葬送の白い山 桃色の琹編Lust


真犯人(完結)


1  引き続く惨劇



なんということだ。

調理場の大冷蔵庫の中で死んでいたペンションオーナーのヒロシさんに続き、大沢原万丈さんまでも……殺されていた。


僕が犯人と目した二人が、立て続けに殺されてしまうなんて。


大沢原さんが死んでいた場所は、ペンションを出てペンション裏手に回り込んだ場所。建物のすぐ下。
そこに裸で倒れていた。

「電話線を見てきてくれないか」と僕達に頼まれて一人でペンションの外に見に行った大沢原さん。
一人で行かせなければよかった……。




慎理先輩は僕や畿野さん、星原君、伊賀君、に向き直って、言い聞かせるようにこう告げる。
「とにかく、このままじゃあれだ。大沢原さんの体をペンションの中に運ぼう」
現場保存の観点から考えて動かすのはいかなるものだろうとは考えるが、それでもこの冷たい吹雪の中、裸で雪に埋もれていってしまうだろう大沢原さんの遺体の様子を思うと、ペンションの中に戻してやりたいと願った。他の人も同じ気持ちのようだ。

大沢原さんの遺体は、大沢原さんの部屋に運んで、ベッドに寝かせ、毛布をかけた状態にした。

局部を見ていないけれど、どうせ大沢原さんの遺体も犯された痕跡があるのだろう。

無念だろうに……。


ペンションの中は、もう五人きりになってしまった。
暖かい談話室に立つ五人。

前触れなく、いきなり星原君が大きな叫び声を張り上げた。


「山の神の仕業だ!やっぱりスキー場の店の人が話していた通り!」


頭を抱えながら、顔は蒼白になり、我を失っている。


「山の神は女だ!昔は女人禁制となっていたこの山に住む神が俺たちに災いを成してるんだ!!俺たちを取り込もうとしてるんだぁ~!山から出さないように!」



「その可能性も、あるでしょうね」

そんなわけあるかい、と頭では思ったが、星原くんの気持ちを落ち着かせるためと、五人の中に疑心を互いに広げないようにするため、僕は星原くんに頷いた。


女人禁制山、か……。この山自体がハッテン場だったというわけか。

古来からハッテン場として曰く付きの山に、たまたま男だらけが泊まり込みに来てしまった。

これは山の神が僕達のペンションをハッテン場と看做してしまったということなんだろうか?


いけない、いけない。
そんな迷信に囚われていたら。



僕は気を取り直して全員に語りかけた。
「まず第一の殺人、久石さんが殺された第一のハッテン場となったのは二階の久石さんの部屋です。第二の殺人、ヒロシさんが殺されたハッテン場は一階の調理室、第三の大沢原さんの殺されたハッテン場はペンション裏手の建物のすぐ下」

慎理先輩は煙たい顔をして「現場と言ってよ」と僕に横から肘打ちをした。


大沢原さんが殺されたタイミングで全員がいた場所。

僕と慎理先輩は談話室、畿野さんは談話室にいたがトイレに行くと途中二階に上がり、10分もせずまた戻ってきた。
二階には伊賀君・星原君達の部屋に伊賀君がいた。
星原君だけは、どこにいたのか不明で、聞いても教えてくれない。


