ジャッキー・チェンと勝負する(32)

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1989年の「奇蹟/ミラクル」登場。今日でもジャッキーがいちばん気に入っていると伝えられる作品。

製作開始時のニュースなどでは、ジャッキーが「脱アクション」に挑む作品との触れ込みだった。(ちなみにこの「脱アクション」のニュアンスは、当時から私は嫌いだった。「アクション」を「文芸」とか「芸術」よりも下に見る目線が気に入らない)

ご存じのとおり、この映画はアメリカの名匠フランク・キャプラが二度にわたって製作した「一日だけの淑女」(1933年)、「ポケット一杯の幸福」(1961年)を、香港を舞台にリメイクしたもの。ジャッキー自身が「ポケット一杯の幸福」を好きだったので実現したというのが定説だ。たしかにジャッキーが自分で手掛けた脚本は、かの名作を非常にたくみに換骨奪胎している。

フランク・キャプラとジャッキー・チェンとは、またずいぶんイメージ的にかけ離れた存在のように感じるし、そのせいもあって公開前には期待と不安が同居していた。本当にジャッキーが「脱アクション」を試みていたら、まず間違いなく失敗するだろうと思っていたのだ。

出来上がった「奇蹟/ミラクル」を見た感想は、公開当時も、ひさしぶりに見直した今回も、同じだった。

なんだ、フツーのジャッキー・チェンじゃないか。

もちろん、新境地はある。大型セットを組んで、そのなかをカメラが自在に動きまわるワンカット・シーンの多用だ。

ジャッキー組の本拠となるナイトクラブ、「ニセ淑女」の住まいとクライマックスのパーティ会場となるホテルのふたつは、当時の香港映画では画期的な(今でもそうかも)大型セットを作り上げた。そして、たぶんステディカムを使用してのドリー撮影だろう、部屋から部屋へと潜り抜けてゆく長まわしのワンカット(ホテル部屋の入口からテラスまでアニタ・ムイを追いかけるショットなど)が多用される。当時は新鮮な演出に見え、おお、監督ジャッキー、今回は気合入ってるな、と思わせたものだ。もちろんカンフーアクションでは、長まわしのワンカットはむしろ普通の手法ではあるが、カメラそのものがここまで移動する演出は、あまりない。

ただし、そういった点をよそに、全体の印象をさらうのは、やっぱり「いつもどおり」のアクションシーン。長まわしのカンフーファイト、下り坂での人力車暴走シーン、家から家への猛烈チェイス。いつもと同じ迫力と見事さだ。

結論からいえば、この「奇蹟/ミラクル」も、けっきょくはジャッキー・チェン映画だったということだ。初公開当時はその点にちょっとがっかりした記憶もあるが、いまではかえってそれでよかったのだと思う。もしもこの時点でジャッキーが「脱アクション」に振り切っていたら(そしてそれで成功をおさめでもしていたら)、この後に続く1990年代の傑作アクション映画群や、ハリウッド進出後のジャッキー映画は、存在しなかったかもしれないのだから(いや「脱アクション」ではハリウッド進出も成らなかったかもしれない)

ただ、ひとつだけ、その後追求されず、それ以来お目にかかっていないが、アクションとはまったく違うジャッキーの可能性を見せたシーンがあった。

映画冒頭、ナイトクラブの開設を決め、それを機にジャッキーが組長としてのし上がってゆく過程をモンタージュし、アニタ・ムイが名曲「玫瑰玫瑰我愛你(Rose, Rose, I Love You)」を歌い踊るシーンだ。これ、けっこうスゴイ出来ばえだよ。

かつてスティーヴン・スピルバーグが「1941」で演出したダンスシーンを見た時にスピルバーグに感じたのと同じ可能性を感じた。「ジャッキー、ミュージカル映画を作れるんじゃないか」 どちらもまったく実現していないのが残念だが、将来的に可能性はあるか?

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