宇宙(そら)に映る花火

即興小説 お題:『〇〇に映る花火』 約9,000字
趣味もまた趣味の小説であり、仕事で書く休憩がてら書かれた小説。絵師の言う趣味絵と同じ類。
※今回はプロローグ、エンディング、キャラクター設定だけを予め用意していたので、即興小説というよりも、具体的なプロットを用意せずにノリと気分で最初から最後までぶっ続けで執筆したというだけ。さりとてだいたい即興ではあるかも。推敲も少し。

「HQ、こちらAF-1。本当に敵艦隊は分隊規模か。確認願いたい」
「AF-1、こちらのレーダーがプロキオン星系で捉えた敵コルベットは、ブリーフィングと変わらず現在も十二隻だ。何か問題でも?」
「本当に情報は正しいのか? こちらのレーダーでは……数えきれない数を捉えている——」

 人類がアポロ11号で初めて月面に降り立ってから太陽系外を自由に探索できるようになるまで、実に三百年の歳月が要った。
 しかしそれからさらに異星人を発見するまでは、ものの数年のことだった。
 二十三世紀、人類は太陽系からほど近い恒星プロキシマ・ケンタウリに星系ステーションを建設した。太陽系を中心として少しずつ拠点を建設しながら、宇宙を人類の庭としてきた。
 宇宙航行技術にブレイクスルーが起きるとともに、バーナード、シリウスなどを活動地とし、ついに十一光年離れたプロキオンをも取り込んだ。
 しかし、人類の調査船がプロキオン星系の資源探査を行った際に送られた一つの通信に、人類達は堪らず響めいた。

「——HQ、こちらEF-3。プロキオン星系で航行中の——隕石、のようなものを認めている。確認だが、プロキオン星系に送られたのは本当に我々だけか? 知らぬ間に、巨大な岩石に穴を開けてブースターを取り付けた、妙ちきりんな新型船でも開発したのか?」

 直後、調査船から送られたデータを受けて、宇宙開発本部は岩石で構成された文明的な船を、異星人の船と断定。
 宇宙を泳ぐまでに育った文明ともなれば、早急に通信を傍受し言語を翻訳したのち、通信を確立することが望ましいとして、二年と三ヶ月を以てして通信を確立した。
 しかし、人類の受容的な態度とは裏腹に、自らをズールと呼ぶ岩石の異星人は空洞音のような声でただ一言を残して爾来、通信に応答しなかった。

「我々はズール。仲良しごっこは遠慮する。以上」

 それからすぐに、プロキオン周辺星系ではズールの船が多く見られるようになった。初めは調査船だったものが建設船となり、付近で我々のようにステーションを建設したかと思えば、コルベット数隻がステーションを母港として停泊し始めた。
 そして五年の歳月が過ぎた折、ファーストコンタクトぶりの通信が届く。

「これは宣戦布告だ。下等種族・人類よ、我々ズールはお前たちを一匹残らず浄化する」

 またも一言で通信が途絶し、人類社会が混乱に陥るまま一夜が明けると、プロキオン星系に設けていた人類のステーションをズールのコルベット数隻による艦隊が襲撃した。敵コルベットは磁力を用いて徹甲弾を高速で射出する電磁投射機と、集束光線で高熱を発生させるレーザー砲台による攻撃を数十日に渡って行い、ステーションを半壊させた。
 維持のために滞在していた数十名の技術者が犠牲になり、ものの数週間でプロキオンが墜ちる。次いでシリウス、バーナードと敵が駒を進める数ヶ月、しかし人類は何もしていなかったわけではなかった。
 すでに数隻のコルベットを所有していた人類だったが、さらに強固な駆逐艦の試験運用を終え、取り急ぎ建造を進めた。十隻にも満たない敵コルベット艦隊がバーナードを墜とす折、人類はコルベット八隻、駆逐艦五隻の艦隊を急拵えで間に合わせた。
 艦隊はAF-1と名を冠し、その提督には齢五十三のアレン・渡が就任した。バーナードにて敵コルベット殲滅作戦が実行され、アレンの正確無比な指揮により一隻も損失することなく敵コルベットを殲滅した。
 それからまた数ヶ月、開戦から一年が経つ折になって、AF-1は多数の建設船とともに、プロキオン星系に到着する。彼の任務は、プロキオン星系にて観測された敵コルベット十二隻による分隊規模の艦隊を殲滅し、プロキオン星系のステーションを再建し、砲台を並べて防衛拠点とすることだった——。

