第一話 全ては(論理)ロジックに過ぎない(1)

 人々は恐怖する時、悪夢を見る。どれだけ殴っても、どんなもので叩いても倒せない、悪魔を………

「そいつに捕まれば、大変惨たらしく死ぬだろう。無残な姿にされて………」

―――目が覚めると、そこは手術室の中であった。医師からは手術成功と知らされた。どうやら、長い悪夢からようやく解放されたようだ。患者は安堵の溜め息を着こうとした。しかし、溜め息を着く前にショック死した。原因不明の拒絶反応が起こった為である。片方の目は正常、もう片方の目はぼやけている。いつもとは違う肺の圧迫感、長さがわずかに違う手足、開きにくい口、悪夢は決して終わらない。悪夢再来を理解した。刹那、患者は精神崩壊を起こす。各々の臓器はそれぞれの悪夢を思い出し、それぞれが拒絶反応を起こす。薬により抑えるものの、脳裏に描かれる悪夢は決して消えはしない。人々は思い出す。この身体には、複数の意思があることを………

 数々の名医が集まったが、その街から医師達は消えた。医師達の負担、捌き切れない患者数、ついには医師達も精神崩壊を起こし、幽霊街と化した。誰も居ないはずの幽霊街からは、女の笑い声が不気味にも、微かに鳴り響く………

◆ ◆ ◆

 とある異国の地で旅を行う少女が居た。少女の名前は浅川 唯(あさかわ ゆい)と言う。学校では負け知らずの正義感が強い女子高校生であった。そんな唯の夏休みでの物語であった。

「はぁ、最近上手くいかないものね………」

 唯は列車内でふと溜め息をついた。友人とのいざこざが原因で、一人旅をしているのである。仲直りしたくても、なぜか意地を張ってしまう。そんな自分にゆとりを求めて旅行しているのであった。勿論親は反対しただろう。皆に内緒で家を飛び出したのであった。

「クレアちゃんはどこへ行ったんだろう。一緒に居たかったのに………」

 クレアとは、唯の親友でもあり、命の恩人でもある。本名はクラン・レル・クレアという。普通の人間ではなく、花に纏わる神様でもあった。『花神』などと言われており、植物とお話をしたりすることも可能であった。覚醒すると、大人に変身する。剣の達人でもあった。

「………返信無しの音信不通ね。」

 携帯電話を取り出し、クランへ電話を掛けるものの繋がらない。文明が栄えたこの時代では、全世界共通の電波が流れており、どこに居ても電信可能であった。しかし、クランへはなぜか繋がらなかった。そんな時であった。

「おやおや、お譲ちゃんかわいいね? 外国人?」

「良かったら俺達と遊ばない?」

 列車内であるにもかかわらず、白昼堂々と難破してくる者達が現れて声を掛けられてしまったのであった。夜まで我慢できず、礼儀を捨てて一人の少女を狙って来たのであろう。唯は溜め息をついて口を開いた。

「あんた達ってさぁ、礼儀知らずだって自覚出来てる訳? 良くいるのよねぇ~、メールで招待いきなり飛ばしてくる奴とかさ、そう言う礼儀知らずな人って、死ねばいいと思うの?」

 そういいつつも唯は護身用に隠し持っていた小太刀に手を掛けた。この小太刀はクランのものであり、昔、唯が幼くて小さかった頃に貰ったものであった。唯にとってクランとは、憧れの存在でもある。しかし、その小太刀を引き抜いた。法律とかそんなものが通じる相手ではないと判断したのである。引き抜かれた小太刀を唯は口に咥えて立ちあがった。そして、そのまま両手を挙げて拳を構える。その雄姿に絡んで来た男の内の一人が口を開いた。

「なんだこいつ? 頭おかしいんじゃねぇのか? 顔は可愛いから別にいいけどね。」

 女性に対して失礼な発言である。その言葉に唯の緒が切れた。その男は不意を突かれて唯に腹部を殴り上げられた。

「ぐぅ!? この………野郎!!」

 女性であるが、言語を乱用する者達が良く言う台詞でもある。すっかり戦いなれてしまった唯の拳は男の腹部をただ殴った訳では無かった。男が女性の拳、しかも、女子高生の拳で参るわけがなかった。鳩尾、急所である部位を的確に殴りあげたのであった。苦しむ男性の様子を上から見下ろす唯が居た。その風貌は百戦錬磨、勝者に相応しいものであった。唯が両手を合わせて、高らかに上げ、男の後頭部目掛けて鉄槌を打ち下ろした。男は床へと打ちつけられたのであった。

