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町と人と企業がつながる。美波町の化学変化を加速させる、触媒としての『ミナミマリンラボ』(前半)

徳島市内から車で1時間ちょっと。人口約7,000人、高齢化率45%を超える美波町には、多くのサテライトオフィスが集まり、地方創生の成功モデルのひとつ「美波モデル」として注目を浴びています。

そんな美波町に、2018年2月、コワーキングスペース「ミナミマリンラボ」が完成しました。

小さな海辺の町に、ミナミマリンラボはなぜできたのか?これから美波町で何が起ころうとしているのか? 美波町やそこに住まう人にとって、どんな意味を持つのか?

地方創生の最前線だからこそ見えてきた、新しい課題と可能性を、ミナミマリンラボに関わる4人の話から紐解きます。

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<プロフィール>

鍜治 淳也 さん:美波町役場 政策推進課 主査

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美波町生まれ。阿南工業高等専門学校土木工学科卒業後、一部上場の中堅ゼネコンを経て、日和佐町役場(現美波町役場)に入庁。美波町地方創生総合戦略の柱であるサテライトオフィス・ベンチャー企業の誘致・育成を担当。ミナミマリンラボの設立に携わる。

吉田 基晴 さん:株式会社あわえ 代表取締役、サイファー・テック株式会社 代表取締役

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美波町生まれ。2003年、ITセキュリティを手がけるサイファー・テック株式会社を設立。2012年に美波町にサテライトオフィスを開設し、趣味や暮らしと仕事の両立を目指す「半X半IT」を提唱し、新たな働き方、暮らし方の創出に挑戦。地方と都市の課題を解決し、地方自治体に様々な地方創生ソリューションを提供する株式会社あわえを同町に設立。ベンチャー誘致等を通じて同町の社会人口増にも貢献。2016年に美波町に移住。美波町参与。

船田 悟史さん:株式会社イーツリーズ・ジャパン 代表取締役

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1975年1月生まれ。東京工業大学大学院在学中に、友人とともに株式会社イーツリーズ・ジャパンの設立に参画。インターネット通信を行う機器開発を中心に、サーバ機器・組み込み機器の研究・製品開発に従事。2008年、代表取締役に就任。2017年に美波町にサテライトオフィスを設立し、美波町で開催されるトレイルランの大会でのランナーの位置測定システムなどを開発。

高井 淳一郎:株式会社ヒトカラメディア 代表取締役

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岐阜出身。名古屋工業大学建築・デザイン工学科卒業。「働く」と「暮らす」の選択肢を増やすことが豊かさにつながるという信条のもと、2013年、株式会社ヒトカラメディアを設立。2015年に美波町の循環型サテライトオフィスに参画。2018年、コワーキングスペース「ミナミマリンラボ」の内装をプロデュース。

<ミナミマリンラボとは>

ミナミマリンラボは、美波町に2018年2月にオープンしたコワーキングスペースです。サテライトオフィス企業や町民、大学、地元産業従事者がオープンイノベーションを創出する拠点として、サテライトオフィス企業の持つIoTなどのテクノロジーで、地域や地元産業の抱える課題を解決する「メイドイン・ミナミ」のサービスを生み出すためのプラットフォーム作りを目指しています。

ミナミマリンラボFacebookページ:https://www.facebook.com/minamimarinelab/

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ー 本日は、ミナミマリンラボにお集まりいただきありがとうございます。

鍜治さん:高井さん、潮騒を聴きながら仕事するなんて、普段ないでしょ?

高井:ないですね。潮の音を聴きながらのインタビューも、僕は初めてです。

船田さん:すぐ隣が砂浜ですからね〜。音と匂いと香りと眺めで、五感がこれでもかってぐらい刺激されますよ。

吉田さん:美波町で生まれて育った僕ですら、初めてミナミマリンラボで仕事した日、違和感しか感じなかったもんね(笑)

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ミナミマリンラボの前に広がるウミガメの産卵で有名な大浜海岸


2014年に社会人口増を実現!6年前に感じたサテライトオフィスの可能性

ー ミナミマリンラボのお話に入る前に、美波町で企業誘致を担当されている鍜治さんと、サテライトオフィス進出1社目であり、現在は全国で地方創生を仕掛けている吉田さんに、美波町のサテライトオフィス史をお伺いします。

