」

誠一 「真由美も無事でよかった」

真由美「うん」

誠一 「怪我してない?」

真由美「大丈夫。セイちゃんは?」

誠一 「ちょっと擦りむいたくらい。大丈夫」

真由美「怖かった。セイちゃんどこにいたの」

誠一 「岩場で気を失ってたところを龍司さんが助けてくれたんだ」

真由美「ずっと探してたんだよ」

誠一 「真由美はどこにいたの」

真由美「浜辺で目を覚まして…。ずっと森の中でセイちゃん探してたんだよ。でも見つからなくて」

誠一 「ごめん」

真由美「ううん…」

誠一 「どれぐらい流されたんだろう」

真由美「隣の島まで何十キロもあるって…」

誠一 「そうなんだ…」

真由美「…助け、来るよね」

誠一 「…船から遭難信号を出してた。ツアー会社も今頃捜索願いを出してるはず」

真由美「そうだよね」

誠一 「そのうち救助ヘリが来るよ」

真由美「だよね」

誠一 「大丈夫」

真由美「うん」

誠一 「絶対帰ろう」

真由美「うん」

誠一 「真由美」

真由美「?」

誠一 「無事でいてくれてありがとう」

真由美「…」

抱き合う二人。照明変化

◯広場の夜「住民たち」

酒宴の後。
 龍司、焚き火の明かりの中ナイフを研いでいる。
近くで燕玲は酒を飲み、波瑠は少し離れた場所に座っている。
誠一と真由美は並んで座っている。

誠一 「珍しい形のナイフですね」

龍司 「これか?二十代の頃に中国に骨董品を買い付けに行ったときにな、あれは四川省だったかな…騎馬民族に会ったんだ。あいつら未だにこんな長い剣を持っててな。二週間一緒に過ごしたんだ。それで、帰る時友情の証だってくれたんだよ」

