①文章にして明らかにする
②文章にせずに忖度させる
日本社会では②が多い、
というのは、読者の皆様も
ご存じなところだと思います。
①も、あるにはありますが、
「玉虫色の表現」という表現も
あるように、日本語自体が
「どちらにもとれる」表現が多い。
そもそも、文章構造として
文末まで読まないと
肯定文か否定文か分から「ない」。
notを先につける英語とは、違う。
「言わなくてもわかるでしょ?」
これが長い間、
日本社会においてのスタンダード。
しかし、これも読者の皆様は
肌で感じているところでしょうが、
だんだん②が通じなくなっている。
「忖度」それ自体が槍玉に挙げられて、
批判されることも増えてきています。
なぜか?
インターネットやSNSなどで
他の国、他の言語の情報が入り、
「ここがヘンだよ日本人」的なことが
「明らか」になってきているからです。
また、国際化が進み、
このLinkedInでもそうですが
さまざまな背景を持つ人と
一緒に何かをする、という状況が
整いつつあるからです。
少し歴史の事例に触れます。
そもそも日本には「明言しない」が
良しとされる文化があるようです。
例えば古代、本名を「明かす」ことは
タブーとされていました。
真の名前を明かすのは結婚相手のみ。
呪術的なことが信じられていたために
「本名を明かす=支配される」
ということにもつながるからです。
…今はそうではない、と思いますか?
いや、ひとつ例を挙げましょう。
漫画『ドラえもん』で
ジャイアンの妹である
「ジャイ子」というキャラがいますよね。
彼女の本名、知っていますか?
これ、藤子・F・不二雄さんが
「ジャイ子の本名と同じ名前の子が
いじめられないように」という配慮で
あえて設定しなかったらしいです
(ジャイアンは「剛田武」ですが、
彼は短所だけでなく長所もあります。
しかしジャイ子は、
けっこうひどい描写が多いので…)
こういうエピソードを聞くと
私なんかは
「さすがFさん、配慮が凄い」
などと思ってしまうのですが、
そう思うこと自体が
「何か災いが起こるかも」という
古代的な考えを私が持っている
証拠なのかもしれません。
明文化を避ける意識です。
ただし繰り返しになりますが
他国の人から見れば
こういう暗黙の了解が
「ここがヘンだよ日本人」と
見られることは自覚したほうがいい。
「秘すれば花」「以心伝心」
これが、通用しない時代に
なっていく。
では、どうやって
明文化に慣れていけばいいのか?
…そのうちの1つの方法が、
LinkedInなどのSNSで
投稿することだと思います。
もちろん、
闇雲に読む相手に
不快感を生じさせたり、
社会通念上アウトなことを
表現したりしたら
よろしくないのですが、
(最近、これ関連の事件が多いですよね…)
自分の中の「暗黙の了解」を
「明文化」してみることにより、
新たな気付きを得ることは
とても多いと思います。
さて、皆さんの「明文化」は、
いかがでしょうか?
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