第三話 自己欺瞞の正義

 斬ったものの能力を所持者に付与させる魔剣が存在した。所持者はその剣で宇宙を切り裂き、この世界を創造した。謂わば、新たなる創造主となったのであった。創造主は、世界を思うがままにし、暇を持て余した。そんなある日のことであった。一国の姫を拉致し、彼女に邪眼を与えた。与えたというよりは強要であった。その後、邪眼を持った女は『邪眼の姫』と名付けられた。邪眼の姫は目隠しをされたまま、人身販売者に高値で売られたのであった。邪眼の姫の名は『スミカミ・ロー・レイラ』と言った。彼女は邪眼を得てから毎晩必ず悪夢に魘された。次第に、彼女は不眠症となり、眠れなくなっていったのであった。不意に疲労感から死んだように寝てしまうと、必ず悪夢に魘されて何かを呟いていた。

「沙……治…伊………沙伊……獄道……沙伊治……誰か、タス…助け………」

「―――誰か助けてくれ!!」

 

 早朝のことであった。まだ太陽の日が差したばかりの頃、目覚ましが鳴る前に外で助けを呼ぶ声がした。

「なんだ…騒がしいもんだな………なぁ、唯………」沙伊治

 唯とは、浅川 唯(あさかわ ゆい)のことを示す。それを呼ぶのが獄道 沙伊治(ごくどう さいぢ)である。沙伊治はSSS級の指名手配人であり、令状要らずと世界から狙われた犯罪者であった。そんな犯罪者が顔も隠さず堂々としているのはなぜかと言うと、警察や賞金首の情報を網羅しているため、良からぬ気を起こし、沙伊治を追いかけようとする者は先に始末された。沙伊治を追える者は限られているのであった。

「あの馬鹿………」

 沙伊治が隣で寝ていたはずの唯が居ないことに頭を悩ませながら、煙管を吹かした。窓を開けて外を見れば案の定、唯が一人の男を説教していた。

「沙伊治、起きるのが遅いわよ」

 唯は上機嫌で沙伊治の方を見て得意げに微笑んでいた。これを見た沙伊治は風を待った。やがて風が吹き、枝から離れた若葉が沙伊治の目の前を通り過ぎた。その後で煙管の火を消し、窓辺から飛び降りた。沙伊治の体は常人よりも丈夫なため、着地しても問題は無かった。唯の近くまで歩み寄れば沙伊治が口を開いた。

「唯、人の言葉が必ずしも真実を語るとは限らない。その子はお前と同じ、正義感が強い子供だ。」

 沙伊治が唯に告げると、唯は驚いて思わず手を離してしまった。

「な、なんですって!?」

 解放された男の子は、沙伊治の方を一度見上げた。すると、沙伊治は全てを悟っているかのようにして少年に言った。

「さて、では、説明してもらおうか?」

 唯に捕まえられた男の子はこくりと頷いて説明した。説明された内容は以下であった。男の子が他人から物を取り上げていたのは、いつも虐められている弟の私物を取り返すためであった。従って、この男の子がしたことは、強盗などでは無かった。これを聞いた唯は戸惑いながらもこう告げた。

「そ、そうだとしても、あんなやり方は良くないわ!!」

 唯は認めなかった。認められなかった。自分の過ちを認めたくなかった。すると、沙伊治が静かに口を開いた。

「それは、お前も同じだ。お前達は志が同じ人種、謂わば、正義の味方だ。味方同士なのだから争ってはいけない。味方同士で潰し合っては相手の思う壺だぞ。だが、心配することは無い。既に敵は俺の罠に嵌っている。」

 沙伊治が二人を案内すれば、果たせるかな………弟の物資を持った泥棒少年がロープで釣りあげられていた。沙伊治がその泥棒少年から物を取り挙げれば、唯に捕まった男の子に差し出すと、男の子はお礼を言って帰って行った。

「さて、正しく生きる人間を嵌めた罪は重いぜ………」

 沙伊治は泥棒少年を罠から解放すれば、泥棒少年の実家まで行き、両親に泥棒少年の犯した罪を説明した。それだけではなく、沙伊治は身代金まで要求したのであった。そんなこんなで、沙伊治は止まらず、少年を軽く蹴ったり、両親を叩きつけたりもした。そんな中、両親たちの金庫から莫大な大金が見つかった。しかも、その中には、見ず知らずの人物に生命保険を介入させた記録書なども入っていた。この両親は保険会社取締役社長であり、道行く人を巧みに騙し、印を貰えば保険内容

を私欲のために改竄(かいざん)していたのである。従って、家族全員が犯罪人であることが分かった。沙伊治がこの家族を通報すると、家族共々、警察に連れて行かれた。沙伊治のやりたい放題であった。