「星原くんはどこにいたの?」

「そ、それは……」


聞いてみても口ごもる。変だ。








2 ピース集め









どうしても言いたくなさそうにする星原君はとりあえず置いておくことにして、僕は思いついたことがあるので、皆に向かって言った。

「ちょっといいですか。調べたいことがあるので、皆さん一緒に久石さんの部屋に着いてきて貰えないでしょうか?」

一人行動は危険だ。
それぞれ僕に向かって頷き、ゾロゾロと2階まで階段を上がって久石さんの部屋へと向かうこととなった。


階段から最も遠くに離れた、突き当たりにある、最奥の久石さんの部屋の前についた。


中にはまだ例の遺体があるはずである。全員の顔色に躊躇の色が浮かぶが、僕は意を決してドアノブを右に捻った。


室内にはやはり真っ白いシーツを被せられた盛り上がりが、……久石さんの遺体が、ベッドに横たわったままだ。


僕はクローゼットを開けた。


中には久石さんの手荷物がある筈である。

あったのはリュックにボストンバッグ。
僕は一つ一つのジッパーを下ろして開けて中身を確かめる。

「やはり……」


やっぱり、予想していた通りのものがあった。

そして、アレが、無い。


「ないな……思った通りだ。あれがない……」


「一旦何があるんだよ、よしき。サッパリ見当つかないんだけど」

慎理先輩は顔にはてなを浮かべている。
「後で話します」




窓枠を触って外を見下ろしてみる。

真下はあの雪の中に倒れる大沢原万丈さんの体があった位置だ。
僕は頷く。
窓枠の手すりを触ってみながら「やはり……」と一言呟いた。




推理するに足るパーツはこれで揃った。
僕は後ろにいる全員に向き直り発した。
「一階の談話室に戻りましょう。どうやら犯人の正体がわかったようです」








3 殺意のジャンプ









二階に上がった時と同じように、またゾロゾロと一階の談話室に戻ってきた。
手には久石さんの所持品であるリュックを持って。

二階の廊下よりも断然暖かさを感じる室温だ。

「分かりました。誰が、どうやって、三人を殺害したのか」

「本当か?よしき」
慎理先輩の声が一段大きくなる。

「其奴は誰なんだい、一体」
畿野さんは落ち着かないそぶりで聞き返し
「山の神だよ……山の神」「伸矢、落ち着けって」
高校生の二人はこっちを見ずに二人で会話している。



「まず疑問だったのは、久石さんが何のために冬のペンションを訪れたのかということでした。スポーツマンには似つかわしく無い具合の悪さ、不健康なそぶり。スキーをしにきたようには見えなかった。それには理由があったんです」

僕は久石さんのリュックの中身を皆に見せた。

「これを見てください」

「これは」

慎理先輩はリュックの中にあるピッケルを掴むと手に取り杖のようにした。


レインウェア 救急用品 ピッケル ヘッドライト……

リュックから掘り出されるものは全て。

「よしき、これは登山用品だね」

「はい。彼は冬山に登山するつもりだったんでしょう。雪山登山に必要な一式がザッとこの中に入っています。
登山好きにはこの時期の山登りも人気あるそうですからね。
彼の顔色が悪く不健康そうだったのは、恐らく……高山病」

「高山病!」全員が口を揃えた。

「久石さんは昼間はきっと普通の会社員か何かなんでしょうね。明日は吹雪なのを知っていて、日程の都合でこの日しか来れなかった。だから頭頂まで無理なスケジュールを組み急上昇して登ったんでしょう。急に何メートルも登ると、登山のプロでも高山病を引き起こしてしまうんですよ」



談話室のテーブルに取り出した一式を並べた。

「ただ……あるものがないんです。
クライミング・ロープ。
ドイツ語で「ザイル」と呼ばれるもの……。安全確保に主に使われるロープです。犯人は、これを久石さんの荷物から持ち出し、あの部屋から、大沢原さんを襲撃したのです」

「!?」

「!!」

「!!?」

「ッ!?」


全員が息を呑んで、僕の顔を見、次の言葉を集中して待っている。


「そうです。犯人はクライミング・ロープと、もう一つ予備のロープがきっとあったんでしょう。2本のロープを窓枠とベッドに引っかけて、自分の腰と尻にも巻き付け吊った状態にして、まるでサーカスの曲芸の空中ブランコ乗りのように、2本のロープを操り、下にいる大沢原さんに飛びかかり、服を剥いで、犯して殺したんです」



全員が驚愕を顔に浮かべている。

星原君だけ◯◯を見る目で青筋を立てながら僕を見ている。


「サーカスの曲芸のように、アクロバティックに、空中を飛んで大沢原さんに飛び映った犯人は、真冬の吹雪の中で大沢原さんを犯し殺した。これはこの中にいる一人じゃなければ決して実行できない。

まず寒いと射精はしづらいんです。

いいですか、繰り返します。

寒いと射精はしづらいんです。

血管が収縮し、血流が向かわなくなっちゃうからね。

つまり、たった10分の内にしか二階に向かわなかった畿野さんには、ロープを大掛かりに準備して、窓から大沢原さんに飛び移り、服を剥いで性行為に及び、コトを成し遂げる時間は無かったのです」



慎理先輩が若干、そうかなぁ、という訝しげな表情を浮かべるが僕は無視して先の文句を続ける。


「星原君はどこにいたのかわからないけど、体格的にも、星原君では厳しい。
知ってますか?サーカスの空中曲芸師はね、かなりの筋力が必要なんだと。筋肉が無いとなれないんですよ。あれは。やっぱり筋肉なんですよ。最終的には。腕の力だけで全身を持ち上げることが出来る奴じゃないと、ロープの力で対象に向かって空中フライングセックスなんか出来やしない」


それが出来る体格を持つ人間は、一人しかいない。
懸垂が100回は出来そうな、まるでバレーボール選手のような立派な体格をしたその人は。

「伊賀憲雄君、高校生の君が大沢原さん達を殺したんですね?」








4 吹雪の調べ









(読者の方に推理していただく小説ではないので、いきなり話の中に新事実が出てきたりします。予めご了承下さい)


