「ゴホン!」の前にも。もっと知りたい、龍角散。
「ゴホン!といえば」のキャッチコピーを聞くだけで、誰もが「龍角散」を思い出す。 「龍角散ののどすっきり飴」「龍角散ののどすっきりタブレット」など、シーンや用途に合わせて様々なタイプが販売されており、ドラッグストアやコンビニなどで手に取りやすいのも魅力の一つだ。特に声の仕事をしている読者にとっては、鞄やポーチに常備している方も多いはず。
そんなお馴染みの龍角散。実は平成から令和にかけて、売り上げを倍増させていることはご存知だろうか。1990年代には約40億だった年商が、2020年頃にはなんと200億。30年未満で売上高5倍の急成長を遂げた。
その仕掛け人が、8代目代表取締役の藤井隆太社長だ。大手製薬メーカーや化学メーカーで営業・販売経験を積んだ後、35歳で現職に就任。「龍角散ダイレクトスティック」「龍角散ののどすっきり飴シリーズ」など数々のヒット商品を連発した。さらに社長業の傍らフルート奏者としての顔も併せ持つ、異色の経歴の持ち主だ。
今回の記事では、私たちが日々目にする「龍角散」がなぜここまで売れ続けるのか、藤井社長のビジネス戦略を紐解く。徹底した顧客マーケティングと自社分析で「強み」を見出す企業姿勢に、慣れ親しんだパッケージの見え方が変わるかもしれない。
製品としての「龍角散」を知る
名前の由来は成分名から
株式会社龍角散は代々藤井家が代表取締役を務めており、私で8代目です。遡れば江戸時代中期頃、秋田県でご典医として仕えていたご先祖様が、藩主・佐竹候のために開発した薬が「龍角散」だったと伝わっています。
(龍角散誕生の秘話を描いたミュージカル「ゴホン!といえば」は、2023年12月31日まで無料公開中!)
「龍角散」という名前は初期の処方に、大型ほ乳動物の化石化した骨の「龍骨」、独特の香りを生み出す「龍脳」、鹿の角を粉砕した強壮成分である「鹿角霜」が使われたことに由来します。昔は喘息をはじめとしたどの病気にも効く万能薬として広く親しまれましたが、今はのどの薬として特化しており、主な有効成分はキキョウ・キョウニン・セネガ・カンゾウです。どれも硬さや繊維・油分の有無などの性質が異なります。また粒は大きすぎると効き目が弱くなり、逆に小さすぎると肺に入ってしまうため、成分ごとに最適なバランスで粉砕し製造しています。
のど薬としての特徴
「龍角散」は微粉末生薬成分がのどの粘膜に直接作用して、弱ったのどの異物排泄機能を改善してくれる薬であって、消化管から吸収されて血中に移行して咳を止めるような強い薬ではないんです。そういった強い薬は場合によっては副作用があり、続けて服用できるものではないので、気をつけて使わなければいけません。
一方で龍角散は血中に移行せず、のどの粘膜に直接作用するので、副作用のリスクは比較的低く、そこまで気にする必要はありません。微粉末生薬成分で弱ったのどの異物排泄機能をを活性化させ、血中に入らない、という特徴のある製品は実はとても少ないので、オンリーワンの製品と言えます。
人間の声帯はもともと声を出すための器官ではなく、異物を防ぐフタの役割をしていたんです。だから声帯を使いすぎると炎症を起こします。充血したのどを放っておくと声がカサカサになってしまって、あまり良い状態ではない。だから製剤を使ってクールダウンさせようという訳です。
(↑「龍角散のど研究室」では、様々なのどの症状や、のどの病気、生薬の情報などをコラム形式で掲載)
服用するベストタイミング
のどを元気にしておいた方がいいタイミングは、風邪を引く前です。特に歌ったり喋ったりいびきをかいたりすると口呼吸になりがちですが、そうすると冷えた空気が直接のどに入り、乾燥します。そんな時には、夜寝る前にうがいをして龍角散を飲めば、かなり滑らかな感覚になると思います。
あとは花粉でつらい思いをしている方にもおすすめです。鼻とのどの粘膜は繋がっているので、花粉によってのども刺激されイガイガします。のどの状態を回復させるだけでも、だいぶ楽になりますよ。
人によっては「龍角散ダイレクトスティック」のような顆粒の製品だと、飲んだ時にドサッと落ちる感じがあるんです。ですが微粉末の「龍角散」だと、口腔内を舞うことによって鼻腔の裏まで成分が届く。それが気持ちいいと、微粉末の「龍角散」をご愛顧いただいているお客様は数多くいらっしゃいます。
