葬送の白い山 桃色の琹編①



惨劇発夜


1 今夜12じ ◯されて しぬ !?



ペンションに到着してから夕食をとり、僕らは各々の取った部屋に入っていった。

にしても、僕らを含めた本日の宿泊客はたった七人しかいないというのに、集まると賑やかな人達ばかりが揃いも揃ってよくもたまたま泊まっているものだ。

現役高校生コンビの星原伸矢くんと、背の高いのっぽの伊賀憲雄くん、ゲーム会社の社長をやっているという#幾野__きの__#光司さん、大学で言語学を教えている大沢原万丈さんが談話室にて繰り広げ盛り上がった会話の数々は、参加しなくてもそばで聞いているだけで聞きごたえがあった。
高校生らしくゲームの話から始まって、最後は知識の広く、それでもってあの漫才師じみた関西弁の話術を持つ大沢原さんに最後は持っていかれて、十分盛り上がっていた。
ペンションのオーナー、ヒロシさんも混ざって楽しげに過ごしていた。

唯一、久石という男の客だけ、初めから終わりまで無口で、顔色は悪く、談話室には目もくれず、食堂で食べ終わるとすぐ自分の部屋にまっしぐらに向かっていったのが気になるといえば気になる。

彼は人と接したくない人なんだろうけど、そんな人が何しにこんなペンションに来たんだろう?スキーをしに?何だか不釣り合いな印象がしなくもない。
慎理先輩は「健康状態が良くない人なんだろう」と彼の茶色っぽい顔色を見て言っていたが、それならば益々不釣り合いに思える。


「わああああああああ!」

いきなり、男の驚くような叫び声が響いた。


なんだなんだ、と一斉に廊下に出る、僕と他の宿泊客達。
見ると青ざめた顔をした、高校生の星原君が手に何かを持っている。

「こ……これ……」

かすかに震える手に掴んでいたもの。


それは、メモのような。

「ちょっと、読ませてくれますか」

くしゃくしゃにされたメモをカサ……と開くとこう書いてあった。



「  こんや   12時  だれかが  おか されて し ぬ   」





……な、なんだこれは。

白い紙に不自然なカギ文字で赤く書かれている。



「トイレにあったんですよ。手洗い台に、まるでとってくれといわんばかりに!」



「悪戯ですかね」僕は笑ってメモを返した。


星原君はすぐ余裕がなくなるタイプなのだろうか?
たわいない悪戯であるだろうに、なんだか表情は青ざめているし、さっきまでのちょっと不良っぽい快活な印象から一転、オロオロしている。


「誰だよ!こんな悪戯するのは!?気持ち悪いっ!!」

半ば叫ぶような調子で、メモを握り潰しぐしゃぐしゃにしてしまった。
なんだか過剰に思えた。

でも確かに星原君は、目つきはキツい印象がするけれど、後ろ姿は痩せた女性と見紛うようなイマドキの少年に見えるものな。
意外と、臆病なのかもしれなかった。

そこにいる全員が空気の気まずさを感じたのだろうか、自然と引き寄せられるように、1階の談話室へと再度集まってしまった。そう、一切部屋から出てこない、久石さん以外は……。




談話室に集まった僕ら。サービスのコーヒーを、卓上に置かれているエスプレッソマシンから紙コップに注いで、思い思いに手に持っている。


ヒロシさんが困ったように言った。

「一体、誰なんでしょうねぇ。あんなタチの悪いイタズラをするのは」


「そうですよね、不自然にも、ここには僕達男連中しか泊まっていないというのに」僕は笑った。



…………いや、まてよ。

メタな話をいきなりするが、不自然にも男しか泊まっていないペンション、雪山、あの紙のメモ……。

どっかのゲームに似てやしないか?


雪山、男だらけ、今夜は吹雪……これは何かのフラグに思えてならない。
僕の胸を不安がよぎる。


「皆さん!もしかしたら、今夜ここで、本当に殺人事件が起こるかもしれません!」

僕は声を張り上げた。
呆気に取られたような沈黙が流れ、全員、目を点にして僕の顔を見ている。


「もしかしたらですよ、僕達の中に、同性愛者の強姦魔の殺人犯が、混ざっているかもしれない……」







2   one deduction  ワン・ディダクション



「ちょっと整理してみましょう」

僕は一つ咳払いをし、談話室にいる皆の顔を一人ずつ見渡した。

「何も整理するようなことなどまだ積もっていないと思うんだが……」
ヒロシさんが困惑げに言う。


「今夜、明日にかけて猛吹雪になり、僕達は外に出られなくなるというわけですよね?」

全員頷く。

「そしたらここは犯人にとって、ハッテン場も同然の状態になるわけですよね?」


クローズド・サークル(ハッテン場)……業界用語ではそう言う。


「な、何を馬鹿なことを、よしき君」
ヒロシさんが慌てる。
ふっ、そりゃ、そうだろう。自分の経営するペンションをハッテン場呼びされたくないだろう。

だが僕の追求の手は休まらない。

「なぜ今日は揃いも揃って男性客しか集まらなかったんでしょうか?」


「そ、それはたまたま……」

「違いますね。あなたは初めからどの客を泊まらせるか予め選んでいたはずだ。つまり、ヒロシさん、あなたは同性愛者だ」

談話室内が一気にどよめいた。

「よしきさん、よしきさん、それはあきまへんがな!そんなん言ったらあんたあかんがな!いくらなんでも失礼やで!」

大沢原万丈さんが口を挟んだ。
……何回聞いてもこの人はネイティブの関西人に聴こえないのだが、僕の思い過ごしだろうか?

