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「彼の来世は”良い新車”」ヒスイのラブい短編⑩

「うるさい! ここじゃ仕事なんてできない。出かける!」

大きな音を立ててマンションのドアを閉めたのは、あたし。
部屋の中でガアーン! と分厚いスチールドアを蹴とばしているのは同居中のカレシだ。
バーカ。
当たり所が悪くて、足にひびが入っちゃえ!
怒ったまま、私は作業途中のPCをもって徒歩約10分の図書館に向かった。


在宅ワークどうしのカップルがずっと顔を突き合わせて作業していれば、些細なことでぶつかる。わかっていても腹が立つものは立つんだ。


頭から熱を飛ばしながら入った図書館は、これまたにぎやかだった。あたしはうめいた。

「……しまった。『お子さまタイム』だったか」

午後4時。ちょうど塾待ちの子供たちが図書館を埋め尽くす時間帯にあたってしまった。
それでも腹立ちがおさまらないから、今すぐ家に帰る気はない。
あたしは席を探して歩き、小学生男子2人の隣に座った。

いちおうPCを立ち上げた。
一息ついてあたりを見回すと子供の声は大小の波になり、図書館の壁にうち当たっては砕けていた。
キラキラする波間の輝きが見えるようだった。

隣に座る男の子が、友だちに言った。

「あっ、コンパスを忘れてきた。宿題できねえや」

そっと隣をうかがうと、いかにも勉強ができないという顔つきの少年が笑っていた。
……確信犯だな、お前。最初っからヤル気ないんでしょ。
彼は続けて言った。

「俺さ、車のナビのモノマネがうまいんだぜ」
「まじ? やってみて」
「『目的地を設定してください。 ルートを選択してください。この先、400m道なりです。』」

ふむ。確かにうまい。しかし、だからナンなんだ??
でも、もう一人は小声で叫んだ。

「すげえな、お前! 生まれ変わったら新車になれるぜ!」

新車に生まれ変わるか! やられたー!!
この時点で、あたしはもう笑いをこらえられない。腹筋がプルプルしてきた。だがなるべく平静な顔をして、PCに向かう。
あたしにだって、大人としての威厳というものがあるから。

もっとも威厳は次の瞬間に崩れ落ちた。
隣の子がスマホを見て、こう言ったからだ。

「もう4時半? ほんとか? お前のスマホ、いま何時?」
すると友だちも目を丸くして叫んだ。

「俺のスマホも4時半だよ! すげえな!」

『すげえ』のは、君たちだよ。あたしは机にそっと伏せ、マスクの下で笑いころげた。
いっそ彼らの肩をたたいて、
『偶然ね、あたしのスマホもおなじ時間よ』って言ってやりたい。


――彼らの中に、入りたいと思った。
些細なことで怒らず、ただ波になって光を浴びる輪に入りたい。
だがそれは、子供にだけ許された時間だ。
あたしにとっては喪われた特権だ。あの波間は、あっさりと行きすぎてしまった――。



やがて少年たちは帰り、あたしも家路についた。
11月の午後5時。暗くなりはじめたマンションのエントランス前に、彼がいた。
ふと思う。
きっと彼はコンパスを忘れ、モノマネを披露しまくる少年だったのだろう。
そして今、あたしのお腹の皮がよじれるまで笑わせてくれる。
それだけでいいんだ。

「ただいま」

手を振ると、彼はヒョイとコンビニ袋をかかげた。
「お前の好きなピザまんがあるぜ」
「ありがとう。帰ろっか」

あたしは、永遠の小5男子に向かって笑った。


【了】(改行含まず1311字)


以前。ヒスイは、読んでくださったかたから
『ヒスイさんの書くものには、必ず『ヒスイさん』がいますね。
ぜんぶそうですね』
と言われたことがあります。

そうだなあ、と思い、
それじゃダメなのかなあと思いましたが、
たとえこの世の果てまで反省し続けても、
ヒスイはヒスイであり、
それ以外の何者でもないので、
このままでいこう、と決めました。

こういうタイプの物語に需要があるのかは不明ですが、
ヒスイなりに新しく、
『スタイリッシュ私小説』というジャンルを勝手に立てて
このまま突き進もう、と思います。

気づかせてくださった方。
どうもありがとうございました。

ということで、11月は短編月間💛。
明日も小さな物語をお届けします。

愛と感謝を。
ヒスイより。

ヘッダーはMichal JarmolukによるPixabayからの画像

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