見出し画像

『史上最強の、アイスクリームフレイバー』短編・3500字の恋愛小説

 ほんとうに好きなものを「スキ!」って大声で言える人が、この世界にどれくらいいるんだろう。
 白峰結花(しろみね ゆか)はバイト先のアイスクリームショップで、客のオーダーを待ちながら、そう思った。
 客は結花と同じくらいの年齢、大学生のカップル。
 オーダーがなかなか決まらず、もう三分ちかくアイスケースの前にいる。
 ほかにお客がいないからいいけど、早く決めてよ――。
 結花はビニール手袋をはめた爪で、アイスをすくう金属ディッシャーの裏をカリカリする。


 ちなみにこの大学生カップルは、だいたい週イチペースで来ている。結花は男のほうに、こっそりあだ名をつけている。
『ソレふたつ男』って。
 結花はトントンと足ふみをしてから、にっこり笑って、客に言った。

「お決まりですか?」
「うーん。じゃあ、やっぱりオレンジシャーベットにしよ」
「……ソレふたつ」
 ほら、出た。
 結花は、すぱんっとアイスケースを開けてかがみこんだ。手ばやくディッシャーでアイスをすくい、オレンジシャーベットを二つ作る。
 この男は、女の子が抹茶を選んでもチョコレートを選んでも『ソレふたつ』しか言わない。
 アイスフレイバーすら自分で選べないのか? 
 あほだな、こいつ。と結花は思っている。

「どうぞ。お会計はこちらです」

 男がもそもそと財布を出す。
 うそ、信じらんない。
 340円のアイスを2個買って、一万円札を出すかな?
「細かいのは、お持ちですか?」
「あ、はあー……ない」
 どこまでも気が利かなくて、気の弱い男だよね。
 結花はおつりを出して、会計を済ませる。男はアイスを持ち、彼女の後ろをついていった。
 そして。
 アイスを食べ終わるまえに、フラれていた。

 だよねー、と結花はディッシャーを片付けながら思った。
 あたしが彼女でも、捨てるわ、ソイツ。自分の意見ってものが、まるでない。




 2週間後、おどろいたことにアイスクリープショップには結花と『ソレふたつ』男が制服を着て、並んでいた。こいつがバイトに来るなんて、と結花は仏頂面だ。
 『ソレふたつ』男は、名前を花田瑞人(はなだ みずと)と言った。
 芸能人みたいな名前だが、顔は平凡。身長だけは高い。けど動作がぶきっちょで、しょっちゅうアイスをすくいそこねた。
 結花は客のいない時間帯にコツを教えた。

「あのさ、アイスクリームってのは、基本、ちょっと固いわけ。この店のは、ちょっと柔らかくしてあるけど、やっぱり固いわけ。だから一発で取ろうとしないで、3回くらいに分けてすくうの」
「――はあ」

 ちゃんと話を聞いてるのかな、と結花は花田をにらみつける。
 彼は、もそもそとアイスケースを開けようとして、ふいに手を止めて結花を見た。
「味は何がいいんですか?」
「好きなものをどうぞ」
「いやその。あなたの好きな味」
「うわ、“ソレふたつ”だ」
「え??」
 花田が目を丸くしたので結花はさすがに笑ってごまかした。

「練習用アイスは自腹ですから、花田さんが好きなものを選べばいいんですよ」
 花田は大きな手でディッシャーを握ったまま、しばらく考えてオレンジシャーベットを選んだ。アイスを取る。
 結花の鋭い声が飛んだ。
「へたくそっ! 量が少ない、形が悪い。あたしが客なら突っかえします」
「すいません、やり直しますから」
 その日、花田は練習で4つのオレンジシャーベットを食べ、翌日、お腹をこわしたといって、青い顔でバイトにやって来た。
 結花はうんざりした。
 こいつ、アイスの味を選ぶどころか、自分のお腹さえコントロールできないんだわ。



 金曜日の夜は、アイスショップも混雑する。結花はベテランバイトだから、優先的に金曜夜のシフトを頼まれる。
 最近はほとんど毎週、働いていた。
「いいんだけどね、カレシとも別れたばっかりだしね……」
 つぶやいて、当日スタッフの確認をした結花は、
「うげっ」
 と叫んだ。
「めちゃ混みの日なのに、花田と一緒じゃん……」
 シフトは結花、花田、店長の3人。小さな店だからいつもならそれでまわるのだが――。
 花田はまだ新人。アイスを作る手順がノロく、レジはまかせられない。結局、結花と店長が二人で走り回ることになった。

 21時ごろ、閉店まであとちょっと。お客さんの切れたタイミングで店長が結花を呼んだ。
「ちょっと隣に行ってくる。ギリギリ、おつりが足りないんだ」
 隣のラーメン屋は店長の弟の店だ。困ったときはお互いに小銭を借りあうこともある。
 店長が出ていった直後、ヤンキーみたいな男ふたりが、店に入ってきた。
 ふたりともだいぶ酔っている。
 結花は、イヤな感じがした。


 ヤンキーふたりはサンダルでぺたぺたと店を歩き回って、しゃべった。
「だからあ、みつるちゃんは、あの女にだまされてるよ、なんでわかんないかね?」
「あっちが俺に惚れてんだよ」
 だらしなく立った金髪男はアイスケースを、べたべたとさわっている。
 うっわー、あとでガラスを拭かなきゃ。
 結花はもううんざりだ。その気分が、とがった声になった。