「よしき、ちょっとおい、何を言い出してんだよ」

慎理先輩も苦笑いして制止の声をかける。


「つまりあのメモを置いたのは……
ヒロシさん。オーナーのあなたに他ならない」


僕の推理にまたまた全員ヒロシさんの顔を見て一斉にどよめいた。


「ちょっと待ってくださいよ!あのメモは大体いつ置かれたんですか?俺がトイレに入った時は確かに何もありませんでしたよ」

背の高いバレー選手のような体格の高校生、伊賀君が僕に問いかける。

「伊賀君がトイレに入ったのはいつ?」

「30分くらい前」

「ヒロシさん、アリバイはありますか?」


「ヒロシさんならワテと一緒に部屋で空調の調子を調べてましたんや。なんや暖房の効きが悪いゆうて」

そういえば、ヒロシさんと大沢原さんはさっき一緒の部屋から出てきていた。

……ん、待てよ。……この二人の関係はもしかして。

「そうでしたか。
二人は共犯だったんですね。
ヒロシさんと大沢原さん」


「どういうことだよしき」


「慎理先輩、つまりはこうです。二人はただならぬ関係、だった」


「違う!」「全然違う!」慌てて首を振るヒロシさんと、大沢原さん。
往生際の悪い人達だ。

怪しい点は2点ある。
まず1点は、疑われたヒロシさんを真っ先に庇った点。そしてもう1点は。

「さっきのメモを思い出してください。
確かこう書かれてありましたよね?」


今夜12じ、誰かが、犯されて死ぬ、……と。

「あれ、犯されてと書いてあるんじゃないんです」


「どういうこと?」「よしき君、わかるように説明してくれ」
星原君と幾野さんが口々に詰める。


「あれはお、じゃなくて、み、なんです。今夜12時、みはされて死ぬ……」



場内がシーンとなった。
皆次々に◯◯◯◯を見るような目で僕に視線を向ける。

慎理先輩までそのような目で僕を見ている。

「……よしき、意味が繋がってない」


「失礼しました。間違えちゃいました。あれはおじゃなく、ゐなんです。旧字のい。
……つまり、
今夜12時誰かが いかされて  ……死ぬ。

イかされて死ぬ。

いをわざわざゐ表記するような懲った真似をする、そんな真似が出来るのは誰でしょうか。
確かこの中に、言語学者が一人居ましたよね」






3  惨劇








「シャープな馬鹿推理や!」

大沢原さんが泣き声をあげた。


「あんた、そんなん、シャープな馬鹿推理や!よく切れる馬鹿推理や!やめてんかそんなん!」


「あれ?おかしいですね。関西人なら馬鹿ではなく阿呆と使うはずだ。大沢原さん、あなたもしかして……」

「もうやめないか!よしき!!」

僕は慎理先輩に口を押さえられ無理矢理談話室から連れて行かれた。







すったもんだの時間だった。
せっかく僕が一つの推理を披露してさしあげたのに、ペンション中の不評を買ってしまった。

重い空気が、ペンションを漂っている。


僕はベッドの上で寝転びながら考えてみた。

一体トイレにあのメモを置いたのは誰なんだろうか。


部屋の壁掛け時計を見ると秒針の針は23時を示していた。

後一時間。

もし僕の推理が正しければ、今夜は後一時間後に人死にが出るというのに。
誰も僕を信じてくれない。

このままいくと吹雪に閉ざされたこのペンションはいずれただのハッテン場になってしまうだろう。


僕は廊下に出てみた。


隣の部屋からヒソヒソ声がする。
高校生達の部屋だ。

「やべーよな、ちょっとしたイタズラのつもりだったのに」
「あーあ。思ったよか、騒ぎになっちゃったなー!」
「あの大学生なんなんだよ」



なんだ。あれは高校生達のいたずらだったのか。僕はホッと胸を撫で下ろした。

それにしてもとんでもない悪ガキ達だ。

よくあんないたずらを思いつく。



その時叫び声がした。

「ウアーッ」


なんだ?


声が響いた場所に駆けつけてみると

そこには顔色の悪い客

久石さんが

久石さんの部屋の中で



……死んでいた。

紛れもなく、死んでいた。



そう、完全に、犯されて死んでいたのだ………………。














                終



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