第二話 全ては(論理)ロジックに過ぎない(2)

「流石はSSSランクの犯罪者、獄道沙伊治……その鬼謀は、世界を敵に回しても敵わないと聞くが、あのコロシアムを突破するとは、並みの者ならば無傷ではいられまい。いや、成し遂げることすらも敵わない。しかも、まだゲームが開始して間もない。どうやってクリアしたのかしら?」

 これを言うはクーラ・レル・ルザナギス、クーラはクラン・レル・クレアの姉であり、国家騎士団の少将を務めていた。このクーラが口にした名前、獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)とは、最高級のランクを持つ犯罪者であった。そして、そんな二人を見つめる浅川 唯(あさかわ ゆい)が居た。彼女は普通の女子高生であった。

 唯ははたとゲームの内容を思い出した。ゲームクリアなど不可能である不条理なコロシアムを………

「けっ……あんなもんで殺したつもりだったか? 少将はあの程度でやられちまうみたいだな……」

 沙伊治がクーラの質問に対して返事をする。これを聞いてクーラと唯は少しの間考え始める。そう、沙伊治の挑発に乗ってしまったと言ったところであろう。ゲームの内容は1000人の内、200人を殺せばどんな罪と手無罪となる。そんなゲームであった。しかし、仮に、犯罪者の一人一人が一人ずつ殺したとしよう。そうなれば残り人数は500となる。500人中199人殺さなければならなくなる。このゲームをクリアできるものなど、まれに一人か二人くらいであろう。いや、二人もクリア出来たのならば、それは奇跡と言うべきものであろう。そんな時であった。

「わたしなら、開始前に全犯罪者を挑発して、矛先を自身に向けさせるわ」

 静寂を打ち破ったのは唯であった。

「なるほど………」

 沙伊治が不敵な笑みを浮かべて鼻で笑った。

「でも、同時に999人を相手にしなければならない。度の道死ぬことに変わりはないけどね」

 鼻で笑われるも気にせず、続けて付け加える唯であった。

「いや、なかなか面白い戦略だぜ……」

 沙伊治がまるで、全てを悟りきったかのようにして感想を述べた。そして、クーラが口を開いた。

「そうね。仮に沙伊治がその方法を用いたとしましょう。しかし、彼女は無傷、その戦略を用いたとは思えないわ。」

 沙伊治がクーラへと視線を向ける。意外と鋭い洞察力と言ったところであろうか。若干警戒したようだ。いや、クーラは花神である。沙伊治がどんな戦略を用いたのかなど、すぐにわかることであろう。そう、すぐに………

「今情報が植物を介して入って来たわ。え? いや、そんな………!!?」

 何やらクーラの様子がおかしかった。『どうかしたのか?』と沙伊治がクーラに質問をした。それも、不敵な笑みさえ浮かべて………

「ど、どうやら、全ての犯罪者を挑発し、倒したみたいね………」

 これを聞いた沙伊治は大いに笑った。暫くしてから一人の警官が入って来た。それも、ひどくあわてている様子であった。クーラが落ち着いて報告せよと言うと、警官は息をゆっくりと吐いて少し落ち着きを取り戻した。

 この世界には魔法もあれば、神を名乗る者もいるし、龍もいる。魔術師の中にもたくさんの悪人が居る。強力な魔力を持つ者もコロシアムには紛れ込んでいた。沙伊治はそれに比べれば圧倒的に魔力が少ない。そんな魔術師たちも一掃した沙伊治……

「沙伊治は………コロシアムを開始0.0028秒でゲームクリア致しました!!」

「なんだと!!?」

 クーラは植物と会話することができる。しかし、警官が言う情報はそれと違っていた。開始0.0028秒でゲームクリア、挑発する時間なんてとてもじゃないが、あるはずもない。クーラは沙伊治の方を向きはたと気が付かされた。

「ま、まさか……」

 これと同時に唯も悟り絶望した。

「そうだ……植物が虚報をお前に流している……詰まり、全知全能の掌で踊らされているって訳だぜ」

 沙伊治が告げた言葉に、一同は絶望した。沙伊治は皆を置いて出て行ってしまった。刑務所の敷地から出て行くと、沙伊治は一言だけ呟いて行った。

「全知全能……それは魔剣の力を借りて得た肩書きに過ぎない……俺は、この世のロジックを全て自力で解いている………」

 そう言い残して、沙伊治が刑務所から去ろうとした時であった。一人の警官のものが沙伊治の手首へと手錠を掛けた。沙伊治は無抵抗のまま拘束された。警官が沙伊治を捕まえた後で口を開く、その内容はお決まりでもあった。不条理なゲームを押しつけておいて、相手を負けさせるよう仕組む、しかし、その仕掛けを難無く掻い潜りぬけてしまう鬼才の持ち主、詐欺を働く者は必ず権力でそれをねじ伏せようとする。法律を悪用する警官は特にそうであった。己が私利私欲のために………