「どれになさいますか?」
 結花がそう言った途端、二人の男が同時に結花を見た。
 しまった、と思ったが、もう遅い。金髪男はにやにやしながら、からみ始めた。

「その、緑色のアイスにしようかなあ」
「抹茶ですね」
「ちがうちがう。そっちのさ、黄緑のやつ……やめたー! やっぱ青色にするわ。すっげー色だね、ちゃんと食えるアイスなの、これ」
「“ブルーカモフラ”ですね。ブルーベリーとライチ味です」
「ライチ……え、偶然じゃん~。おれ、ヤイチって名前なんだよ。えーと、おたくは白峰さん? ねえねえ、下の名前はなんていうの?」
「……ご注文は、“ブルーカモフラ”でよろしいですか」
「そんな変な色のアイス、食えるかよ! 名前くらい教えろよう、ブスのくせに」

 もうやだ。店長、はやく帰ってきてよ!
 そう思った時、後ろから声がした。
「ええと。“ブルーカモフラ”、マズイですよ、これ」
「ちょ……っ、花田さん」
 店の奥から出てきた花田はへらへら笑いながらヤンキー二人組と結花のあいだに、割って入ってきた。

「おいしくないんです。僕、練習で山ほどアイスを食べました。そのなかで、ピカイチにまずいのがブルーカモフラです。おすすめは、ミルクバニラです」

 花田は結花を背後にかばう形で、さりげなくディッシャーを取った。ヤンキー二人が凶悪な顔でにらみつけてきた。
「――なんだよ、やんのか?」
 ヤンキーのひとりがつぶやいたとき、花田がニヤリとした。
「ご希望があれば、テイスティングもできますよ――ケンカのほうは、最近やってねえけどな」

 結花の目の前で、すうううっと花田の手が上がった。
 ビニール手袋をはめて、金属製のディッシャーを持っているだけ。
 それだけ、なのに。
 手にしているディッシャーが、なぜかナイフみたいに見えた。
『このまま、おまえらの頭にぶちかましてもいいんだぜ』っていうみたいに。
 180センチから出てくる威圧感で、狭い店の中がビリビリするようだった。
 すっと、金髪男が一歩だけひいた。

「……それにするわ」
「ミルクバニラですね。お待ちくださいい」
 花田が、ちょっと抜けた声で答えた。
 ふあっと、店の空気がゆるんだ。



 ヤンキーふたりがアイスを持って店を出ると、結花はへなへなと座り込んだ。
「なんなのよううう、あんた」
「はい?」
「めっちゃ こわかったじゃん」
「いやな酔っぱらいでしたねえ」
 花田はニコニコしている。そして結花の横にしゃがむと、ポンポンと頭を撫でた。
 反則じゃん、コイツ。
 さっき、問答無用でカッコよかったじゃん。あたしのこと、守るみたいにして――。
 でも花田はあいかわらずのんきな声で、

「ブルーカモフラは、ほんと、おススメじゃない味ですよねえ」
 結花は思う。
 金曜の夜に、こんなところで働いている自分がイヤ。
 カレシにフラれて、バイトばっかりしている自分がイヤ。
 働きたくないのに、シフトだからって毎週金曜日に、ここにきている自分がイヤ。
 なによりも。
 一瞬でも、花田をカッコイイと思った自分が。
 イヤじゃない。カッコよすぎるじゃん。
 ぶわ、と涙が出てきた――



 あの日から、毎週金曜日には必ず花田がシフトに入るようになった。店長に頼んでいるらしい。
 今日のバイトが終わる直前、花田はにこりとして結花にきいた。
「ディッシャーの練習、しましょうか? お味は何がいいですか?」
「花田さんが好きなフレイバーにすればいいじゃん」
 一瞬だけだまってから、花田は静かに言った。

「好きな人と、同じ味のアイスを食べるって決めているんです――結花さんは、何が好きですか?」
「……ピスタチオ。でもピスタチオは期間限定フレイバーだよ、どうするの?」
 花田は笑った。

「じゃあ、なんでも結花さんの好きな味を。僕は期間限定じゃありませんから。あなたが好きな味を、ずっと”ソレふたつ”で――」


【了】

『史上最強のアイスクリームフレイバー』(約3500字)


今日は金曜日💛
へいちゃんと一緒に同じお題の短編を書いています。
へいちゃんは、こっちです。ぞくっと来るような、笑えるような。
いいショートショートです💛

ちなみに、同じお題がイラストだと、こうなります。
食べたい、どうしても一度は、食べたいです(笑)!!



ヒスイの鍛錬・100本ノック㊽
#NN師匠の企画
#ヒスイの鍛錬100本ノック
#お題・アイスクリームフレイバー

では。あすは企画に参加させていただく予定です。
短編をひとつ、書きました。
明日もまた、よろしくお願いいたします。

おやすみなさい。
皆さまも、おいしいアイスクリームの夜をおすごしください💛

【83】一夜干し(ヒスイ)
【84】天気予報
【85】湖底
【86】豆電球
【87】6億年後(永山さん)
【88】ペンギン(kochibiさん)
【89】みなとさん
【90】高級路線(ヒスイ)
【91】体重(rusty milk)
【92】ダリア(私)
【94】はらごしらえ(永山さん)
【95】ロングヘア(こっちゃん)
【96】遅配(ヒスイ)
【97】rusty milk
【98】みたことがない(へいちゃん)
【99】船(こっちゃん)
【100】カブト(永山さん)

ヒスイをサポートしよう、と思ってくださってありがとうございます。 サポートしていただいたご支援は、そのままnoteでの作品購入やサポートにまわします。 ヒスイに愛と支援をくださるなら。純粋に。うれしい💛