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タイで寝台特急に乗ってみる(東南アジア乗り鉄記③)

 さて、今日の記事はタイで寝台特急に乗るとどうなるかという話である。結論から言えば大方の予想よりも遥かに快適な旅を楽しむことができるのだが、その詳細を記録しておくことにしたい。

予約をしよう

 タイにはSRTという国鉄がある。SRTはState Railway of Thailandの略で、万年赤字の会社として有名である。タイの鉄道というのはとにかく安いせいで採算が合わず、万年赤字なのだ。今回のタイ旅行では泰緬鉄道にも乗ったが、片道5時間で100バーツ(470円くらい)しかかからなかった。これではどうやっても採算が合うわけがない。キハ183系のツアーは1500バーツだったが、このツアーだって採算が合っているのか怪しいものである。そんなわけで万年赤字なのだが、国営なので倒産することもなく走り続けている。
 安いと言えば、今回の寝台特急は3500円くらいで乗ることができた。18時間、寝台特急に乗って3500円である。ちなみにこの価格は二等車の下段に乗った場合の値段で、一等車に乗ればもう少し高くなり、上段に乗ればもう少し安くなる。一等車になると鍵付き個室(こう書くと快活クラブみたいだが)になり、シャワーもついているのだが、一等車に一人で乗ると相部屋にされる場合があるらしい。だから、特に一人旅の場合は二等車で十分である。そんなわけで、今回の私は二等車に乗ることにした。
 SRTが運行する一部の列車はインターネットで予約することができる。発売開始はおそらく乗車日の一か月前なのだがよくわからないので、乗りたい日の一か月前くらいからSRTのホームページをチェックしておくといいだろう。もちろん当日でも買えるのだが、SRTの職員はお世辞にも英語が堪能とは言えないし満席になっている可能性もあるので事前に予約しておいた方がいいと思う。
 予約はSRTのホームページにアクセスして、表示される通りに進めればいいだけである。出発地と目的地を入れて、日付を選んで、座席を選んでお金を払うだけだ。この説明で予約できないなら海外旅行はやめておいた方が身のためだろう。なお、バンコクから寝台列車に乗るならほとんど(すべて?)の出発駅はKrung Thep Aphiwat駅になる。Bangkok駅だと別の駅になるので注意が必要だ。Bangkok駅はバンコク市民に親しまれてきたフアランポーン駅なのだが、長距離列車の発着駅としての役目は終わっており、長距離列車はKrung Thep Aphiwat駅を発着している。ちなみにキハ183系のツアーはフアランポーン駅発着である。
 ちなみにネット予約した場合、きっぷを印刷することができるようになっているので印刷しておいた方がいいと思う。PDFでもいいようなのだが、重要なものは紙に印刷しておくというのは海外旅行の鉄則である。PDFの表示に手間取ると車掌が入鋏用の鋏をカチカチやって威嚇してくるのであまり気分が良くないと思う。手間取らなくてもカチカチやっているのだが、その姿はまさに昔の改札口である。もっとも、筆者は鋏をカチカチやっている改札を通ったことはないのであるが。

とりあえず腹ごしらえ。240円。

いざ、乗車

 いざとは言っても列車に乗るだけなので何も難しいことはない。ただ、中央駅はプラットホームに入る前にきっぷをチェックされるのが他のタイの駅と異なるところである。タイはヨーロッパの鉄道のように駅に改札口がなく、車内で車掌が乗車券を確認しに来るという方式なのだが、ここは日本方式だった。乗ってからも検札に来たのでどういう運用なのかよくわからない。
 今回乗った列車は15時半くらいに出発予定だった。例によって出発直前に駅に着き、列車に滑り込むことになったので駅の様子はあまりよく見られていないのだが、中央駅は売店が少しあるくらいで特に何があるというわけではなかった。列車に乗ってから行商人がたくさん乗ってくるので別に問題はないのだが、中央駅で食料を調達しようとしていると思っていたのと違う事態になるかもしれない。
 しかし、中央駅にはありがたいことにシャワーがあるので列車に乗る前にバンコク観光でかいた汗を流すことができる。水シャワーでアメニティは一切ないが、無料で使えるので寝台に乗る前にシャワーを浴びてさっぱりしてから乗れば旅行もより快適になるというものだ。ちなみにフアランポーン駅にもシャワーはあるのだが、10バーツかかる上に汚いので中央駅で浴びた方がいいと思う。
 私が使ったときには乗車前日に「どうやら中央駅にシャワーがあるらしい」という情報をキャッチしたので中央駅に発車15分前に駆け込み、シャワーを探し当てて何とか浴びることができた。駅舎に入って一番奥のトイレにしかシャワーがないので、お急ぎの読者諸兄は駅舎に入って奥のトイレを目指してダッシュすれば良い。私もスーツケースを持って駅構内を疾走し、シャワー室を発見することができた。しかしどのシャワー室も使っている気配がないのに鍵が閉まっているという次の問題が発生した。仕方ないのでトイレにたまたまいた掃除のオバサンに頼んで鍵を開けてもらってようやく使うことができた。「何でこいつはこんなに急いでるんだ」という顔をされたが、そんなことを気にしている場合ではない。何とかシャワーを浴びて列車に飛び乗ることができた。