誠一 「そうだったんですか…。骨董品って…」

燕玲 「私たち輸入雑貨の仕事してたの」

誠一 「船で来られたんですよね」

燕玲 「うん、でもエンジンが故障しちゃって」

真由美「みなさんはこれからもずっとここで暮らしていくんですか?」

燕玲 「帰りたくても帰れないからね」

龍司 「レイコ、酒」

 酒を取りに行く燕玲。

誠一 「お二人はご夫婦なんですか?」

燕玲 「ううん。結婚はしてないよ。でももう長いこと一緒にいる」

燕玲、ハケ

真由美「ずっと沖縄に住んでたんですか?」

龍司 「いろんなところを転々としてな。沖縄を経由してここに。二人は?」

誠一 「東京に住んでます」

波瑠 「へぇ東京に住んでたんだ。ま、でもここ、気に入ると思うよ。…はい、プルメリア」

波瑠、プルメリアの花を真由美にあげる。

真由美「かわいい」

波瑠 「結婚してるの?」

真由美「…はい」

誠一 「こないだ式を挙げたばかりなんです」

波瑠 「それはおめでとう。では左耳に」

波瑠 「花嫁はプルメリアを左耳の上につけるの。独身の子は右耳」

真由美「指輪みたい」

波瑠 「そんな感じ」

真由美「じゃあ、教祖も結婚してるんですね」

波瑠 「うん、してるよ。旦那は死んじゃったけどね」

龍司下前にハケ。

去る龍司を見る波瑠。沈黙。

間。

上手前にゆっくり歩く波瑠。真由美、誠一そんな波瑠を見ながら立ち上がる。

波瑠 「じゃあ、新居の場所を決めちゃいましょうか」

誠一 「お願いします!」

照明変化

◯ジャングル「住まい探し」

波瑠 「こっちこっち」

何もない場所を見せられる。

真由美「ええと」

波瑠 「日当たり良好。近所のヤシの木まで徒歩3分。なかなかの立地だと思いますがいかがでしょう?水はけも、うん。良さそう」

真由美「近所のヤシの木…」

誠一 「木登りできないから、手の届く場所に食べ物があると嬉しいんだけど」

波瑠 「確かに!その足じゃね。タロ芋が育ってるところの物件も見てみましょうか。ちょっと虫が多いんだけど」

波瑠、カバンから謎の薬を取り出し、二人に塗る

波瑠 「はいこれ、自家製の虫除け」

真由美「臭!」

誠一 「腐った雑巾みたいな臭いがする」

真由美「ウェ…」

波瑠 「すごいんだからこれ。完全に蚊を寄せ付けない。魚も逃げていくから海に漁をしにいく時はつけたらダメね」

真由美「何でできてるんですか」

波瑠 「薬草とヤギの糞。あと蟻の巣」

真由美「へ!?」

歩き出す波瑠。後に続く二人。

真由美、フラフラしてくる。

誠一 「真由美?大丈夫?」

波瑠 「あら。薬草が合わなかったかしら」

誠一 「多分、うんこを身につけてる事がショックなんじゃないかな?」

真由美「セイちゃん、私ちょっと無理かも」

気分が悪くなり、誠一にもたれかかる真由美。

誠一 「ちょ、真由美、俺ケガしてるからあんまり寄りかからないで」

真由美「バカ!」

波瑠 「ラブラブでいいわねえ」

真由美「もう!…クッサ…」

波瑠 「こっちこっち」

と、橋を渡る。変な動き。

誠一 「それはやらないといけないんですか」

波瑠 「それやらないと危ないから。やってやって」

波瑠の真似をしながら橋を渡る二人。

波瑠「首が硬いわよ。もっとしなやかに。真由美はいい感じ」

一行はまた別の場所へ。

波瑠 「こちらはいかがです?見晴らし抜群。晴れた日は富士山も見えますよと言いたいところですが、水平線が果てしなく見えます。近所のタロ芋畑まで徒歩五分。行き帰りに朝露を集めるにもちょうどいい距離ですね。言わば、成城石井の前にスタバがあるようなものです」

誠一 「わあ、景色いいな」

真由美「確かに虫の気配が…」

波瑠 「火を焚いていれば大丈夫」

真由美「そっか」

誠一 「…タロ芋畑にもう少し近くていい物件はないかな?」

波瑠 「…」

誠一 「?」

波瑠 「あんまりお出ししてない物件なんですが…。タロ芋畑まで徒歩一分。バナナとマンゴーの林まで徒歩五分の物件がございます。言わば、この島のイオンモール」

誠一 「え?最初にそこを教えてよ〜」

波瑠 「ただ…」

誠一 「ただ?」

波瑠 「そちら事故物件になります」

誠一 「…え?」

波瑠 「なのでお家賃は0円です」

誠一 「待って、色々気になるけど、今までの場所は賃料が発生するの?」

波瑠 「賃料はどこも頂きません。この島はみんなのものですから。あ、仲介手数料だけは頂きますよ。そうね、何か食べ物がいいな。マンゴーとかマンゴーとかマンゴーとかお願いします」