「一人目………」

 唯が流し目で次の標的へと視線を移した。

「野郎!!」

 女性であるにもかかわらず野郎発言する男性が唯の顔を目掛けて拳を放つ、それをくるりと交わし、そのまま遠心力を利かせて側頭部(テンプル)へ肘を入れ、相手の足を払う。

「二人目………」

 大の大人を二人も蹴散らしたのであった。それも静かに、同じ車両に居る者はいない。他の車両にも気付かれない華麗な攻防であった。

「ここらで退いてくれれば見逃してあげてもいいけど?」

 唯は小太刀を手に取り、交渉を持ちかけた。無論、応じるなどと思っても居なかった。だが………

「わ、わかったよ。もうこんなことはしない。それじゃあな。」

 そう言って、男達は去って行った。しかし、一人の男がスプレーを取り出して唯へと放った。そのスプレーは、唐辛子などから作られた。激痛スプレー、吸ってしまっても害は余りないが、とんでもなく、辛く、痛みが伴うものであった。

「ぐぅ!! いっ痛い!!」

 まともに受けてしまった唯は直ぐに口を押さえ付けられ、拘束されてしまった。

「はっは、これでお前も終わりだな!!」

 好みの女性を拘束し、歓喜する男達、勿論他の車両からは気付かれていない。唯は絶体絶命となってしまった。身体を押さえ付けられ、目に少量だが、入ってしまった。余りの痛さに涙が出てしまい。とても戦える状態ではなかった。

「それじゃあ、いただきまぁーす」

 最早、どうすることもできなかった。そんな時であった。

「あー、失礼、その娘、俺のものなんだよね?」

 列車の音、寝沈ます乗員達、誰にも気づかれるはずなど無かった。しかし、第三者が入って来たのであった。それも、絶妙なタイミングである。手を出そうとした男の手首は掴み上げられ、バキバキと音を立てた。粉砕骨折、助けに入った第三者は怪力の持ち主であった。

「な、なんだ!?」

 その骨が砕けた音で表情が一変し、男達は怯んでしまった。その隙に唯を男達から解放したのであった。唯は解放されるもまだ目が開けなかった。助けてくれた人の口調は男らしかったが、声は高く、女性のものであった。髪は黒髪で背は高く、黙っていれば美人であったろう。唇は男性を誘うようなものであり、男らしくも色っぽかった。

「面白そうなもの持ってっから、こいつを出してくれるまで見てたんだぜ?」

 いつの間に盗み取ったのか知らないが、防犯用のスプレー、先程唯に使用してきた者であった。それを手に持ち不敵な笑みを浮かべる黒髪女性、それを見た男達が冷や汗をかいた。一つの車両から男達の激痛による叫びが上がった。どこに掛けられたかは知らないが、男達は悶絶してしまった。黒髪女性は携帯電話を取り出し、警察に通報した。つ方が終わった時、唯の状態も回復していた。唯は助けてくれた黒髪女性に声を掛けた。

「あ、あの………」

 お礼を言うにも言葉を詰まらせてしまっていた。

「あぁ、気にすることはねぇよ」

黒髪女性が返答する。

「い、いぇ、その………」

お礼を言おうとした。その時だった。

「名前かい? 俺の名前は獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)だ。」

 そう、名前を聞こうとしたんであった。しかし、聞く前に答えられてしまった。

乱暴な言葉使いだが、穏やかそうなこの黒髪女性の名前は獄道沙伊治と言うらしい。

「浅川唯、危なかったな………これに懲りたらとっとと帰国することをお勧めするぜ?」

 沙伊治からの言葉に唯は驚いた。なぜ自分の名前を知っているのかと、慌てて持物を確認するものの、パスポートはちゃんとしまってあった。

「貴女、一体何者!?」

 沙伊治が立ち去ろうとした。そんな時であった。丁度警察がやって来たのであった。警察は男達を逮捕した。その後でなぜか沙伊治も逮捕されてしまった。何が起こっているのか分からなくなっていた唯であったが、更に分からなくなり、混乱してしまった。唯は警察に対して口を開いた。

「ちょっと待ってください!! この人は私のことを助けてくださいました!!」

 警察官は唯に対して、沙伊治が何ものかを説明した。警察官が説明した内容は以下であった。

 獄道沙伊治とは、SSS級の指名手配犯であり、数多くの罪を重ね、世界を敵に回した犯罪者であった。法律も改定され、特例として獄道沙伊治に関しての逮捕は令状を不問とする。そう言うものであった。

