新幹線の怪

今日はちょっと怖いお話を(笑)

例によって、私が子供のころに読んだ本から、記憶に残った一話です。

その本とは、例によって子ども向けの怪奇本。幽霊とか心霊写真をあつかったいくつものエピソードのなかのひとつです。

舞台は東海道新幹線(当時は新幹線は、まだこれだけしかなかった)

1人の乗客の体験談として、語られます。

その日、東京発新大阪行きのひかりに乗ったその人は、発車まもなく、食堂車に行ってコーヒーでも飲むことにしました。

まだ当時の新幹線には、食堂車(ビュッフェ車と呼んでましたね)が、必ず車両の半ばに連結されていました。

そこで、自分の席のある車両から、食堂車まで、いくつかの車両を抜けて歩いて行ったそうです。

食堂車で軽くコーヒーなどを飲んで、十数分後、さて自分の席に戻ろうとしました。

ところが、途中の車両が大混雑。

団体客でも乗っているのか、大勢の乗客が席を埋め、互いに行き交うために通路も人が多く、なかなか前に進めません。

なんとか混雑車両を抜けて、自分の席に戻りかけたとき、そのことに気づいて愕然としたそうです。

ごそんじのとおり、当時のひかりは東京駅を出発すると名古屋駅までノンストップ。新横浜に止まるなんてサービスの効いた運行はなかったのです。小田原や静岡などの途中駅に止まるのは、こだまだけ。

にもかかわらず、食堂車へ行く途中では遭遇しなかった大混雑車両に、なぜ帰りにはぶつかったの? 

当然ながら、自分の席を立ってから食堂車に着き、コーヒーを飲んで帰るまで、ひかりはどこの駅にも停車していません。

では、あの大勢の乗客は、いったいどこで乗り込んできたんだ?

不審に思った彼は、手近にいた車掌にそっと尋ねてみました。あの大勢のお客さんは、どこから乗ったの?

すると車掌は表情を暗くして

「また、出ましたか」

お話はここまでです。

不思議というか、不気味というか、私がこの手の話を好きなせいもありますが、数十年が過ぎた今でも、妙に印象に残っているのです。

もちろん解決は容易に考えつきます。

東京駅で乗り遅れそうになった団体が後ろ(あるいは前)のほうの車両に乗り込むのに辛うじて間に合い、彼がコーヒーを飲んでいる間に移動してきて、くだんの車両にたどり着いたってこと。これなら車両が混雑していただけでなく、車内移動もむずかしいくらいだったのもなんとなく説明がつきます。

でもそうすると、最後の車掌の一言が、説明できません。

勘違い説も、同じ理由で採用できませんね。

この話を読んだ当時の私は、背筋を寒くしたものです。

新幹線の工事で多くの殉職者が出ていたのは、当時すでに知っていたので、その霊の仕業かとか思ったのです。その本にもそんなコメントがついていました。

でも、それだと割り切れないものがあります。

そう、のちになって思い至りました。

私は、突然出現した大勢の乗客こそが、「霊」だと受け取っていたのです。まあ元々の本が「幽霊モノ」だったせいもあるでしょうが。

でもそうだとすると、種々辻褄が合いません。そもそも、幽霊の起こす「心霊現象」としては異色すぎます。

でも、もうひとつ、まったく別の超常現象だったことは考えられます。

つまり、その車両はもともと混んでいた。東京駅から、ごった返した状態だったのです。

にもかかわらず、彼は食堂車に行く途中、なぜその混雑に遭遇しなかったのか?

新幹線の中を歩くうち、異次元世界に入っていたからではないでしょうか。

異次元世界へ迷い込む……これまた、超常現象業界ではおなじみのテーマ。集団失踪や、神隠しといった現象の原因として、しばしば言及されます。近年もネット怪談ではおなじみのネタのひとつ。「時空おじさん」とか「きさらぎ駅」で検索すればすぐ見つかります。

そう、知らないうちに、異次元世界にあった空いた新幹線にまぎれこみ、食堂車へ行った彼は、そうとは知らないままに帰りはこの世界に戻り、この次元の大混雑車両に遭遇した。

そんな「真相」はいかがでしょうか?

大げさな「たたり」や「心霊現象」などよりも、こうしたちょっとした日常の「ズレ」のほうが、お話としては面白く、かつ恐ろしいと思いませんか?

あ、もちろん、このお話を書いた作家さんの想像に過ぎないというのもアリですがね。

  超常現象なんか信じない 目次

ここから先は

0字

¥ 100

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?