誠一 「わかりました。マンゴーはなんとかします。で、事故物件と言うのは」

波瑠 「出るんですよ」

誠一 「もしかして日本兵が出る、とか」

波瑠 「いいえ。そんなもの信じる人もいれば信じない人もいるし。ただ、私は見た事がないんだけどね。もし見つけたらどんなもんか教えて欲しいなーみたいな」

真由美「事故物件はやだな」

誠一 「他になんか洞窟みたいなとことかないんですか」

波瑠 「ありますよ。ちょっと行ってみましょうか」

誠一 「はい」

下手、幕裏に入りながら説明。

波瑠 「日当たりは悪いけど雨風しのげる岩造り。起きたらすぐ海、新鮮魚介も食べ放題。いわばこの島の築地市場。もう移転したのかな」

誠一 「まだ途中です」

波瑠 「あ、まだなんだ…。で、こちら洞窟の入り口です」

誠一 「へえ」

波瑠 「入り口の天井低いから気をつけてね」

龍司、入り。

龍司 「何やってんだ」

波瑠 「洞窟の物件を紹介しようと」

龍司 「こんなとこに住めるわけねえだろ」

波瑠 「では私はこれにて」

真由美「え」

波瑠 「お祈りの時間なので帰ります」

波瑠、ハケ。

真由美「…やっぱさっきの虫のとこにしようよ」

誠一 「そうする?」

龍司 「腹減ってるだろ」

誠一 「はい」

龍司 「飯にするか」

誠一 「はい」

龍司 「行くぞ」

誠一 「ちょっとだけ見てもいいですか(洞窟)」

龍司 「おい」

誠一、立ち止まる。

龍司 「行くぞ」

真由美「セイちゃん(行こう)」

龍司、真由美、誠一ハケ

◯広場「温泉」

燕玲入り。食事の支度をしている。
誠一、真由美、蛇を持って入り。

誠一 「う、うう」

真由美「戻りました」

燕玲 「おかえり」

誠一 「これ、一匹だけなんですけど」

誠一、蛇を差し出す。

燕玲 「ジムグリ?」

誠一 「お土産です」

燕玲 「立派だね、ありがとう」

誠一 「龍司さんが一緒に捕まえてくれたんです」

龍司 「ビビりすぎなんだよ」

燕玲 「教祖は?」

真由美「お祈りの時間だって帰りました」

燕玲 「ああそう。真由美、蛇は捌いたことはある?」

真由美「ないですよ!」

燕玲 「あ、そうなの」

真由美「普通ないです」

燕玲 「皮はいで頭とワタ取るだけ。教えてあげるよ。こっちに来て」

真由美「ええっ…」

誠一 「僕にも教えてもらえますか?」

燕玲 「いいけど、なんかあんたすごい汚れてるね」

誠一 「そいつを捕まえようとした時に滑って」

真由美「無理するから」

龍司 「誠一、お前は先に風呂だな」

誠一 「…風呂?」

龍司 「ずっと入ってないだろ。泥もついてる」

燕玲 「ああいいね。二人で入って来たら?」

龍司 「そうだな」

真由美「お風呂があるんですか?」

燕玲 「小さいけど、天然温泉が湧いてるの」

真由美「え!?むしろ私が入りたい…」

燕玲 「後で一緒に入ろう。一番風呂は男性陣に譲って。どうせ蛇捌いたら汚れるし。こっち来て」

真由美「えええ…!」

燕玲、真由美、ハケる。

龍司 「こっちだ」

龍司、誠一を連れていく。

龍司 「この島は、湧き水が出ないのが難点なんだ。飲み水は朝露を集めるか、海水を蒸留させるしかない。ただ温泉が出る。しょっぱくて飲めたもんじゃないが、浸かるには丁度いい」

奥の幕の前までやって来る。

龍司 「そこが脱衣所。…狭いから先に入れ」

誠一 「はい」

誠一、幕の裏へ。

誠一 「まさに、秘湯…ですね」

龍司 「そうだな」

誠一 「あの、さすがにシャンプーみたいなものはないですよね」

龍司 「お前ここどこだと思ってるんだよ」

誠一 「いや、結構快適に暮らしてるみたいだから、そういうのもあったりするのかなって」

龍司 「ねえよ」

誠一 「っすよね…」

誠一、葉っぱで前を隠して出て来る。

龍司 「なんだよその葉っぱは」

誠一 「タオルみたいなものってないですよね」

龍司 「ねえよ」

誠一 「っすよね…」

誠一、湯に浸かる。龍司は脱衣所へ。

誠一 「うおおお」

龍司 「なんだようるせえやつだな」

誠一 「すいません、傷に沁みて」

龍司 「大丈夫か…?」

誠一 「あい…」

鳥の声などが聞こえる。誠一、だんだん痛みが取れて来る。
龍司、湯に浸かる。
背中には大きく龍が彫られている。

誠一 「!」

龍司 「どうした?」

誠一 「…なんでもないっす」

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