「——こちらのレーダーでは……数えきれない数を捉えている」

 さりとて、アレン・渡のレーダーは無数の点を捉えている。到底十隻程度の分隊規模ではない、小隊と呼ぶべき数だった。

「ぱっと見でも三十、いや四十はある。いや、もっとか? わからんが、兎角この作戦の中断を提案したい」
「しかしAF-1——こんなことは言いたくもないが——その地点からの撤退は間に合わない。AF-1の航行速度を、敵艦隊は優に超えている」

 若い女オペレーターの声は震えていた。それは彼が助からないと悟ったからであって、そしてさらなる敵艦隊が太陽系を、地球を襲来することへの恐怖からでもあった。

「——承知した。AF-1は、これより攻撃態勢に入る」
「AF-1、何を言ってる?」
「敵艦数を削ぎ落とす。それに、勝てないと決まったわけじゃない。なに、宇宙に少し花火が散るだけだ」
「了解した。無事に帰ってこい、とは言わんぞ——」
「——ってのが、俺の親父の散り際らしい!」

 ま、十年近く前の話なンだけどな——国際宇宙軍士官学校・男子寮のロビーにて、一人の青年の声が花火みたく散っていた。
 青年と二人で丸机を囲む銀髪の男は、萎びたポテトを乱雑に掴んで口に突っ込みながら、

「ほー、つまりなんだ。ルーカスは英雄の息子ってわけか」

 と、話半分に聞いたと見える物言いを寄越した。

「ああ、やめてくれ。俺は親父みたいに本気で提督を目指してここに居るわけじゃあねえし、国家に忠誠を誓って死ぬようなバカ野郎でもねえよ。ましてや、渡家の花火を捨ててまで提督になるだなンてのは絶対にありえねえな」

 頬杖を突きながら片手を幾許か振って殉職した父・アレンを語るルーカスに、銀髪の男は指の代わりにポテトで顔を指しながら、

「ハッ、まあルーカスには余っ程花火職人の方が向いてるな。なんだかんだ言って、まだ親父さんの作った花火、持ってやがるしよ」

 と言って、それを口の中に放り込む。

「いンやあ、思ったより面白い花火だったもンでな。俺みたいにふざけた花火なンだ。親父も花火の道を追ってりゃあな……」
「お前さんの花火がふざけ散らかしてんのは知ってるが、親父さんも似てたのか。いや、お前さんが似たのか? まあどっちでもいいが……兎角、お前は俺より成績が悪いんだ。提督どころか艦長にもなれやしねえだろうし、ちょうどいいところで花火の道に戻ればいいだろ」
「いや、まあ、そうかもしれねえけどよ……ンなモン、カルロが優秀過ぎるだけだろ? 俺だって成績はお前に次ぐ二番だし、なンなら下にはけっこうな差ァつけてンだぜ」

