掌篇小説『変貌』

ある日、Steamでゲームを買った。
たまに見ているストリーマーがプレイしていたからだった。

配信の最後で、ストリーマーが感想を述べていた。明るい昼、田舎の駅で一足のスニーカーだけがぽつんと転がり、たまに電車が通り過ぎるだけのタイトル画面と『変貌』の二文字を背景にして、感想を述べているのだった。

「いやあ、この雰囲気は非常に良いですよね」

僕はなぜかその言葉と、ひどく美しいタイトル画面だけを理由にして、そのゲームをプレイしてみようと思った。

僕はゲームを始めた。
スタイルは一人称。どこか見知らぬ部屋の一室に、数名の知人と一人の中性的な——少年なのか、少女なのか判断のつかない——子供が立っていた。
その子供は、年齢にして14歳ほどの風体だった。下唇の左側にリングピアスをしていて、つけまつ毛と涙袋のメイクが印象的だった。

しかし、このゲームは人物が物語の導線を引くようなことはないらしい。さらに、会話にテキストが表示されるようなものではなく、まさしくその場に自分が存在するかのような没入感だった。

ゲームを開始して数秒が過ぎると、〝中性的な子供〟が僕に——貼り付けたような笑顔であちこちを見回しながら——近付いてきた。

僕はそこで、〝中性的な子供〟の一面を見た。
その子は明るく、元気溌剌とした性格だった。どこか自由奔放的で、笑顔が眩しい。
しかし、その笑顔には翳りがある。どこか作りものめいている。その心に大きな傷があるのだと、僕は直感した。

ほんのわずかな時間だけ僕と話すと、〝中性的な子供〟は挨拶もくれないまま背を向けて他所へと歩き出した。
その背中を目で追っていると、ふと〝中性的な子供〟の様子が変貌する。
先までの好印象が嘘みたいに凶暴で、懐に隠していたナイフで辺りをやたらめったらに切りつけ始めたのだった。

化けの皮が剥がれるとはまさにこのことを言うのだな、などと呑気に思っていれば、僕にも確かな殺意をもって近付きながらテーブルのクロスを刻んでいったから、思わず急いで逃げようとした。
——だが、手を引かれる。掴まったのだ。振り返ってみれば、しかし〝中性的な子供〟は先までの貼り付けたような笑顔で笑いかけていた。僕に向けていた殺意も完全に感じられなくなった。
あまりの没入感に、呑気なことを思っていた僕はその瞬間から消えてなくなり、まさしく僕自身がこのゲームの主人公となっていた。

場面は移り変わり、僕は高級住宅地の蔦が這う大きな白い家、その二階の窓から庭を見下ろしていた。
どうやら、〝中性的な子供〟がこの家に侵入するべくして向かってきているようだった。僕は恐ろしくなり、その侵入を拒みたくなって、あの手この手で侵入を妨げた。

それでも、数分の攻防の後に〝中性的な子供〟は僕の立つ二階の一室までやってきた。
その子は何を言うでもなく健気に笑ってみせると、次の瞬間——変貌した。

そして再び、場面が移り変わる。そこは夜の駅だった。人が疎らに立っており、次の電車を待っているようだった。

「おい、待て——!!」

ふと声がした方を——辺りの人々に倣うようにして——振り向けば、そこには一人の少年と、そして彼に「待て」と呼ばれても駆け出す〝中性的な子供〟が見えた。

そして次の瞬間、〝中性的な子供〟はやってきた電車に飲まれた。

場面は再び移り変わる。またもや夜の駅のようだったが、その駅の屋根は高く、架道橋のような二階建てほどの高台がホームに造られていた。

僕はそこで、やはり例の少年と〝中性的な子供〟に遭遇する。どうやら親しいようで、向こうから嬉しげに話しかけられた。
〝中性的な子供〟はやはり恐ろしかったが、今のところは貼り付けたような笑顔を見せているので、彼らも親しいようだし行動を少しともにすることにした。

先の高台に登り、電車を待つ。その駅は人がやけに多く、高台にも人は多い。さらに、なぜか欄干の下から足を下ろすようにして、——点々と穴を開けながらも——一列に座っているのだった。
あまりにも無防備だ、背中を少し押されただけで簡単に落下してしまう——そう思う僕を置いて、〝中性的な子供〟はその隙間を埋めるようにして座り、足をぷらぷらと振り始めた。その子のお守りみたいな少年も、疎らな隙間のため一人の先客を〝中性的な子供〟との間に入れて座っていた。
僕が遅れて近付いたとき、ちょうどよく〝中性的な子供〟の隣が空いた。少年とは反対側だった。
座らなければ文句を言われたり、また恐ろしい目に遭わされるのではないかと怯懦に震えながらも、その子の隣に腰掛けた。

遠くから電車の音がする。この夜は特に深く、田舎の駅だからか、照明はかなり少ない。
隣に座っていても平気だったので、少し〝中性的な子供〟に対する見方を改めた。その瞬間だった。
すっ——と、隣から気配が落ちる。駅のホームに飛び降りたのだった。

すぐ横で、少年が、

「おい、待て——!!」

と、聞き覚えのある言葉を口にした。僕と少年は気配を追って飛び降りるが、顔を上げたときにはすでに〝中性的な子供〟がほんの数メートル先で、駅のホームから線路に身を投げ出したところだった。

足下に転がった一足のスニーカーを見ながら、僕はひどく後悔した。あの子を怖いと思ってしまったこと。あの子を再び守れなかったこと。

僕は少年から怒号を浴びた。

「おまえなら助けられるはずだった」

彼はそう言った。まったくその通りだと思った。

〝中性的な子供〟は確かに、変貌を遂げていた。
そして今、再び変貌を遂げたのだった。

その瞬間、僕はひどい悪夢から目を覚ました。
2024年、6月17日、6時30分。

今でも、〝中性的な子供〟がすぐ隣に居るような「気配」だけが残っている。