「酷い………」

 思わず唯が口にする。

「確かに、手段は酷いが、世の中は汚れ仕事をボランティアでやらなきゃならねぇ時もある。金にならねぇ上に賞金首にさせられる世の中だ。頭悪い奴が社長になれる時代でもあれば、そんな社長共が自分は正しいと自己を正当化させ、犯罪行為を続ける。それだけでは飽き足らず、自分達の犯罪行為を偉業と自己欺瞞し、本まで出した社長もいる。その本の内容は、『社長とは、俺みたいな犯罪行為が出来る者に相応しい』そう書かれていないが、内容はまさにそれであった。自己欺瞞に満ちた輩だ。自分が正しいとか考えるのは、やめた方がいい。あんな社長に成りかねないし、そんな姑息な手に引っ掛かって自分を見失い、同士討ちすることもある。」

 唯の正義は自分勝手に決めた偽りの正義であるとまでは言わなかった沙伊治であったが、唯にはこれがとても重い罰を受けているように感じさせられた。いや、人とは複雑である。沙伊治の行動そのものが悪であるとさえ認識してしまえばそれまでの話し、世間体が悪の定義を惑わせてしまっているからであろうか。なんにせよ、敵の術中に嵌ってしまった唯はそう簡単には立ち直ることはできそうになかったのであった。

◆ ◆ ◆

―――警視庁会議室―――

「―――従って、獄道沙伊治を指名手配にしたのは我々警察官のミスである。彼女には、警察から謝罪し、お詫びすることこそ、民の信頼を高めるものとなるのではないでしょうか? 我らに必要なのは、獄道沙伊治を逮捕し、名誉を得ることではありません。ミスを改めることが、今の警察に必要なことなのです!!」

 これを主張するのはクーラ・レル・ルザナギスであった。彼女は国家騎士団を務めている少将であるが、SSS級の指名手配人である沙伊治が現れたため、現在はそちらの任に務めている。この主張に対して警察庁長官らは以下のように返答した。

「獄道沙伊治の犯した過去の過ちは消えることが無い。その罪を償うために、他の犯罪者を捕まえては我々に送り届けている。これが罪滅ぼしと言うのであらば、尚のこと、彼女は自首し、変な言い方であるが、我々のミスでは無かったことを証明してから彼女は犯罪者を我らに送るべきではないのか?」

 と、このように返答されてしまうのであった。警視庁らの真意は分からないが、このまま沙伊治を指名手配にしておけば、警察が犯人を追わなくても、沙伊治が仕事をしてくれる。詰まり、遊んでいても税金を国民から支給され、仕事も勝手に無くなっていくということになる。

「フン、所詮は国家の犬と言う訳か………国民奴隷化計画、そんなものがあるとは思ってもいなかったが、そんなことを考えるようになってきてしまった………」

 会議室を後にしたクーラが、ラウンジにて呟いた。時計を確認し、再び会議室へと戻ろうとした。すると、会議室からはこのような声が聞こえてきた。

「警察という仕事も、今では税金を貰うだけになりました。国民は増税してくれますし、いや、老人が増税を許可してくれます。若者にとって老人は老害であるとはよく言ったもの、老人が馬鹿であるため、税金を上げる党へと票を入れてくれます。若者達も良くわかっていない者がいるため、投票率は暫く大丈夫でしょう。時代が一つ前の人間はただの馬鹿ですね。それで苦しめられている若者もいまでは多勢に無勢よの! あっはっはっはっは!!」

 これを聞いたクーラはテープレコーダーを起動させようとしたが、盗聴検出器の存在を恐れて盗聴することをとうとう辞めてしまった。

「なぁに、例え盗聴されておったとしても、我らの策略は、邪眼と沙伊治の同士討ち、どっちがくたばっても我々の手柄にしてしまえば国民の信を得ることになるのだからな………わっはっはっはっは―――ぐわぁ!!」

 自身の思惑を語り、笑っていた長官の一人が突然倒れた。これに驚き、一人のものが駆け寄った。

「おい!!どうした!?ぎゃあああ!!」

 駆け寄ったものも突然に鍛えてしまった。そう、会議室に居た者は皆突然にして息絶えたのであった。クーラは何が起こったかわからず、その場を離れた。これも何者かの策略なのだろうかとさえ思ってしまったのであった。そう、クーラが良く知っている人物………

「……獄道………沙伊治………だとしたら、私は……」

◆ ◆ ◆

―――列車内―――

「すぅーーー………ふぅーーー……」

 沙伊治が煙管を吹かしている中、唯は口を開いた。

「わたしが正義を語るには未熟だったわ」

 これを聞いた沙伊治は不思議そうな顔をして景色を眺めていた。やがて沙伊治が口を開いた。煙管の煙を外に逃がすため、窓を開けていたので、声もかき消されて唯には聞こえなかった。

「え? なんて? 聞こえないわよ?」

 そう言って沙伊治が煙管の火を消し、窓を閉めて呟いた。それを聞いた唯は目を大きくさせて耳を疑った。列車内で流れてくるラジオ放送が信憑性を高めた。獄道沙伊治が、唯の監視下で警視庁長官らを殺害した。

「だとしたら、私は……盗聴すべきだった」

 驚いている唯に対して沙伊治が呟いた言葉は盗聴についてであった。何を言っているのか、唯には理解できなかったのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?