 お前にも差ァつけられてっけどな——と、ルーカスは声を落として言い添える。

「ハハ、悪かった。別にバカにしたわけじゃあねえんだぜ? お前さんの花火を褒めてやったんだ。火遊びが大好きな野郎にはそっちの方が向いてるってな——」

 ——ルーカス・渡。二十歳、男性。
 高名な花火職人の家に生まれる。頑是ない頃から祖父に花火を教わった。天才肌だがそれゆえに退屈し、おちゃらけては叱られて育つ。
 中等教育を受ける折、花火を花火としてではなく、花火に自己流の〝改良〟を施すことを楽しむようになったルーカスは、十四のとき、手製の花火銃で強盗を撃退する。レーザー銃が市販される時代、ルーカスは実弾銃に浪漫を感じていた。
 十六の頃、地元の花火大会で二位の実績を収める。一位は祖父であった為、ルーカスは二十歳になった今でも「あれは一位だった」と言い続けている。
 十八になると、親の意向で宇宙軍士官学校に入学する。〝自分の本分は花火にある〟との了見からまるでやる気を感じられない態度でこれまたよく叱られているが——英雄・アレンの息子という重責からか——成績は二位を維持している。
 酒も煙草もほどほどだが、女遊びはしない。どちらかと言うと火遊びをしている。よく士官学校の男子寮に花火を持ち込んでは叱られる。これまでの人生で何度も色々な人から叱られてきたが、ルーカスはこれっぽっちも気にしない。

「——急遽、貴様らの中から正式な提督を一人、出すことになった」

 そうした日々を過ごす折、雪解けとともに、ルーカスとカルロの許に一つのチャンスが訪う。

「AF-9を指揮していた提督が、また一人殉職した。その為、生き残った船に急拵えで造船した船を合流させたAF-10を新たに編成する運びとなった。しかし、新たな艦隊には必ず提督が必要だ。そこで、貴様ら士官候補生に白羽の矢が立ったというわけだ」

 そうして教官主導の元、多岐に渡る試験が行われた。
 しかし、そのすべてにおいて、ルーカスは手を抜いた。
 やはり、彼の本分は花火にあった。この機会は貴重だが、花火職人としての道を自らの手で塞ぐ羽目になってしまうからだ。
 しかし、彼は選ばれた——結果が僅差だったカルロを、補佐官としながら。

「——HQ、こちらAF-10。数分後にシリウス・ステーションに到着する」

 アレンが死んで十年と戦い続けても、戦線は拮抗していた。押しては引く波のように流動的な戦線は今、防衛拠点として再建されたシリウス・ステーションを最前線としている。

「了解、AF-10——初陣だな」

 その女オペレーターは、彼を、彼の父を知っていた。

「緊張はしてないぜ。あのときの花火大会よりはな」
「ふ、私も記録映像で見たぞ。貴様のデータベースのトップに配置されていたからな」
「それは嬉しいね——」
「ルーカス、レーダーを見ろ」

 ふと、声の下からカルロが言った。眼下のレーダー上方、点が数個ほど明滅している。

「——HQ、こちらのレーダーが敵艦隊を捉えた。本作戦の殲滅対象だ」
「やはりクローキングして合流を待っていたか。AF-10、そのまま接近し、合流される前に殲滅しろ」
「承知した。こちらAF-10、シリウス・ステーションに援護を要請」
「こちらシリウス・ステーション、いつでも準備はできてる。だがお前は新米提督だ。頼むから、我々の射程内で交戦してくれよ?」
「バカにするな、プログラムで散々習った」
「だがそいつは実戦じゃあない。お前が墜ちれば俺たちもまとめておじゃんだ。やるしかないからな、命は預けたぜ!」

 ルーカス率いるAF-10はシリウス・ステーションを過ぎて前進し、敵艦隊との交戦距離に近付いた。
 AF-1が全滅してから十年——人類もズールも、技術面では大きく躍進している。アレンが殉職した際に本部のレーダーでは捉えられなかったズールの船は、クロークによって船を透過し、レーダーの感知範囲を極端に狭めていた。ズールは艦隊にクローク発生装置を装備させ、情報を撹乱することによって戦ってきた。
 しかし、人類は兵器開発に力を注いだ。実体弾はより高速に、レーザーはより密度を増した。船の装甲もより実体弾に対しては強固となり、シールド発生装置も今まで以上にレーザーを通さなくなった。
 その上で、人類がズールよりも卓越している点がある——それは、船そのものの性能だ。ズールはコルベットに次いでフリゲートや駆逐艦を開発したが、人類はつい先日、まだお披露目していない軍艦を建造した。ルーカスとカルロが乗り込んでいる、この旗艦——巨大戦艦である。
 装甲もシールドも分厚く巨大で、積載できる武装も巨大。容易く墜とされず、敵には猛烈な一撃を喰らわせる。主砲ならば船を一撃で沈める威力を持つ。まさに、戦争を変える船と言える。