これを聞いた唯はおかしくなってしまったのか、同行することにした。同伴の許可はなぜか降りてしまった。なぜかは分からないが、最早常識と言うものが崩壊していたのだ。何が起こっても驚くはずなど無い。唯の判断力は既に失われていた。同伴者となるものの沙伊治の死刑は決まっていた。法律がそのように決められてしまったからである。沙伊治特例法などと一部では言われているらしい。そんなことを高笑いしながら唯に説明する沙伊治が居た。唯は今から殺されると言うことを沙伊治は自覚しているのだろうかと疑ってしまった。パトカーに乗車してから3分で刑務所に着いてしまった。良く見ると、賭博もできるところみたいだ。どうやら、相当やばいことに関わってしまったらしい。そんな唯に対して沙伊治が肩に手を置いてきた。

「話した通りだ。後は頼んだぜ?」

 そう告げて沙伊治は連行されてしまった。沙伊治が連行されてしまえば唯は一応言われた通りに行動した。それは、沙伊治を助けるためだと聞かされたが、良く理解できなかった。

「えっと、303列の30番、あそこね………。」

 唯が今いる場所は刑務所の隣にあるカジノであった。そして、303列30番に座っているのが世界でも有数な権力を持つ大富豪であった。そう、この者を何とか誘導しなければならない。

「はじめまして、Mr.ジェーシー、私の名前はユイ・アサカワ、あなたに良い情報をお持ちいたしました。是非、お聞きくださいませ。」

 唯が大富豪に話しかければジェーシーが首を振った。

「ビジネスの話ならば、答えはノーだよ。」

 即答で断られて相手にもされなかった。大富豪はお金に興味がない。私利私欲に満たされ過ぎた者が多い。おまけに考え方も一般人よりケチなものである。この人物を騙せる方法などなかなか無かった。しかし、沙伊治からもらった手紙を唯が差し出した。それを広げてみたジェーシーの眼の色を変えさせた。手紙の内容に関しては中身が見えないためか、分からなかったが、効果はあったみたいであった。後は、沙伊治に全額掛けると言うことであったが、なぜ、掛けなければいけないのか、理解不能であった。

「それでは、只今より、競技を開催したいと思います。ルールは簡単、1000人の犯罪者達に殺し合ってもらいます。200人殺してしまったものには、どんな罪も無罪にして差し上げましょう!! そう、罪なんて無かった!! 無罪!!」

 司会者がゲームの説明をした。要するに、200人殺してしまう犯罪者を当てるゲームである。とりあえず、言われた通りに全額を掛ける唯であった。その金額は25万であった。沙伊治の倍率は20倍であり、当たれば5000万にもなる。そう言う手はずであった。しかし、唯が口を振るわせた。ベットする指先を止めたのであった。

 1000を200で割れば5となる。詰まり、4人しか無罪になれないことを意味する。しかし、1000の半数である500人が一人ずつ殺してしまったとしよう。残りの人数は500となる。500を200で割れば、答えは2.5、詰まり、罪を免れることが出来るのは2人だけとなる。

「む、無茶よ………たった、1000人しか居ないのに200人も倒さなきゃならないなんて………!!」

 唯の震え声が微かに響いた。パネルのボタンを押す指先が止まる。ゲームの内容を把握したためであろう。25万の金額は、学生の唯にとってとても大きな金額であった。それをこの無謀なゲームに掛けなければならない。掛けられるはずも無かった。しかし、唯には沙伊治が悪い人間とは思えなかった。パネルに手を掛けた時には25万円を沙伊治に掛けていた。そのまま暫く考える。しかし、答えは出なかった。

―――やはり、降りよう!!