「バカが、ゲームクリアしようがおめぇは殺されることに変わりはねぇんだ。ざまぁみやがれだぜ。」

 そんな時、警官の手首を捻り上げる者が居た。Mr.ジェーシーに雇われたガードマンであった。

「獄道沙伊治様はゲームをクリアした。しかし、それを無かったことにするとはどういう了見かな?」

 Mr.ジェーシーはあのゲームで巨額の財産を掛けており、獄道沙伊治のゲームクリアを揉み消すことを許さなかった。そう、沙伊治がパトカー内で唯に渡したものは、沙伊治が偽装した手紙であった。見事な偽装のため、Mr.ジェーシーも本物の手紙であると勘違いしたのであろう。その手紙はMr.ジェーシーが最愛していた母親の手紙であったのだ。手紙の内容は、Mr.ジェーシーの心を巧みに騙したのであった。Mr.ジェーシーのガードマンによって、沙伊治は刑務所を脱出することができたのであった。

クーラは自室で書類を目に通していた。一人の侍女が書類を持ってクーラに報告していた。

「獄道沙伊治はコロシアム開始時に魔力練習を行っておりました。監視カメラや盗聴器が捕えた記録によりますと、魔法なんて使うのは久々だからと精製魔法で肩慣らしを行っていた模様です。そして、コロシアム開始時、周囲の者たちに開始合図が聞こえないだろうと言って指を鳴らしました。すると、コロシアム会場は大爆発を起こし、826名が死亡しました。獄道沙伊治の一人勝ちでございます。」

 クーラが少し間を置いてから口を開いた。

「なるほど、そして、この報告書によると、沙伊治が精製していたのは水と電気、水を電気分解させることによって水素と酸素を十分に充満させ、なんらかの方法を用いて発火させた。発火作用により酸素の燃焼作用を利用し、水素を燃やした水蒸気爆発が発生、これにより、犯罪者たちは爆死した。という訳ね。」

 報告書の内容に疑問を抱いた侍女が口を開く。

「しかし、それでは、沙伊治自身も死んでしまうのではないのでしょうか? 魔力で防ぐこともできたでしょうし、いや、そんなことをしたら魔術師たちに感づかれる可能性が……」

 当然の疑問である。しかし、沙伊治は映像によると、完全に不獏しているのであった。

「……この件に関しては、極秘にしておきましょう」

 獄道沙伊治、彼女の謀略に気が付いた者がどれ程いただろうか。クーラは己の無力さを知り、今回の出来事を闇に伏せた。彼女の知略を明かしてしまえば、それを悪用する者が必ず現れる。そうなれば、敵う者などいない。いや、沙伊治に敵うものなど存在しないのかもしれない。クーラは侍女を下がらせて一人になった。

「……指を鳴らす時に発熱を起こす。その熱はどれくらいなのかしら? そして、爆発の発生源を上手く計算すれば、安全地帯を確保出来るのだろうか……このことも、あの女に聞こえているのかもしれないわね。」

◆ ◆ ◆

 列車の中では、沙伊治と唯が弁当を食べていた。たまたま乗る列車が同じであり、発着時間も同じであったのだろう。唯は不意に尋ねた。あのゲームで何をしたのかと、沙伊治は自身の知力に自信があるのか、隠すことも無く唯に明かした。沙伊治が明かした内容は以下であった。

 沙伊治の体は突然変異体であり、高密度に圧縮された筋骨を有している。それは、従来の筋骨と比較すると異常なまでの力と頑丈な肉体を持つこととなる。この様な性質を『ミオスタチン』という。ミオスタチンの性質を持つものは、中肉中背であっても100kgを超す、沙伊治の場合は、長身故に300kg前後の体重を有する。その強靭な肉体は、刃物や鉛の弾丸を通さず、鉄すらも紙の如く折り曲げる。しかし、医師から告げられた寿命は、平均年齢の半分以下である………と……

「それで被爆を絶えたっていうことかしら? それでも1000度を超える熱があるわ。全身火傷していてもおかしくないと思うけど?」

 唯も被爆してなぜ無傷なのかと疑問を抱いた。

「良い質問だ……絶縁体って知ってるか?」

 唯ははたと悟った。なにかを言おうとした唯の口を沙伊治が塞いだ。周囲に自身の体重が知られたくなかったのか、乙女なところもあるのだろうと唯は思った。だが、沙伊治は自身の体質などを気にしてはいなかった。

「クレアを助けるつもりは無いが、俺は裏へ行く、お前はどうする?」

 沙伊治は全知全能たる所以を持つ裏の王と戦うことを決意しているようであった。これを聞いた唯の返答は決まっていた。

「……勿論、私は助けに行くわ。」

 こうして、二人の旅は始まった。

◆ ◆ ◆

 裏世界、そこに広がるは非情の世界、道徳など存在しない。

「っ……邪眼……視界に入った生命体を……絶命させる……」

物陰に隠れて気を失ったクレアがいた。なんとか敵を撒いたらしい。しかし、彼女が戦っているのは、邪眼の使い手であった。沙伊治はそれを理解しているのか、そっと呟いた。

「スミカミ・ロー・レイラ……邪眼の姫か……」

 唯が列車内で寝ている時に静かに呟いた後、小さく欠伸し、沙伊治も眠った。

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