プロの音楽家を目指した藤井社長
僕は1959年の生まれです。3歳からヴァイオリンを、11歳からフルートを始めました。19歳で桐朋学園大学音楽学部に入学します。父親からは「オーナー経営だけど、継ぐ必要はない。社長業は向いてる人間がやればいい。その代わり、一人で食えるようになれ」と言われていました。
ですがご存知の通り、音楽学部を卒業したからといって誰も雇ってくれません。食えるようにならなきゃ生きていけない。だから高校生の頃から、演奏したり初心者にフルートを教えたりと、色々仕事をしてました。その中で、音楽をやるにしてもビジネスの経験があった方が遥かに有利だと感じ、研究科を修了した25歳のときに遠い血縁関係にあたる小林製薬さんに入社させていただきます。
龍角散のオーナー息子だからといって特別扱いはされず、ちゃんと新入社員として寮に入り、合宿研修を受けました。厳しかったですよ!当時は龍角散との関係は一切言っていなかったものの、後でバレたらカッコ悪いと思ったからものすごく頑張って、おかげさまで営業成績はトップクラスでした。その後、27歳で三菱化成工業(現・三菱ケミカル株式会社)さんに出向し、IT部門で約8年間働かせていただきました。
すると1994年。父親が癌になったことが分かり、早く帰ってこいと呼び戻されたんです。そこで龍角散に戻り、1年だけ全国の問屋向け営業をしたり工場を回って力仕事をしたりと現場経験を積み、95年に社長に就任しました。
社長就任から始まる、龍角散の快進撃。
スタート地点は40億の負債から
社長就任当時の龍角散は、従業員数が100人ほどで40億の売り上げ。そして40億の借金を抱えている。恐ろしい、本当に終わったと思いましたよ。僕が社長になってから17年間、役員賞与はありませんでした。就任当初の年収は、三菱化成の時から半分になったかな。
キャッシュフロー上、40億の売り上げで40億の借金があったら普通もちません。どうしたらご迷惑をかけずに会社をたためるか、必死になって試行錯誤してみたんですが、これが難しい。だからもうちょっと頑張って少しずつ借金を返し、ご迷惑がかからない程度までなんとか回復させてからクローズしようと思ったんです。そのタイミングで、「本当にうちの製品は役に立っているのか?」という一斉調査を行いました。
龍角散の強みを掘り起こす
話は遡り、かつて小林製薬さんで働いていた時。1年は営業、1年はマーケティングを担当しました。その時マーケティングを行なった製品が小林製薬初ののどの医薬品「のどぬ〜るスプレー」だったんです。初代のプロジェクトマネージャーを務めましたが、当時のマーケットプランが「龍角散のクララ」をターゲットにしていたので、龍角散という会社の弱さは知り尽くしていた。
しかし龍角散の根強い人気を知るにつれ、「なぜ便利なのどぬ〜るスプレーではなく、手間のかかる微粉末の龍角散を選ぶお客様がいるのか?」と疑問を抱くようになりました。
そんな昔の経験を思い出し、龍角散という会社の強みは何か調べたんです。これは私が音楽家だったから至った考えかもしれません。
音楽家は人と同じ演奏をしてたらダメです。「あの人の演奏をもう一回聴きたい」「あの人の音楽のこういう解釈がいい」といった、オンリーワンを狙う。その考えは中小企業にとっては極めて大切なことです。僕は1年ほどパリに音楽留学をしましたが、その重要性を思い知りました。日本人社会は良くも悪くも横並び。ひとり勝ちは良くないこととして捉え、みんなで仲良くする文化が染み付いています。だけど、音楽家は自分が主張しないと仕事にならない。
会社の強みは現場に聞いたところで教えてくれません。最も大事なのはお客様にどう思われているか。なぜ龍角散を使い続ける方がいるのか、徹底的に掘り下げました。
すると、私たちがダメだと思っていたことがプラスに働いていた。のど薬のメーカーとして専門性が高く、一見古臭く見える「伝統文化」を長年守っているところが良いと、皆さん思い入れを持って使っていただいていたんです。「もし仮に龍角散がお店に並んでなかったら、他の薬を買いますか?」と伺っても、お客様は「絶対買わない。何軒でも探して買いに行く」と言ってくださった。これはうれしかったね!
