超能力追跡

以前に「超能力を見せてくれ」で書いた「木環連鎖」の元ネタ、黒沼健氏の著書『地下王国物語』(1966年/新潮社)所収の「神秘の二個の木環」を精査(笑)してみた。いやネット検索だけでですが。

まずは「神秘の二個の木環」のあらすじを紹介しよう。2段組み、わずか6ページの掌編である。

問題の現象は、霊媒”マージャリー”が特別な機会にのみ行なった「二つの木環の連鎖」。”マージャリー”は本名をL・P・G・クランドンといい、ボストンの外科医クランドン博士夫人である。心霊研究家のブラッケット・ソログッドの手記によれば、1932年のある午後に行なわれた「特別の降霊会」で起きたという。同席したのは、R・G・アダムス教授(マサチューセッツ工科大学)、J・F・ファイフ大佐(チャールスタウン海軍調査官)およびソログッドの3名。第2回目は、アダムス教授とマーク・リチャードスン博士、それにソログッドが同席し、マツとマホガニーの木環を連鎖させて見せた。3回目も同じメンバーだったが、この時は連鎖そのものはできていない。その後も「しばしばテスト」が行なわれ、木だけでなく鉄、ガラス、紙などの環でも連鎖は成功したという。噂を聞いた超心理学研究でも著名だったイギリスの物理学者オリバー・ロッジ卿の依頼で連鎖した木環がロンドンに送られたが、「甚だ遺憾な状態」で到着したと返事があったのみで、その後は何の音沙汰もなかった。そのため、問題の真相は、「いまもって判明しないである」と締めくくられている。

読めばわかるが、どうやら黒沼氏が元ネタにしたのは、この「心霊研究家のブラッケット・ソログッドの手記」であるようだ。人名は意外と詳しく、かつ具体的に記述されているが、日時のほとんどが不詳。写真などは掲載されていない。

人名のいくつかは、容易に確認できた。

たとえば、問題の霊媒”マージャリー”は、知っている人は知っている、この世界では有名な存在だ。多くの「奇跡」を演じ、わが国でもちょっとは知られていて、日本語版のウィキペディアにもちゃんと出ている。数多くの心霊術師のインチキを暴露した、かの奇術師フーディニとも対決し、大いに苦しめたことでも有名だ。フーディニは彼女の詐術を見破ったというが、最終的に彼女が詐欺師だったか否かは、いまもって意見が分かれている。黒沼氏が”マージャリー”の本名をL・P・G・クランドンとしているのは、夫である外科医L・R・G・クランドンとの混同および誤記載であろう。彼女の本名はミナ・クランドン(Mina Crandon)である。ただ、彼女に関する情報はネット上にも数多くあるが、この「木環連鎖」に触れているものは、私の調べた限りでは見つからなかった。

また、最後に登場する物理学者オリバー・ロッジ卿(Oliver Lodge)も、同じく実在の人物である。が、やはり彼に関するネット情報でも、「木環連鎖」は登場してこない。

さらに問題なのは、この現象を記した手記の筆者であるはずの「ブラッケット・ソログッド」の存在が、まったく確認できないこと。スペルはBracket Thorogoodだろうか? 平凡な名ではないし、心霊研究家とのことなので、容易に見つかるかと検索してみたが、ほとんどヒットしない。有名な靴メーカーがあるが、心霊研究とは無関係。どうもこのソログッド氏の、実在があやふやだ。その他の「証人」たちも確認できなかった。

さてこうなると現時点での可能性は「すべての話はソログッドか黒沼健の創作」だったということになるか。

あやしげな海外の文献を、翻訳家でもあった黒沼氏が紹介だけしたものか、あるいはソログッドその人に実在の証拠が見当たらないことからすると、まるごと黒沼氏の創作だったのかもしれない。

まあ、だからといってこの話が真実でないとも言い切れないし、仮に創作だったとしても、その読み物としての面白さはひとかけらも減じない。昭和の時代、こうした読み物が大いに私たちの想像力を刺激したのだし、なによりも楽しい読み物だったことは、断言しておこう。

読み物の価値は、それが真実だったかどうかには左右されないのだから。

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