「コルベット隊は前で泳げ。駆逐艦隊は後方から掃射しろ、味方に当てないようにな。俺達はさらに後方から主砲で一隻ずつ落としていく。接近されてもこの戦艦には多数の小型・中型砲門がある、多少の敵は通してしまって構わない。一人ひとり、自分にできることをしてくれ」

 AF-10が先行し、敵艦隊を誘引、シリウス・ステーションからの支援射撃を受けながらこれを殲滅。初陣は容易いものだった。
 数週間かけて戦線を進めたと思ったら、クローキング艦隊の戦略的な配置に撤退を余儀なくされ、また戦線を上げれば下げられる——それを繰り返す数ヶ月は、ズールの時間稼ぎだった。

「HQ、こちらAF-10。あの石ころ野郎、俺たちの戦艦に似たバカでかい岩を開発しやがった——」

 それからは撤退戦だった。戦線はシリウスからバーナード、プロキシマ・ケンタウリへと後退し、いよいよ太陽系まで敵艦隊が押し寄せる。

「ルーカス、また花火いじりか? そろそろ出撃だぞ」

 その折になっても、ルーカスはISSのドックに格納された戦艦とそれに積む弾頭を前にして、花火工作に耽っていた。

「まあ待ってくれよ、カルロ。今イイところなンだ」

 地球軌道上、数百年前からISSと呼ばれ続ける基地——国際宇宙ステーション。今は建て増しが繰り返され巨大なステーションに育ち、以前よりも少し離れた位置を周回している。現在のISSは軍艦の建造や整備を行う、対ズール戦争の重要な拠点だ。

「お前それ……主砲で撃ち出す弾頭か? いよいよ地球がマズいからって、気でも違ったのか?」
「……これは、賭けだ。あの石ころ野郎ども、思ったより芸術派なんだよ。気が向いて傍受した通信を翻訳にかけてみたら、自分たちが石ころなのに彫刻がどうとか言ってやがった。いつ傍受してもそうだ。気が狂ったように芸術を好む」
「それが、なんだってんだ?」
「だから——よし。こいつを一発、ヤツらの鼻っ面に喰らわせてやるンだ」

 ルーカスが〝改良〟した弾頭には、花火が仕掛けられていた。

「名を冠するなら、花火弾ってとこだな!」
「ハッ、まったく。遊んでる場合じゃあ——いや。ここまで持ち堪えさせたお前さんが言うなら、試しにやってみてもいいのかもしれないな。ああ、そういや——」

 カルロは少し逡巡した。言おうか言うまいか、幾許か黙考してから、また口を開いた。

「——お前さん、まだ親父さんの花火、持ってんだったよな?」
「ああ。肌身離さずってわけにはいかねえけど」
「今、どこにある?」
「俺の部屋に——まさかカルロ、使おうってのか? こいつに?」

 ルーカスは両手を開いてから、弾頭を両手でびしっと指して問うた。

「それ以外に何がある? 親父さんの花火に、お前さんがさらに手を入れたなら——だから、お前さんはそいつを量産してろ。俺がここまで運んできてやる」
「間に合わねえよ、もう数分で出撃だろ!? 俺の部屋まではどう頑張っても数分、往復で十分はかかる!」
「忘れたのか? 士官候補生時代、俺はお前さんよりも上だった。低重力下の移動なら誰より速い。まあ待ってろよ」