強みを活かすために、力を分散させない。
お客様の声を聴いてみたら、この会社はまだまだ火種は残っている。これを強くすればいいんだと。その代わり余計なことはやめようと、当時手掛けていた新規事業をバサーッと切りました。新しい事業を起こすことは比較的皆さんされますが、やめるのは経営者しかできません。
昔販売していた「クララ」という製品は、水なしで溶ける顆粒薬として画期的な商品でした。しかし販売会社との兼ね合いから販路を広く開拓できなかった。結局40数年続いた「クララ」でしたが、販売をストップしました。
その代わりとして始めたのが「龍角散ダイレクト」です。
これはクララの技術を基にしてますが、含有していたノスカピンという成分が妊婦さんに影響を与える可能性があったので除外しました。今でも産婦人科や妊婦さんからの問い合わせは多いですが、龍角散は血中に入る薬ではないので、影響はほとんど無いんです。フレーバーも新たに変え、徹底的に広告を打ち、そこで全てをひっくり返した。結果、当時の何十倍もの売上高を記録しました。
(龍角散ダイレクト「のどのバリアに龍角散篇」15秒CM)
綿密な販売戦略の結果、中国で爆発的ヒット
私が社長に就任したタイミングで、中国へと赴き販売を検討しました。しかし、当時の状況を考慮し、そのときは進出を見送りました。
しかし、大きな市場であることは間違いない。そこで我々が調べたところ、台湾や香港なら文化的背景とメーカーとの関係性から、十分ビジネスになることが分かりました。そこで現地販売代理店と共同戦線を張り、店頭で目立つようにディスプレイしたり、数多のプロモーションを打ったりしたところ、爆発的なヒットに結びつきました。
2010年頃に、官公庁の役人の方がお越しになった。”クールジャパン戦略”の一環として、中国人に日本を訪れてほしいということでした。「御社は台湾や香港で薬を販売されてますね。日本でももっと訪日旅行客にアピール出来ませんか?」ということで、インバウンド戦略に踏み切った。すでに我々は国外で十分実績を積んでますから、同じ手法でやればよかった。しかもビザの要件が緩和されることがわかり、中国国内で配布されるフリーペーパーに家庭薬メーカーと共同で広告を掲載しました。ビザを申請する方は旅行代理店に行きます。それを狙い、代理店さんにそのフリーペーパーを何十万部と置いたわけです。
すると評判になり、今では中国人の方に「神薬(しんやく)」と呼んでいただいています。これは徹底的に狙いを定め、導線を作り、努力して組み立てた戦略の結果なんです。
ところが人気が高まったあまり「爆買い」の対象になってしまった。まとめて買って国外へ送られるので、まずいことになったと頭を抱えました。ですがそこまで売れるということは、もっと利益を伸ばせるチャンスがあるということ。さらに私は、今後中国側が必ず非関税障壁を設定してくるだろうと読んだんです。売れてるうちに次の手を考える。だから当時から「WeChat」(中国で生まれたLINEのようなチャットサービス)を通じたコミュニケーションや、中国にいる個人に直接商品を届けるサービス(越境EC)を展開しました。最初は鳴かず飛ばずでしたが、まさか新型コロナになるとは思わなかった。日本へ来られなくなった中国人の方たちが一斉に利用を始められたんです。更に中国最大手メーカーから販売を受託したいとの申し出までありました。
結果、一般貿易での売上げも含むと、コロナ禍の3年で30億を達成しました。これは中国国内にあるのど薬カテゴリー内では5本の指に入る数字で、おそらく来年にはトップを獲れると思います。トータルで見ると、コロナの3年間で中国での売上は一気に伸び、売上に占める海外輸出比率は2割強となりました。また、海外旅行が回復すると、訪日客によるインバウンド需要がさらに高まると見込んでいます。
藤井社長が革新を生む秘訣
短期間ではありますが、当社は革新をどんどん繰り返してきました。古い会社ではありますが、ものすごい勢いで動いてるんです。古い企業こそ将来に向かってブラッシュアップさせる、近代化させることが必要です。休む暇はありません。新しい試みを続けることが当社の企業姿勢です。