 そう思って、掛けるのを辞めようとしたその時、パネルの画面が切り替えられた。

「それでは、間もなくゲームを開催いたしま~す!!」

 司会の者がゲーム開催前と告知する。画面が切り替わった以上、ゲームを降りることは許されない。

「嘘!? そんな!! もし、負けちゃったらお母さんにどう頭を下げればいいのよ!!」

 唯は後悔した。見ず知らずの他人なんかのために、大金を掛けてしまう。それも、犯罪者を助けるために使ったなどと、言えるだろうか。唯の貞操は沙伊治によって守られはしたが………

 あれこれ考えていたそんな時であった。

「失礼いたしますが、浅川唯様ではないでしょうか?」

 不意にも自身の名前を呼ぶ声の方へ振り返る。そこには、誰かと良く似ている顔があった。

「クラン………ちゃん?」

 いや、クランの髪はライトブルーではない。それではこの人は一体誰なのだろうか。

「お初にお目に掛かります。わたくしは、クランの姉、クーラ・レル・ルザナギスと申します。こちらではクーラ少将と呼ばれております。どうぞ、よろしくお願いいたしますわ。」

 クーラが唯に対して自己紹介を済ませば、クーラは静かに微笑んでくれた。

「クーラ少将………?」

 思わず名前を口にしてしまう。クーラはクランと違って気品を感じさせられた。

「少々お時間を頂けないでしょうか?」

 そう言って、クーラは唯を応接室へと案内した。なにか深刻な相談なのであろうか。或いは、車の中で言っていた沙伊治の………

「現在クランは裏の王と戦っております」

 どうやら、他の話しみたいであった。唯は思わず、聞き返してしまった。

「裏の王?」

 唯が聞き返せば、クーラが頷いた。

「……はい」クーラ

 クーラは裏のことを説明した。この世界とは違うもう一つの世界があるということ、そして、その世界を『裏の世界』と呼んでいた。裏世界に関しては裏の住民以外知らない。しかし、クーラとクレアは知っていた。二人には共通点があった。『花神』という共通点が、花神は花を司る神であるため、植物と会話が可能である。詰まり、植物のあるところの情報を全て把握することができるのであった。故に、裏世界の存在に気づいていたのであった。しかし、その能力が仇となってしまったか、裏世界に君臨する王が花神を殲滅し始めたのであった。それだけならばまだしも、裏世界の王はとんでもない『魔剣』を所持していた。その魔剣の能力は以下であった。

「裏世界の王が持つ魔剣は、切ったものの能力を全て吸収し、魔剣所有者にその能力を付与させる。」

 クーラが静かに告げた。これを聞いた唯は酷く愕然とした。

「それって、詰まり!!?」

 唯は何かを確かめるかのようにして、クーラへ結論を迫らせた。

「そう………裏の王は、全知全能に匹敵する……!!」

 この世の万物全てをその魔剣で斬ってしまったとしよう。万物の能力全てを手にしてしまった。そう、クランが戦っている相手とは

「―――クランは全知全能と戦っているってことなの!!?」

 唯の言葉にクーラは頷いた。それを確認した後で唯の膝が崩れ落ちた。

「そ、そんな……」

 衝撃の真実に戸惑う唯であった。クーラが慰めるために声を掛けよ

うとした。しかし、言葉が浮かんでこない。全知全能を相手にクランが勝てるはずも無かった。誰もがわかりきっていることであった。その時、応接室のドアが開かれた。入室してきたのはなんと沙伊治であった。

「よう、深刻そうな話をしているみてぇだな………」

 突然の登場に驚く二人であった。しかし、沙伊治は二人に質問させる暇など与えなかった。

「なんなら、俺がその『全知全能』って奴を消してやっても構わないぜ?」

 これを聞いた二人は呆れてしまった。無謀ともいえる沙伊治の発言に唯は思わず口を開いた。

「あんたね! いくらなんでも相手は全知全能よ!! 勝てる訳無いじゃない!!―――ってか、あんた、コロシアムはどうしたのよ!!?」

 全知全能とは、全てを知り、全てを能する。沙伊治がコロシアムをクリアした事も、全知全能からしてみれば、ちっぽけなものに過ぎない。全が100なら、沙伊治は1の事をしただけ、その1の答えが、1秒も経過させずクリアする回答であった。1000人の参加者から一つの回答が出たに過ぎない。1000の身体、もし、この世界に、一つの個体が複数の意思を持っていたとしよう。所謂、潜在的記憶である。生まれながらにして、先祖や生前の記憶がある。或いは、夢の中で、知らない友人にである。これらは潜在的に認識があると説明され、それをたまたま記憶されていた。と言うことに過ぎない。我らの臓器も、脳も、一度は生きていた。その記憶を全て操ることができたのなら、これは全知全能と言えるのだろうか………

「あぁ、あのゲームか………」

 沙伊治が唯の疑問に対して一言呟いた後、ふっと笑みを浮かべていた。

「0.028秒くらいでクリアしたんじゃないかな?」

 この回答に対して、クーラと唯が口を揃えて答えた。

「………はっ?」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?