伊賀君は見る見る間に顔が青ざめ唇をワナワナと震わせた。
「じょ、冗談は止めろ!あ、あんた頭イカれてる!」


「伊賀君、君は、あそこの窓からコウモリやムササビのように、大沢原さんに飛びつき、犯し、殺し、倒れる大沢原さんの姿を眼下にロープを伝い、腕の力でまた窓に戻っていったんです」


「何で俺に殺す理由があるんだよ!あんな、会ったばかりのペンションのオッサンなんかを!」


そうだ。殺されたのは全員初対面のペンションのおじさん達。


……の筈なのだが、僕には気付いたことがある。

「伊賀君、耳の形ってね、耳紋と呼ばれるくらい千差万別なんだよ。特に耳輪、ほら、ここの部分だ」
僕は自分の耳のカーブ状になっている外周部を触りながら言う。

「伊賀君は特に特徴的な立ち耳をしている。同じ耳の形をした人が、このペンションの中にもう一人いた。……ヒロシさんだ」


慎理先輩も、畿野さんも、星原君も、全員伊賀君の顔を見ている。
伊賀君は誰の顔も見ずに目線を下に向け、唇を歯で噛み締めて震わせている。
拳を固く、爪を立てているほどに痛く握りしめながら。


「伊賀君は、耳が難聴で聞こえづらい時がある、と言っていたよね。同じようにヒロシさんも、自分は難聴だと言っていたよ。
……立ち耳、難聴。その時僕はふと思ったんだ。


あれ、この人達、親子じゃないの?



ってね」



「!!」「!?」「伊賀っ!」


談話室の室温は火照るほどに高められていたが、対照的に伊賀君は青ざめた顔のまま、怒るような顔をして下を見ている。


「耳は親子で形がよく似るんだ。そっくりな耳の形にね。珍しくはあるけど遺伝性難聴というものがある。
顔も背丈も体格も似ていない二人だけど、耳は瓜二つなんだね。

……伊賀君はどうしてお父さんを殺してしまったんだ?」


「……………父親?笑わせんな………」


伊賀君は急に笑い出した。

「は、は、は、は、は、ははは……、こりゃまた、スゲー名探偵が居たもんだ……は、は、は、は、は、は、……
アンタの推理、当たってたよ、は、は、は、は、は、は、は。
……親父は確かに同性愛者だった。あの大沢原万丈と確かにデキてたんだ………」



あたってんだ。あれ。
あてずっぽうの僕の推理はどうやら冴え渡りきらめいていたようだ。


「……親父は俺がまだ小学生の頃、お袋と離婚した。離婚理由、信じられるか?男の恋人と一緒に暮らすためだってよ。それがあいつ……万丈だ。
俺は最近になって親父と連絡を取ってみた。親父は独り身で、万丈とはとっくに別れて、一人でペンションを経営していると電話越しに教えてくれたよ。俺を誘ってくれた……。ペンションに是非来てくれと。俺は星原を誘って訪れた。
…………だがそこに」

ギュッと伊賀君が怒りを激らせた表情になる。

「あいつが、万丈も来たんだ。親父は誘ってないし、来るのも知らなかったと言っていた。

いたずらは「ほもの親父に良い薬」だと思って前もって星原と考えた。勿論、星原は俺と親父のことなんて知らないけどな。


殺そうなんて微塵も考えてなかった。

トイレのメモの悪戯の後、俺はたまたま廊下で、ドアの隙間から見てしまったんだ。

親父と万丈が抱き合って口づけ合っているのを。

親父は別れた万丈に押されて、また流されるままに、関係を結ぼうとしている様子だった。

その時背後に気配を感じた。……あの久石の野郎だ。

あいつ、俺を自分の部屋に引っ張ってこう、いったんだ。

「がちほもペンションじゃん!寝ると襲われるペンション!がちほも七不思議の宿!じゃら◯netに口コミしなきゃ!」

(お……俺の…………)

「ここがちのほもの巣じゃん!オエ~ッ!オエッ」

(俺の親父を悪くいうな!)


