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くつの主治医

私の足は、クセが強いらしい。

新しい靴を履くと、必ず靴ズレができる。

付き合いの長くなった靴でさえ、久々の登場の際は、足にダメージがある。

私が靴だったら「このクセの強い足をどう守ったらいいものか」と悩むことだろう。「なんで、こんな面倒な足にあたってしまったのか」と、運命を恨むかもしれない。

だが、わが下駄箱には、そんなクセにも怯むことのなくなった古株達がいる。靴が時間をかけて、私の足に合わせてくれたのだ。私にとって、代わりのきかない大事な存在だ。

しかし、古株ということは、靴底が減ったり、あちこちがくたびれてくる。

これは困る。実に困る。
華やかなデビュー期は過ぎ、日頃目立つことはないが、代わりのきかないチームの要だ。靴ズレになって困った時は、必ず助けてくれる。そのベテラン選手に抜けられては、実に困る。

どうしたものかと悩んでいたとき、知人が教えてくれた。靴にもブラックジャックや、ドクターXの大門未知子のような腕のいい医者がいると。しかも、合法的で良心的な名医だ。靴のデザインや体調をきちんと尊重しながら、修理方法を提案してくれる。まさにインフォームドコンセント。

この頼りになるお医者さんは、今や我が家の主治医だ。何足もの家族が救われている。

先日も、困難な手術を無理強いし、延命した古株がいる。

靴底がベロリと剥がれたのだ。この靴は私の足と同じで、かなりクセが強いものらしく、主治医も頭を抱えていた。

実は以前にも剥がれかけたことがあり、通常の修理を行った。だが、本体と底と接着剤の相性が難しく、また剥がれてきてしまったのだ。メーカーはこの靴の替え底を作っておらず、デザイン的に他の靴底でも代用がきかない。つまり、この靴底を、もう一度接着し直すしかないのだ。主治医の判断は「お受けしても完治は難しいかもしれない…」とのことだった。

長年、苦楽を共にしてきたこの靴を、私は諦めることができなかった。私の眉毛は、これ以上ないほどに下がっていたことだろう。いい年した大人の哀れな姿に同情してくれたのか、主治医はやれるところまでやってくれると言ってくれた。底を一度全部剥がして、接着面を加工して、接着剤も他ので試してみてくれると。

信頼おける主治医のオペで駄目なら仕方がない。駄目で元々。万が一の覚悟を決めてお願いした。

そして、受け取り日。靴底はちゃんと付いている。さすが名医。素晴らしい技術と、古株が息を吹き替えしたことで、感極まっていた私には、靴が笑っているように見えた。「お帰り」の気持ちを込めて微笑み返した。あぶない人だ。マスクがあって本当に良かった。

古株は、今日も私の足を、懸命に守ってくれている。

主治医に我が家の靴たちを診てもらうようになってから、絆創膏の消費量が確実に減った。私の足の健康も、主治医によって守られているということだ。ありがたい。

限りある貴重な資源が靴となり、私の足を支えてくれている。大切な相棒。この相棒たちと、長く付き合いたい。その願いを叶えてくれる名医。名医がいなければ、傷ついた相棒を救うこともできなかっただろう。

いろいろな人や物に支えられて、私の今はあるんだなぁ。と改めて思った。

日々、感謝です。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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