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さらばガラケー

やっとなのか、ついになのか、年貢のおさめどきなのか、今さらになってようやくなのか、ガラケーを卒業した。
こうやって書くと知らない人は、旧石器時代の人間に文字を教えるようなでっかい変化を想像するかもしれない。
実際のところはそれほどではなく、戦国時代の人間に無線通信を教えるぐらいのものである。
今まで使っていたガラケーは、防水防ショックで1回充電すれば2週間ぐらいもつという優れものだ。
最後に充電したのはいつだったっけ?と思うぐらいバッテリーがもつ。
電話機として使う分には何ら問題はない。
一応ネットも繋がるが、哀しいことにほとんどのサイトは表示されない。
日本語のメッセージは読めるが、返信は英語のみ、それもボタンを何十回も押すタイプの入力だ。
文字は小さく、老眼鏡がないと見えにくいぐらいだ。
でも電話機として使う分には何ら問題はない。
問題があるとすれば、今の世の中で電話機を通信手段の電話機として使い続ける人間はほとんどいなくなったということだ。
ある意味、絶滅危惧種であり僕以外にガラケーを使っている人は全黒で一緒に働いていたアキさんぐらいしか見たことがない。

余談になるが、90年代後半に携帯電話が普及してほとんどの人が持つという時代、とあるスキー場で働いていたが僕と相方のJCだけがケータイを持っていなかった。
その時の僕らの合言葉は『あれば便利は・・・無くても平気』
皆からは連絡が取れなくて困ると言われ「連絡取りたい時はどうすればいいの?」と聞かれたら「手紙を書いてくれ」と言っていたあの頃。
それでも街には公衆電話は存在しており、なんとか有線電話でも生活ができていた時代だった。
そういう自分も時代からかなり遅れて携帯電話を持つようになり、街から公衆電話や電話ボックスが姿を消した。
一度携帯を使い始めるとナルホドこれは便利であり、そしてまた社会で生きて行くのに必需品となった。

お気に入りのコテンラジオで情報通信の歴史というのを聞いたことがあった。
昔は人が移動するスピードで情報が伝えられていき、重要な伝達事項は騎馬による伝令、日本では飛脚などで伝えられた。
情報の重要さはスピードに深く関係していた。
科学が進むに連れ人間の移動速度が速くなり、それに比例して情報も速くなった。
実際の軍事だけに限らず政治戦略でも経済戦略でも情報収集は戦略のイロハであり、相手より早く情報を得ることが勝利へ繋がる。
さらに時代が進むと有線通信さらには無線通信ができて、情報の速さは人間の移動スピードを超えた。
そして話は地球上だけのものでなく宇宙まで飛び、人工衛星のおかげで地球の裏側でもリアルタイムで通信ができるようになった。
人類史で見るとこんな具合だが、僕個人の通信手段の思い出は黒電話そして郵便だった。
ジーコロコロコロとダイヤルを回すタイプの黒電話を我が家では長らく使っていた。
電話機も親子電話になりコードレス電話がでてきて、携帯電話の登場だ。
携帯電話も出てきた当初はバッテリーもでっかくて、とんでもなく高く、しかもトンネルとかに入ると切れるというしろもの、それがわずか30年ぐらい前のことか。
携帯電話、スマホ、アイフォン、もうこうなると単なる電話ではなく、小型のコンピューターを各個人が常に持ち歩いているようなものだ。
通信の種類も直接会話をする電話、メール、テキストメッセージ、ライン、メッセンジャーと多様になった。
電話機を電話機単体として使う時代はとっくに終わったのであり、やっとこさ乗り換える時になった。

こうやって書くとまるで僕が何も使えない旧石器時代の人間と思われるのも癪なので書いておく。
家ではiPadを使っているし、娘のiPhoneのお下がり(故障して会話だけができない状態)を電話機としてでなく、音楽を聴くツールとして使っている。
なので使い方はある程度知っているし、買う金がないというほど貧乏でもない。
そしてまたいつまでもガラケーを使い続ける僕を哀れんでか、友達のタイが中古のiPhoneをプレゼントしてくれたのが1年前。
シムカードを入れ変えればいつでも文化人の仲間入り、旧石器時代よサヨウナラという状態がしばらく続いた。
でもなんとなく、政治的思想があるわけでもなく、死んだ爺さんの遺言でもなく、宗教上の理由でもなく、本当になんとなく使えるものを廃棄するのに抵抗があり、それだけの理由でガラケーを使ってきた。
ガラケーが壊れたら換えようと思っていたが、何せ防水防ショックとにかく頑丈で壊れないし、充電待受時間は多少短くなったが10日ぐらいは普通にもつ。
本体自体は壊れないが、充電部分をカバーしているゴムが壊れたのを機会に、iPhoneデビューと相成ったわけである。
だからと言って自分の生活が劇的に変化したわけではないが、便利になった点があるのも認める。
何よりケータイを換えたなどとくだらない話だけで、一つブログが書けてしまった。
20年後先にはすでにケータイは形態を変え別のものになっているだろう。
その時に時代遅れとなったケータイから自分がどのように新しい通信手段に乗り換えるのか、それが今から楽しみでもある。

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