鍜治さん:2011年になりますが、徳島県がブロードバンド環境を生かした取り組みのひとつとして、美波町でサテライトオフィスの実証実験をおこなったんです。その視察に、東京から吉田さんが参加されていて、吉田さんの会社、サイファー・テックさんが美波町にサテライトオフィスを開設してくれたのが始まりです。

吉田さん:始まりというか、僕の会社がたまたま1社目だっただけです(笑)。東京でIT会社をやっていましたが、たくさんある会社の中で自分の会社が埋もれてしまってるなぁって感じてたんです。そこに、自分が生まれ育った美波町で、遊休不動産を活用したサテライトオフィスを持てるかも?っていう話を聞きつけて、すぐに視察に参加しました。田舎での暮らしに憧れる人が採用できるかも、と思い切ってオフィスを持ってみたら、仕事の合間にサーフィンや農業をやりたいという人が入社してくれるようになりました。

鍜治さん:6年前、田舎にオフィスを持つ会社はほとんどなかったので、新聞や雑誌などのメディアにサイファー・テックさんのオフィスを取り上げてもらいました。私たち役場の人間も、前例がない中でやっていたので、正直、想定以上の反響に驚くばかり(笑)。美波町に移住して、サーフィンや釣りを楽しみながら、町の活動にも楽しそうに参加してくれるサイファー・テックの社員さんの姿を見て初めて、サテライトオフィスには可能性があると確信が持てました。

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ー そして、2014年には、美波町で初めて転入超過により社会人口が増えました。これって、何が起こったんでしょうか?

鍜治さん:後から振り返ってみると、その年にサテライトオフィス関連の移住者が増えたのが要因のひとつではあるかな。2012年と2013年、町では企業誘致体制強化や情報発信にかなり力を入れましたし、2013年に吉田さんが株式会社あわえを設立して、町と一緒に企業誘致を進めてくれた結果、2014年は進出企業が9社も増えました。

吉田さん:僕の会社もそうですが、本社を美波町に移す会社さんも出てきて、2013年から2014年に、家族で美波町に移り住んだ人たちが集中しました。

高井:この社会人口増は、美波町の歴史的快挙ですよね。狙ってもなかなかできないことだし。

鍜治さん:そうですね。地方は、大学進学や就職を機に徳島市や都会に行っちゃう若者が多いので、なかなか難しいと思います。


手っ取り早さとチャンスの多さがポイント。美波町にサテライトオフィス企業が集まるワケ

ー 一時的な流行りで終わらず、今では進出企業数は徳島県でもトップの17社。美波町にサテライトオフィスが集まる理由はなんだと思いますか?

鍜治さん:僕は、いいサイクルがすでに美波町にあるからだと思います。新しいことにチャレンジしたい人や企業が美波町に集まってきてくれて、実際に新しい取り組みが生まれて、しかも地域の課題を解決して。そして、また注目してもらえて。

高井:「メイドイン・ミナミ」が生み出されるサイクルですね。

船田さん:そのサイクルの存在は大きいですね。僕は2017年にオフィスを開設しましたが、美波町には、僕たちのような進出企業を温かく受け入れてくれる土壌があるんです。言葉を選ばずに言うと、すごく手っ取り早い。

吉田さん:手っ取り早さは美波町の特徴ですね。地方への進出って、最初の一手がすごくわかりにくいんですよね。そこがわからず右往左往していたら、ベンチャーや経営者にとってはスピードが遅すぎて事業として成り立たなくなっちゃう。でも、美波町って、鍜治さんや先輩企業、地元のおっちゃんたちに受け入れ態勢があるおかげで、最初の取っ掛かりが早いんです。

高井:確かに、美波町でサテライトオフィスを持つのも、お祭りなどに参加するのも、案件を受けるのも、最初の一手に迷うことはなかったですね(笑)。

鍜治さん:この土壌ができたのは、初期のサテライトオフィス企業の方々が町民の方に信頼してもらえたのが大きい。地元の課題に取り組んで、地元の役に立ってきた実績と、祭りなどを通してのコミュニケーションなしには、実現しなかったと思います。

吉田さん:そうですね。コミュニケーションは中でも一番大事。サイファー・テックとあわえで、入社をきっかけに美波町に移住してきた人って今まで30人以上いると思うのですが、自分の趣味をただ楽しむだけじゃなくて、消防団とか集落の清掃作業とか、地域の活動に積極的に参加してくれています。

