「琴」の系譜

大相撲初場所は、大関・琴奨菊の優勝で幕を閉じた。力士の出身がどこだとかはどうでもいいことだが、怪我などで長年苦労してきた琴奨菊の頑張りが報われたのは、めでたい。

さて、なんといっても大関が優勝したのだから、来る春場所の焦点は、琴奨菊の横綱昇進チャレンジが話題になりそうなものだが、優勝決定後の理事長や審判部長らの談話を聞いても、どうも今ひとつ盛り上がりそうにない。

さすがに、今場所の成績はともかく、これまでの実績に不安を感じるのだろう。年齢的なこともあるし、まあ無理もなかろう。

ただ、ここで思い出したいことがある。

いまから40年以上前の昭和47年(1972年) 前年に横綱・玉の海が急逝し、一人横綱の北の富士が不安定な土俵を続けていたこの時期、大関陣もまた不調だった。この年の春場所に大関陣の一角であった前の山が陥落し、残るは琴桜、清国、大麒麟の3大関。上には横綱、下からは貴ノ花(初代)や輪島のヤングパワーに突き上げられ、まさに中間管理職の悲哀そのものだった。

そのうちでも最年長で、もっとも期待されていなかったのが琴桜で、「ウバ桜」とか「ポンコツ桜」とか、ひどい言われ方もしていたものだ。年齢的に見ても、あとは引退を待つばかりという雰囲気だった。

ところが、この年の11月場所、突如として快進撃を見せた琴桜は、あれよあれよという間に14勝を挙げ、優勝してしまったのだ(通算3回目) すでに32歳だった老大関の優勝を、誰しもが「狂い咲き」と見ていたものだ。

どうだい、なんとなく今回の琴奨菊に重なるだろう?

ところが、明けて昭和48年1月場所、なんと琴桜はまたしても14勝1敗で堂々の連続優勝。その相撲ぶりは誰も文句をつけられるものではなかった。琴桜は場所後に横綱昇進。これは現在の横綱制度ができてから、最年長での昇進記録だ。

もちろん、琴桜が横綱に昇進した当時は、横綱は北の富士ただ一人。現在は3横綱が揃っているのだから条件はだいぶ違うが、どうだろう、琴奨菊にも、昇進の希望が十分あると思ってもいいのではないだろうか。

さて、琴桜は横綱8場所をつとめて引退。その直後に師匠が死去したことから、佐渡ヶ嶽親方を襲名する。

佐渡ヶ嶽となった元・琴桜は、積極的なスカウト活動と、熱意溢れる指導で、琴風、琴欧州、琴光喜の3人の大関を育て上げ、ほかにも琴錦、琴富士らの優勝力士を輩出するなど、名伯楽の名をほしいままにした。

弟子全員に「琴」の字を冠するのは凝り性な性格ゆえ。そもそもは、琴桜の師匠で、部屋の創設者でもある先々代・佐渡ヶ嶽の四股名「琴錦」から一文字頂戴したのがきっかけだが、いまでもこれは引き継がれているので、力士一覧などで佐渡ヶ嶽部屋の力士名を見ると「琴」の字がズラーっと並んでいて、なんかクラクラする。

のちにプロレスの世界でスーパースターとなったビッグ・ジョン・テンタ(アースクエイク)も力士時代には「琴天太」(後に琴天山)を名乗らされていたっけ(笑)

親方自身も「琴」をつけて呼ぶのはめんどくさかったのか、稽古場では「欧州! 奨菊! もっといかんかい!」などと檄を飛ばしていたとか。

そういえば、アフリカのセネガルから新弟子を連れてこようとしたこともあったな(剛毛で髷が結えず断念したとか)

定年まで勤め上げ、退職後の2008年に死去した、この先代・佐渡ヶ嶽がスカウトし、育てた(たぶん)最後の大関こそが、琴奨菊なのだ

ちなみに、琴桜が横綱に昇進したのは、32歳2カ月のとき。琴奨菊は現在31歳11カ月。ここまで符合すると、ホントに何かが起こりそうな気がするね。自分の弟子から横綱を出すのは先代の悲願でもあったというし、琴奨菊の綱取りに、期待しよう。

さてその琴桜は、私が相撲を見始めたころ(つまりダメ大関時代)に結婚した。当時の相撲雑誌などに紹介されたその結婚相手の女性はすごい美人で、お世辞にも美男子とは言えない(失敬)琴桜には、どう見ても不似合(重ね重ね失敬) 相撲雑誌などでも「美女と野獣」などと失礼な表現をしていたものだ。なんでも相撲ぶり以上に猛烈なアタックをかけ、押しの一手で結婚に持ち込んだんだとか。

やがて、夫妻はめでたく女の子に恵まれる。ちっちゃな赤ん坊をでっかいお腹にチョコンと乗せた微笑ましい写真をよく覚えている。

それからずっと時がたち、琴桜の弟子である幕内力士・琴ノ若が、師匠の娘と結婚するという報道を見た時に、その娘というのが「あの赤ん坊か!」と愕然としたものだ。まあ考えてみたら、成長するのは当たり前なんだが。そして、その琴ノ若が、引退後に佐渡ヶ嶽を継承した。

そして先の九州場所で話題となった新弟子・琴鎌谷は、この佐渡ヶ嶽親方の息子で、あの琴桜の孫だったのだ。ビックリというか、なんというか。今度は、「あの赤ん坊の子供か!」である。

その琴鎌谷が、琴奨菊の初優勝に花を添えるように、デビュー場所である今場所、序の口で優勝したのだから、月日の流れというのは、ほんとうに速いものだ。私も年を取ったわけだな。

今度は、この琴鎌谷がどこまで快進撃を見せるのか。ほんとうに楽しみ。

大相撲の歴史はまだまだ続く。そして大相撲を見る楽しみも、まだまだ続くということだ。

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