 カルロはそれだけ言うと、壁を蹴った。まるで水中を泳ぐように、宙を泳いだ。間に合わなければ、補佐官なしで出撃しなければならない——ルーカスがこれまでズールの猛攻をうまく耐え凌ぎ、勝ちはなくとも負けなかったのは、カルロの的確な助言と核心を突いた意見があったからだった。しかしカルロなしでは、ルーカスは敗北するだろう——自らの経験が物を言う。しかし、ルーカスは信じた。カルロが戻ってくるまで、花火弾を工作しながら待った——出撃の時が来ても。

「何をしている、ルーカス提督」
「——花火で遊ンでいます」
「サイレンが聞こえなかったのか。出撃だ」
「花火で遊びたくなる天気なンですよ。カルロが言ったンだ、俺の親父——アレンの花火なら、って……」
「——おい、どうして待ってる? 早く乗り込めよ!」

 カルロが来た、アレンの花火を携えて。

「寄越してくれ、すぐに取り掛かる!」

 カルロから親父の花火を取り上げて、ルーカスは工作を始めた。

「ちょっと、おい! もういいって! いい加減、出なきゃマズい。もう地球のすぐそばまで大隊規模の艦隊が来てんだぞ!」
「すぐに終わるッ!」
「ルーカス提督、この期に及んで命令違反は——」
「いいから黙ってろよッ! 花火はチャチなもンじゃあねえ……どンなに言葉が通じないヤツでも、俺の花火を見せりゃあ黙ったンだ……!」
「——もういい。AF-10は出ない。AF-10を除く全艦隊は、順次出撃しろ!」
「ルーカス……行っちまうぞ! みんな、死にに行っちまう! 俺たちが出ねえと——!」
「できたッ! こいつを積ンで、俺も出るッ! おいそこの整備士、ハッチ開けてくれ!」

 ルーカスは駆け出した。カルロもまた、その後を走る。その足音を聞いて、ルーカスは、

「カルロ! お前は俺と親父の合作を主砲に装填してくれ! お前の足が一番速い!」

 と振り向きながら、言った。

「俺が?」カルロは立ち止まる。「ああ、お前さんはやりきったんだ。俺にも仕上げくらいはさせてくれ——」

 信用できるカルロを整備に送り出し、艦長席に腰を下ろす。

「当旗艦の搭乗員、全員に告ぐ。すべての機能制御をAIに託し、全員、ドックに降りてくれ。これは上官命令だ。繰り返す、当艦はこれより命を賭して戦う。操縦から何から、すべてこの俺がマニュアルで行う。この船に乗っていても役立たずだ。死にたくなければドックに降りてくれ」

 カルロが居なければ、ルーカスは敗北する。経験が物を言う。それでもカルロを、そして搭乗員のすべてを乗せない判断を執った。カルロが居ようが居まいが、この戦いは元より死にに行くようなものだ——犠牲は、少しでも少ない方が善かった。

「カルロ、装填は?」

 カルロとの個別通信を、簡易デバイスから送信する。

「今、ちょうど済んだぜ! なあルーカス、俺は乗せてくれねえのか?」
「ああ、乗せない。特に乗せられないンだよ、お前はな。元よりお前は俺より優秀だったンだ……俺の後釜くらい、簡単に務まるはずだろ?」
「ルーカス——わかった。死ぬなよ」
「できたら、俺も死にたくなンてねえよ」

 震えた声で以て、通信を切った。

「——AF-10、全艦出ろ! そして、命令だ——全艦、俺の後方につけ。俺が盾になる! 作戦の概要を説明する時間はない。ただついてきて、少しでも敵の接近を弾いてくれ……行くぞ、発進する!」

