なつかしの「安物洋画劇場」

【無料で全文お読みいただけます】

もう何十年も前のこと。そのころのテレビには海外の映画を流す「洋画劇場」という番組が多くてな、ゴールデンタイムにはもちろん、ほかにも昼前とか午後3時ごろとか深夜とかに、たくさんのたくさんの洋画劇場があった。12チャンネルなんぞは、下手すると1日に4回くらいの洋画劇場があったよのう。特に深夜は多かったわい。あのころの日本人は今よりもずっと早寝だったもんじゃて、夜11時過ぎはすでに「深夜放送」で、お色気番組なんぞを流していたんじゃが、そのあとは海外ドラマの再放送とか、洋画の深夜劇場が並んでいたもんじゃよ。

などと思わずムカシ話口調になってしまったが、それくらい今昔の感がある。なにしろ、ネットはもちろん、家庭用ビデオも、レンタルビデオも、衛星チャンネルも、オンデマンドも、インスタントビデオも、まったくなかった時代だもんな。テレビだってブラウン管で、もちろんワイドじゃなかったし。

さて、そんな洋画劇場だが、ゴールデンタイムの看板番組ならともかく、その他の洋画劇場は、今から思うと非常にショボかった。当たり前だ。劇場で大ヒットした映画や名作映画は放送権料も高い。スポンサーがローカルショップやキャバレーやサラ金ばかりの低予算番組では、そんな大作は放送できません。

ということで、こういう「安物洋画劇場」には、再々放送以後の使い古し映画や、最初から安いB級っぽい映画、あるいは内容的にお茶の間にはちょっとと思われるような問題作(エロ方面多し)が並ぶことになる。テレビムービーも多かった。それも時間枠(ほぼ90分枠固定)に合わせて盛大にカットされたバージョンで。

カットされるのは長さだけではない。当時のテレビはスタンダードサイズなので、ワイドサイズの映画が放送される際には、必然的に左右が切れる。だから、画面の左右に人物が配置されて会話するようなカットだと、中央の誰もいない空間が写り、そこに声だけがかぶさるという、いやおうなしにシュールな演出がなされていたりした。

その声も吹き替えだったし、場合によっては音楽も他から持ってきたものが流れたりするのだから、まるっきり別のバージョンになっている映画もずいぶんあったはずだ。

私にとって、そうした中で、これはちょっと面白いなという珍品を見つけるのも、映画を見る楽しみの一つだった。特殊だけど。

こうしたバージョンの映画を安物洋画劇場で見て、のちに名画座(これも消えつつある)でフルバージョン(ただしフィルム状態悪し)を見たりもしたが、そのほとんどは再見することもかなわず、ちょっと面白かったような気がするという印象だけ残して記憶の底へと沈んでいってしまった。

そんな状況に陽が射したのが、80年代に巻き起こったレンタルビデオブームだ。雨後のタケノコどころか、キノコかカビのような勢いで増殖したレンタルビデオ店には、それこそ見たことも聞いたこともない映画がズラリと並んでいたものだ。まさに玉石混淆、いや玉石石石石石混淆。

そのなかには、かつて安物洋画劇場で見た、あるいはその一部を見たような気がする映画がたくさんあった。長いあいだ幻として記憶の底に淀んでいた映画の実物を見る機会が増えたのはまことに喜ばしく、実際に見てガッカリする(ほとんどがそうだった)のも、また楽しみのうちだった。

ただ、いざそうなってみると、けっこうな障害があった。面白そうだったあの映画この映画のタイトルを記憶していなかったのだ。忘れていたり、間違って覚えていたり、ごっちゃになっていたり。

そのうえ、放送時のタイトルと、ビデオリリースタイトルがまったく違っていたりするのもザラだったのだから、なかなか厄介なもんだ。あ、これ昔、テレビで見たよな、そう思って見てみた映画が、全然違うものだったり、印象が違い過ぎて別物に感じたりはしょっちゅうだった。

人類が映画を発明して以来、何万本の映画が作られたか知らないが、そのうちの大半は、こうした底なし沼に呑みこまれているのだろう。それもエンタテインメントである映画の宿命なのか。ま、それもいいか。

今は記憶の底にしかない「安物映画劇場」が、私の映画好きの原点なのかもしれないというお話しでした。

【本文はこれで全部です。もしもお気に召しましたらご寄進下さい(笑)】

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?