鍜治さん:地元の方にとって、若者が増えるってやはりなんだかんだ嬉しい(笑)。秋祭りや地元阿波おどりも、一人増えるだけですごく助かるし、町に活気が出ます。

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秋祭りに参加するヒトカラメディアの高井とメンバー

船田さん:そうですね。さらに、美波町にはチャレンジできるチャンスが目の前にゴロゴロ転がっています。小さなIT企業にとっては天国(笑)。僕も、新しいことをやりたくて美波町に来ていますからね。世の中すごい勢いで進歩しているので、それを追い越すくらいの勢いで新しいことやっていかないと、と思っています。

高井:しかも、先輩企業さんのおかげで、すでに色んな自治体さんや企業さんが美波町に興味を持ってくれている状態なので、外へのアピールもしやすいですよね。

船田さん:そう。色んな人が町外から集まって来るんですよね。ミナミマリンラボや飲みの場でどんどん色んな人と繋がります。この前も飲み会の場で繋がった方がきっかけで、熊本県でマラソン大会運営支援システムの実証実験をしてきました。「ショーケース」としてのこの威力は凄いなと感じています。


IoTを活用した減災や神社のリブランディング、教育まで。幅広い地域との取り組み

ー 美波町にただ人が集まってワイワイやっている、というわけではなく、進出企業が、地元の方を巻き込んで地元の課題に取り組んでいるのが、美波町が「美波モデル」と言われる所以だと思います。具体的な取り組みを教えていただけますか?

鍜治さん:あわえさんは「美波クリエイターズスクール」で、地域に存在する資源や課題を探し出し、ビジネス視点で自ら解決方法を考え形にする人材を育成して、ダイレクトに美波町を盛り上げてくれています。また、デザイン会社さんは、美波町や徳島県の特産品のリブランディングやロゴ、ポスターなどのデザインを積極的に受けてくださっています。去年、日和佐八幡神社のホームページを奉納した会社さんもいらっしゃいます。

また、IoTやデータ通信を得意とする株式会社Skeedさんを中心としたサテライトオフィス企業、徳島文理大学、徳島大学などと一緒に取り組んでいる「“止まらない通信網”を活用した命をつなぐ減災推進事業」では、美波町の大きな課題である、地震や津波等の大規模災害へのリスク低減策として開発が進んでいます。

吉田さん:このプロジェクトは総務省からの事業採択を受けて進めています。南海トラフ地震のことを考えると、津波による災害リスクと向き合うことは避けて通れない。

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IoT活用減災プロジェクト”止まらない通信網”の実証避難訓練の様子

鍜治さん:船田さんは、サテライトオフィス開設から1年経たずして、トレイルランの測定システムを開発されています。これも美波町ならではの取り組みですよね。

船田さん:そうですね。2018年1月の千羽海崖トレイルランニングの大会で、ランナーの位置やタイムを測定するシステムを開発しました。大人数のボランティアスタッフを必要とするなど、こうした大会の運営ってすごく大変なので、まだまだやれることは多いと思っています。

高井:2021年に、美波町でトライアスロンの国際大会もありますしね。

船田さん:その時もお役に立てると嬉しいですね。他にも、社員の一人が、地元の猟師さんと一緒に、檻にイノシシやシカなどの動物がかかったかどうかを現場に行かなくてもわかるようなサービスの開発に取り組んでいます。

高井:船田さんは、美波町で住民の方と顔を合わせて交流されていて、そこでとらえた本質的な課題解決に取り組んでいらっしゃってすごいなぁって思います。スピードも早い。

僕の会社、ヒトカラメディアは、デュアルスクールという取り組みにチャレンジをさせてもらっています。東京に住む当社メンバーの息子さんが、初のデュアルスクール生として参加させてもらいました。

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デュアルスクールで日和佐小学校に通うヒトカラメディアのメンバーの息子さん

吉田さん:デュアルスクールがきっかけとなって、昨年、ヒトカラメディアさんのサテライトオフィスのある戎町地区の子供神輿が20年振りに復活しました。祭りの責任者が、デュアルスクール生が隣地区の神輿を担ぐのを見て、「これはいかん!」と立ち上がって。失われていた文化が復活する。これぞ地方創生のゴールのひとつ。町外の方が町に及ぼす影響力の大きさを改めて感じました。

<デュアルスクールとは>

デュアルスクールとは、一人の学童が、都市部と地方といった複数の学校に通うことができる新しい教育制度。地方と都市それぞれのよさを体験することで、双方の視点を持った、多面的な考え方のできる人に育てることを目的としており、二拠点居住・地方移住の促進を目的に徳島県がモデル化事業として推進している。

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デュアルスクールのホームページ

6年経って見えてきた、サテライトオフィス企業側の課題と誘致側の課題


ー 美波町にサテライトオフィスを構えてみて、課題に感じていることはありますか?