 ルーカスのみを乗せた旗艦の発進に合わせて、ISSのドックから数十の船が立て続けに発進していく。
 敵艦隊は、すでに目視で認められる距離に迫っていた。AF-10の出撃とともに、すでに先立って作戦に出向いたAF艦隊が交戦を開始する。AF艦隊は雨のような弾丸とレーザーを受けながら、丁寧な射撃で敵船を一隻ずつ墜としている。その雨の中を、AF-10の艦隊が単独、先行していく。
 ズールの艦隊がルーカスの旗艦に砲門を向けた。一斉にまた、雨が降る。いくら戦艦でも、この雨では立ち往生だ。

「少しでいい。あと少し、近付ければ……!」

 ルーカスは戦艦の損耗を少しく気にすることなく、ただ前だけを見ていた。雨の中、曇天を見上げていた。すると、その雲の切れ間から、一筋の光明が射した。

「今だッ、花火弾をくれてやるッ!」

 主砲が重く響めいた。目標は、敵艦隊の中心——一隻の戦艦を目掛けて、父との合作が飛んでいく。それは、初期宇宙時代に幾度となく発射されたロケットのように、人々の希望を乗せて飛んでいた。
 花火弾が着弾する。敵戦艦はまるでダメージを受けていない。代わりと宇宙空間に咲くそれは、ルーカスがアレンの心を継いで作った、言葉よりも饒舌な、人類からの希望のメッセージ——たった一発の花火なのに幾許か炸裂し、何度も花を咲かせる。花には推進力を持たせてあり、地球上で打ち上げたものと同じ挙動を見せている。

「ダメだ、ルーカス提督! それ以上は危険だ!」
「いいや、HQ! 俺は行くッ! 親父みてえに、国のために死ぬンじゃあねえぞ! 俺は俺が信じる花火のために死ぬンだッ!」

 旗艦が、旗艦のみが単独、進軍する。

「全艦、そこで止まれ! 俺だけで十分だ!」

 急拵えで作った花火弾を、次弾に装填する。
 依然としてズールの艦隊は、ルーカスの旗艦に大雨を降らせている。

「少しでも、前にッ……! もう一発だ、喰らわせてやるッ!」

 二発目の花火弾が放たれた。再び、同じ敵戦艦に着弾する——やはり、敵戦艦はダメージを受けていない。ルーカスの〝改良〟によって、物理的なダメージが極端に減らされているのだった。
 そして、代わりと花火が咲いた——音はない。宇宙空間に、音など存在しない。
 それでも、人類は皆その光景を見て、感じた——花火の音を。心臓を揺るがす、あの響めきを。どん、どん——と、まるでルーカスの命を切り売りするかのような、刹那的な魂の音を。

「まだだッ! この船が墜ちるまで……この命が尽きるまでッ!」

 そしてまた、敵戦艦に三度目の花火が咲いた。
 それに合わせて、AF-10の旗艦もまた、散った。
 数十の花火弾を同時に炸裂させ、その命の最期を叫ぶ花火がすべて、地球軌道上で散った。
 その光景を、すべての人類が、ズールが見ていた。地球からでも、空を見上げれば様子が窺える。弾丸とレーザーの空模様は、まさしく曇天のようだった。
 しかし、雨は止んだ。宇宙に映る花火が、一筋の光明をもたらした。
 AF-10艦隊の一隻が、HQに通信を送る。

「HQ。敵の、船が——一隻の戦艦が、こちらを含む全艦隊に通信を送っています。武器を、下ろせと」
「——こちらでも確認した。レーダーによると、敵全艦隊が後退しているように見える。これは、クローク技術によるまやかしではないのだな?」
「はい。敵艦隊が、踵を返しています……!」

 ——ルーカスは散った。花火のために。そしてやはり、アレンと同じく人類のために。

「ルーカス——お前さんの覚悟、確と見届けたぜ」

 ——数刻後、ズールから人類に通信が入る。

「この戦争は永く続き過ぎた。これより白紙和平としたい」

 人類がこれに応じると、十年に渡る岩石型異星人との宇宙戦争は幕を下ろした。
 英雄アレンの雄姿と花火職人ルーカスの勇姿は、ズール十年戦争の名とともに永く後世に語り継がれた。