…………気がついたら俺は久石を犯し、首を絞めて殺していた……」


(それ、父親から継承された素質あるでしょ)と言いたい所を僕はグッと飲み込んだ。

それが第一発見者の叫び声により向かった室内に横たわっていた遺体の顛末か。


「親父はすぐに俺がやったんだと勘付いたようだ。朝方、ノックされ、全員が寝てる間に俺を調理室の奥の部屋に連れて行き、俺を厳しく問い詰めた。
俺は白状したよ。そしたら警察に連れて行くと言い出しやがった。
「なんだよ!それ!大体、大体!おまえがホモなのが悪いんじゃねえかよー!何もかも!!!」

………………気が付いたら俺は親父を犯し、首を絞めて殺していた……」


(素質がサラブレッド並)と喉から思わずついて出そうになるがグッと堪えた。

「こうなったらもう後には戻れない。俺はついでに親父を誘惑し、親父を狂わせる大沢原万丈も殺害してしまうことにした。あの時、久石の部屋を漁って所持品はわかっていたからな。アンタの言う通りだよ!
空を滑空して、大沢原の背に乗り、そのまま背後からおぶわれるようにしがみついたまま服を剥ぎ取り散らかし、激しくでも劇的に犯した。
そんで、何食わぬ顔をして、一階に降りていったんだよ……」

久石さんを衝動的に殺し、
父親を殺し冷蔵庫へ、その後空中フライングセックスで大沢原さんを殺したんだー……!

伊賀君のスポーツ刈りの短く刈られた髪の毛が揺れる。
僕は変化に気付いた。

「待て!!伊賀君!!」

伊賀君は談話室から翻り、直進して玄関に向かって一気に駆けた。

僕達は慌てて追いかけるも、伊賀君は玄関を抜け、外の猛吹雪の中へと飛び込みそして消えていった。

「伊賀君!」「いがくーん!!戻れー!」「伊賀ーぁ!!」


吹雪は僕達の目の前を塞ぎ、声さえも奪い取ってかき消していった。

後に残されたのはただただ伊賀君の消失した雪の吹雪く森林を前にし呆然とする四人の立ち姿だった。
時たま顔を見合わせながら、それでも、四人とも伊賀君の消えた雪山の吹きすさぶ景色を黙って眺めていた。




鳴り響く豪風と吹雪の低音は、一度壊れた親子の絆をもう一度引き裂く、物悲しい調べだったのだ……。











一夜明けて、雪は静かに収まりつつある気配を見せ、電波も立つ様になり、僕達は警察を呼んだ。
伊賀君は捜索されることになったが、きっと捜索しても、彼の痕跡は何も見つからない様な気がした。
何故なら彼は、あの女神が治める女人禁制の山に気に入られて、取り込まれて、二度と帰らぬ人になってしまったのだ。
きっと戻ってはこれないのだ。もう、二度と、あの山から。





帰りの特急電車内の中で、僕と慎理先輩は酷く無口だった。

伊賀君はあんなに証拠残しまくりの犯罪を行ったのだから最後にはやっぱり自分自身がああなるつもりでいたんだろうな。

にしても、何ともおぞましい事件の概要だった。
近親相姦、連続殺人、空中フライングセックス……。
僕も、慎理先輩も、この事件をきっと口外しないだろう。いや、できないだろう。人に言えやしないだろう!
言ったら自分が奇異な眼差しを向けられ頭を抱えてしまうだろう。

なんてことだ。
この旅行で先輩と更に仲良い友人になるつもりだったのに、後退してしまったような気がする。

気まずいお通夜のような空気を破りたくて僕は口にした。
「そういえばあの時星原君は一体どこに居たんでしょうかね!」

慎理先輩は唐突に話しかけられて虚をつかれたように一瞬なったが、すぐに返答を返してくれた。

「あれは、畿野さんとトイレで密会していたらしい。初対面から畿野さんを気に入ってしまったらしいんだ。トイレに呼び出し、彼に抱きついていた、と供述してたよ、警察に」

なんてことだ。このペンションには偶然にもほぼ男が好きな男だけで集まり泊まっていたんじゃないか。
これもう、ハッテンしてなくても、事実上ハッテン場だったんじゃない、あそこもう、じゃあ。



駅前のロータリーにはたけしがわざわざバス停やタクシー乗り場が並ぶ横に自分の車を駐車させ迎えに来てくれていた。

先輩と二人で車内に乗り込むと、バックミラーに着けられた飾りがちりんと横揺れて、車は発進された。

たけしは悔しがって
「俺も行きたかったすよお~!!
旅行、どうだったすかあ!
楽しかったっすかあ!!」
ハンドルを握りながら後部座席に屈んで入る僕らに声だけで聞いた。

先輩は横にいる僕の顔を見て笑って
「ああ、信じられない出来事が起こったけど、旅行は良かったよ。また行こうな、よしき」
とちょっと照れ臭そうに前のたけしに答えた。


「俺も次は必ず行くっすよお~!!!」




冬の曇り空に登る静かな白い太陽はどこまでも穏やかに僕達を見守っていた。










                 完









よろしければサポートお願いします。 いただいたサポートはクリエイト活動に費やします。