hitohito

上から目線でセラピスト気取りの方お断り。(https://www.facebook.c…

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上から目線でセラピスト気取りの方お断り。(https://www.facebook.com/profile.php?id=100026896894712) アイコンの絵は昔「自分と自分」というイメージで描いていた絵の一部分を切り取ったものです。

最近の記事

最近高田敏子さんの詩を読んでいる。 高田敏子さんの詩は、言葉に酔ったり凝った感じも、単純に言い切ったり押し付ける感じもなく、快い余韻や余白を感じます。 純粋さ、眼差しや情景や空気、感覚、静けさ、美しさ、など、きれいに伝わってきて、読んでいて心地よく、とても好きです。

    • 克服、乗り越えるということについて、安田菜津紀さんの記事から一文引用させて頂き、自分の思うことを書きました。 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=969575967282291&id=100026896894712

      • 恵まれているという言葉について思うことをつらつら書いてみた。

        例えば、これまでに、私自身が「恵まれて来た」と表現できること、(例えば言葉が喋れることや住む家があったこと、現在仲の良い母親がいることなど)は、どこかの誰かにとって、どんなに望んでも、どんなに必要としても、得ることのできなかったもの、体験することの出来なかったことであったりすることがある。 また、私がどんなに望んでも、どうしても得ることのできなかったものや出来なかったことは、どこかの誰かは当たり前のように体験していたり、手に入れているものであったりすることもある。 私も、

        • 本当はまだ、答えの出ていない「問い」であるはずのことに覆われてしまうこと

          本当はまだ問いの段階であるはずの事を答えであると思いこんでしまったり、“知ってる”“分かってる”と思い込んでいる事で、自分や人を覆ってしまうことについて。こうした事は誰でもある事かもしれないと思うのですが、 私自身もあることで、まだ分かっていないことを分かっている、知っていると思い込んで、そうしたことが私自身や私の世界、周囲のものを覆ってしまってる様な事があったり、自分のことも、否定する思い込みで自分を覆っていたりする様なこともこれまでにあったりします。 私はnoteに自

        最近高田敏子さんの詩を読んでいる。 高田敏子さんの詩は、言葉に酔ったり凝った感じも、単純に言い切ったり押し付ける感じもなく、快い余韻や余白を感じます。 純粋さ、眼差しや情景や空気、感覚、静けさ、美しさ、など、きれいに伝わってきて、読んでいて心地よく、とても好きです。

        • 克服、乗り越えるということについて、安田菜津紀さんの記事から一文引用させて頂き、自分の思うことを書きました。 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=969575967282291&id=100026896894712

        • 恵まれているという言葉について思うことをつらつら書いてみた。

        • 本当はまだ、答えの出ていない「問い」であるはずのことに覆われてしまうこと

          積った雪

          上の雪 さむかろな。 つめたい月がさしていて。 下の雪 重かろな。 何百人ものせていて。 中の雪 さみしかろな。 空も地面(じべた)もみえないで。 金子みすゞ

          積った雪

          蜂と神さま

          蜂はお花のなかに、 お花はお庭のなかに、 お庭は土塀のなかに、 土塀は町のなかに、 町は日本のなかに、 日本は世界のなかに、 世界は神さまのなかに。 そうして、そうして、神さまは、 小ちゃな蜂のなかに。 金子みすゞ

          蜂と神さま

          誰がほんとを

          誰がほんとをいうでしょう、 私のことを、わたしに、 よその小母さんはほめたけど、 なんだかすこうし笑ってた。 誰がほんとをいうでしょう、 花にきいたら首ふった。 それもそのはず、花たちは、 みんなあんなにきれいだもの。 誰がほんとをいうでしょう、 小鳥にきいたら逃げちゃった。 きっといけないことなのよ、 だから、言わずに飛んだのよ。 誰がほんとをいうでしょう、 かあさんにきく

          誰がほんとを