だいたい社内で反対されることをやると上手くいくんです。失敗は多少していますが、致命的な失敗はしていません。始める時には必死になって現場を回り、徹底的に調査をかけたり自分の手を動かしたりして、全体を判断します。そこで一度決めたら、後ろは見ない。成功するまで行けと。だから失敗にはならないんです。
ただうまくいく見込みがなければ早めに切ります。そこの判断基準になるのは「儲かるか」よりも「皆さんが健康になれたか」「幸せになれたか」。例えば当社で販売している「らくらく服薬ゼリー」、「おくすり飲めたね」シリーズは、儲かるかどうかわからないので上場企業だと絶対に手がけない製品だと思います。ですが介護施設に行くと、お粥を薬にかけて飲んだり、錠剤の薬をすり潰したりしている。ママパパがお子さまに薬を飲んでもらうのに苦労し、場合によっては育児ノイローゼになっている。これを解消したいと思って開発し、結果的に人の命を最も救える製品となりました。利益を度外視した製品でも、意義のあるものであればブランドイメージの向上に繋がります。
ブランドイメージが強いんだから、他にも手を広げたらどうですか?とはよく言われます。あちこちから提携の話をいただきますが、私には全くそのつもりはありません。生活の一部として使っていただける安心感のある製品 、という強みをとことん貫きます。
自分の強みは、自分だけじゃ分かりません。他を知らないと。私だって様々なメーカーさんを研究したりユーザーさんの思考を分析したり、本当に色々なことをやりました。だから「うちの強みはこれだ!他をやめろ!」と舵を切れた。
声の仕事をする方なら、何よりコンディションは強みのひとつになると思います。だから薬を飲むときは、どんなに切羽詰まった状況でも、用法・用量を守って正しく使うこと。心配なのは噂やイメージだけで強い薬を服用してしまい健康被害を起こすことなので、間違った使い方をしないようにしていただきたいです。
当社の「龍角散」、「龍角散ダイレクト」 にはそれほど強い成分は入っていません。比較的手軽に使っていただければと思いますが、「症状がひどくなってから」ではなく「症状がひどくなる前に」と概念を変えていただいて、強い症状が出る前に使っていただきたいですね。ちょっと違和感を覚えたら早めに手当という普段からのケアが、何より大切です。結局医学の原点は「予防」にあると思いますから。
藤井 隆太(ふじい りゅうた)/株式会社龍角散 代表取締役社長。
1959 年 11 月 9 日 東京都生まれ。1984 年桐朋学園大学音楽学部研究科修了後、大手製薬メーカーに入社。三菱化成工業(現・三菱ケミカル)を経て、1994 年龍角散入社、1995 年代表取締役社長に就任。 世界で初めて開発した服薬補助ゼリー「らくらく服薬ゼリー」、「おくすり飲めたね」のヒット、基幹商品「龍角散」の姉妹品「龍角散ダイレクト」の投入などで累積赤字を一掃。売上を就任時の 5 倍まで伸ばす。また、(公社)東京生薬協会会長、(公社)神田法人会会長を歴任するなど、業界内外の発展に尽力しながら、フルート奏者としてコンサートへの出演や後進の指導にもあたっている。
(公社)東京生薬協会会長、厚生労働省社会保障審議会医療保険部会臨時委員、東京商工会議所一号議員、日本商工会議所社会保障専門委員。東京生薬協会会長として 2017 年度 薬事功労者厚生労働大臣表彰受賞。
○公式ホームページ:「ゴホン!といえば |株式会社龍角散 」
○公式Twitter:@Ryukakusan_PR
○公式Facebook:@ryukakusan.co.jp
ライター・日良方かな(ひらかた かな)
ナレーター兼都内FMラジオ局&Voicy「聴くBooks&Apps」パーソナリティー。令和感のある柔らかい読みが特徴で、バーガーキング、YKK APをはじめ、ナレーション実績多数。
○ホームページ:「ナレーター 日良方かな」
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