先頭がディーゼル機関車で、客車に動力はない。

 車内の様子はというと、いたって普通どころか予想の150倍くらい綺麗だった。(出発時点では)ゴミが落ちているということもないし、変な匂いがすることもない、(トイレ以外は)綺麗な車両だったのが印象的である。通路の左右に寝台が並んでいて、寝台の間に荷物棚があるので荷物置き場に困ることもない。たまに巨大スーツケースを我が物顔で置く人もいたが、その辺は交渉で何とかすればいいだけだ。何と防犯カメラもついているので盗難の心配もそれほどないだろう。
 座席は向かい合わせになっていて、片側を下段の乗客が、反対側を上段の乗客が使えるようになっている。今回、私の席は向かいに誰も来なかったので快適だったが、乗車率は大体9割くらいだっただろうか。マレー半島を鉄道で旅行する奇人なんてそういないだろうと思っていたら、世の中には意外と奇人変人というのがいるようである。
 乗った時には座席は椅子の状態になっている。座席が椅子の状態になっている、というのは自分で書いていても意味不明なのだが、要するにベッドになっていないということである。出発時刻が午後3時くらいなので出発してすぐ寝るという怠惰をSRTは許してくれないらしい。夕暮れが近づいてくると車掌がベッドを作りに来てくれるので、それまではおとなしく座っておくことにした。しばらくしたら車掌が回ってきて、素晴らしい手際でベッドを作ってくれた。ここから先は一階の住民は外を眺められるが、二階の住民は外を眺められなくなるのでゴロゴロしながらスマホをいじるか読書するかしかやることがなくなってしまう。そういう意味でも、一階の座席を取るのがオススメである。スマホと言えば、寝台と寝台の間にコンセントが設置されているので電子機器を充電することができる。

今夜の寝床、十分な広さと寝心地である。

 タイの鉄道ではよくあることだが、行商人が色々なものを売りに来るので気になるものがあれば買って、買う気がないなら目を合わせずにいればいい。目を合わせてしまうとロックオンされるので大変である。断ったら食い下がってくることはないので街中の物売りよりは治安が良いのだが、物売りの相手というのは誰にとっても楽しいものではないから関わり合いにならないのが一番良い。
 この編成には食堂車はついていないのだが、SRTが弁当を売っているらしくメニューを持って回ってきたオジサン(お兄さん?)がいたので夕飯はそれを食べることにした。明らかに割高なので(弁当で700円くらいだったと思う)、安く済ませたい人は例の行商人から買えば半額くらいで上がると思う。頼んだのは照り焼きチキンの弁当だったと記憶している。旅行をしてから3か月も経ってから旅行記を書いているせいで記憶が曖昧なのである。配達の時間も指定できるというので時間を伝えたのだが、30分くらい早く配達されてきた。タイで時間より早く来ることなんてあるのか!と軽い感動を感じたのは明確に覚えている。
 長距離列車で心配になるのはトイレである。日本の鉄道ならトイレもそれなりに綺麗であることが期待できるが、さすがにタイにそれを期待することはできずトイレはお世辞にも綺麗とは言えない。写真を示すわけにはいかないが、「壁に触りたくない」「手を洗う水すら汚く見える」というくらいの汚さなので、覚悟しておいた方が良いと思う。私の場合は隣の車両に行ってみたらまあまあ綺麗なトイレがあったので、困ったら車両を変えてみるのもありかもしれない。なお、トイレは線路と直結しているのでものを落とさないように要注意である。まあ、直結していなくても要注意なのだが、トイレを覗くと線路が見えるというのはなかなか面白い経験だった。

廊下はこのようになっている。左右の棚にスーツケースを置くことができる。

 肝心の寝心地はどうかと言うと揺れる快活クラブとでも形容するのが良いくらいであった。快活クラブの鍵付き完全個室(マット席)が左右に揺れると思っておけばちょうどいいと思う。今回の車両に限らずタイの寝台特急はおそらくすべてが客車列車なのでディーゼル車特有の騒音も振動もなく、また保線も意外ときちんとされているようで不快な揺れもなく滑らかに走って行くのが印象的だった。もちろん鉄道だから全く揺れないということはないのだが、日本人が「タイの鉄道」と言われて想像するよりははるかに良い乗り心地が実現されている。連結・切り離し作業の時は「そんなに?」と思うくらい前後に大揺れしていたが、不快な揺れを感じたのはその時だけである。ただ、寝ていると上から水が落ちてくるのには困った。どうも、カーテンレールになっている鉄パイプが結露して水が落ちてきているらしい。パイプにタオルを巻いたら落ちてこなくなったので、これから乗る人は参考にしてほしい。よし、いいこと言った。
 熟睡できたわけではないが、それなりによく寝て翌日は7時半くらいに目が覚めた。強制的に起こされるわけではなく、各自が起きたい時間に起きれば良いシステムである。ネットの情報だと「5時にたたき起こされた」と書いてあるものもあったのだが、そんなことはなかったので安心して乗って欲しいと思う。みんな起きたくらいのタイミングで、車掌がベッドを椅子に戻しに来る。
 朝食も夕食同様、行商人から買えばいいので気楽である。「辛くないな?」と念押しして買ったガパオライスは無事に辛かったのだが、タイに来て辛くないものを食べようという方が無理な相談なので仕方ない。それからまたしばらく走って、列車は無事に終点のPadang Besar駅に到着した。あとで知ったのだが、終点手前の線路が爆破されたことがあるらしい。のどかな田舎町に見えて、意外と壮絶な事件があったものである。
 駅に到着したら経路に従ってタイの出国審査を受け、マレーシアの入国審査を受けることになる。例によって何も質問されず、無言でハンコが押されたパスポートが投げ返されてきた。陸路の出入国は初めて経験したが、入国審査と出国審査がほとんど隣接しているというのは新鮮だった。

左の辛さを右の卵で中和する。


 ここからはマレー国鉄の新幹線とも言うべき車両、ETSに乗ってクアラルンプールまで向かうのだが、それはまた別記事ということにしたい。何せここまで4500字、書く方も読む方も疲れたころである。

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