船田さん:僕は、意外とサテライトオフィス企業間の横のつながりが薄いと感じています。鍜治さんや吉田さんとは個別で繋がっていますが、企業同士で何かしましょう、まではいっていない。

高井:それは僕も感じますね。僕たちはいつも戎邸というスポットで利用ができるサテライトオフィスに滞在するのですが、ついつい、そこにこもってしまうんですよね。他の会社のサテライトオフィスに「お邪魔しまーす」ってなかなかできない。

吉田さん:会社や社員によっても、そのあたりばらつき出るよね。サイファー・テックの社員にとっては、美波町は「都会の仕事ができる最高の地方」だし、あわえの社員にとっては「課題を解決するための研究所」。美波町の意味が全然違うんです。経営側からしたら、現場同士でどんどん交流してもらって、新しいサービスや事業のネタを作ってみました~みたいな交流や発見は最高ですけど。

高井:わかります。美波町だからこそできることがたくさんある。使いきれたら東京の会社に負けないじゃないですか。でも、個別の社員が全員そう思っているかというとそうではないし、実際使いきれていない。これってサテライトオフィス企業の経営者としての課題ですね。

ー 鍜治さんや吉田さんは、サテライトオフィス誘致側としての今の課題はなんですか?

鍜治さん:課題はたくさんあります。企業誘致のプロセスをどのように仕組み化していくかがもっぱらの課題です。企業数が増えても、誰が担当になってもクオリティーが下がらないように。今はまだ吉田さんなどの特定の人に依存しているのは事実。

吉田さん:今までは、鍜治さんや僕とかが、一本釣り漁の様な形で手間をかけて1社1社とやりとりをしていました。でも、これが数十社となってきたときに、「僕たち、あの頃は暇だったからできたんです。」では絶対にダメ。一本釣り漁から定置網漁に変わっていかないといけないんです。海流がこうで、魚はこの種類。なので、あそこに網を仕掛けて水揚げすると、一番水揚げ高がいい。といったように、仕組みと仕掛けで、初期のころ以上のクオリティーを出していかないといけない。

鍜治さん:あと、美波町の中で横展開していくためにも、仕組み化が必要です。同じ美波町の中でもまだまだな地区もあるので。最近、「サテライトオフィスが集まるあの地区にはいったい何が起こってるの?」と、他の地区の方から声をかけてもらえるようになってきたのは、嬉しいことですね。

吉田さん:美波町の地域づくりに携わる僕としては、船田さんのトレイルランの取り組みや、ヒトカラメディアさんのデュアルスクールのこと、そしてこのマリンラボのことなど、この町で起こっている出来事や意義のようなものを、町民の皆さんや全国にもっと伝えていかないといけないと思っています。せっかくの取り組みや成果も伝わらなければ勿体ないし、美波町のショーケースとしてのプレゼンスも下がってしまうので。そういう意味ではまだまだやらないといけないことが多いですね。

高井:もっとプレイヤー同士でも盛り上げていきたいですね。

吉田さん:美波町が注目してもらえていたり、あわえが今、地方創生支援ビジネスとして成り立っていたりするのって、美波町や私たちが他の地域に比べて一足先に地域づくりに取り組んでいたからなのだと思っています。僕たちは決して預言者ではなくて、他所より先に地域づくりに取り組み、課題にぶつかってきたからなのだろうと。今サテライトオフィス誘致や若者の移住・定住で悩んでいる自治体や企業にとって、先行した私たちの経験や解決策が必要になってくるんだと思っています。だから、今抱えている課題も、頑張って解決していきますよ。

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後編では、ミナミマリンラボがどうやってできたかを交えながら、ミナミマリンラボでやっていきたいことや目指す美波町の姿を探っていきます。