「僕の舌には太陽が乗っている」ヒスイの #シロクマ文芸部
月の耳。
僕は毎晩、飯塚 月(いいづか つき)の耳をさがして、町中のバーをめぐっている。
月の耳は、はんぶん欠けている。
本当に無いのではなく、あくまでも『僕には欠けて見える』ということだ。
僕には特殊な能力があり、その人の不得意分野が欠けて見える。
走るのが不得意な人の足は片方かけて見えるし、手先が不器用なら指先が消えている。
月は、人の話を聞かない。
だから右耳が半分欠けて見える。
僕は人と上手く話せない。舌が半分消えている。
だから月に言えなかった。
月は好きだって言ってくれたのに、僕は何も答えなかった。
月は僕の無音の言葉を聞かず、消えた。
今夜は初めてのバーに来た。
ドアを開ける
体のあちこちが欠けて見える人たちが楽しそうにしゃべっている。
いいな、安心する。
人間はどこかが欠けていても、生きていけるんだって思うから。
でも僕は月がいなきゃ生きていけない。
正確には、月がいない世界では、生きていると感じられない。
だからさがしている。
カウンター席に座って軽めの酒を頼んだ。今夜もバーをハシゴしなきゃいけない。
「こんでますね」
「おかげさまで」
年配のマスターは銀色の髪を光らせて笑う。目元のしわに笑った影がたまった。
ふしぎだな。
この人の顔には欠けた所がない。頭、指先、心臓、上半身もすべてそろっている。こういう人は珍しい。
じっと見た。
マスターが言う。
「なにか、言いたいことがあるんですね」
「なぜわかるんです?」
「酒場でバーテンの顔をじっと見る人は、言いたいことをかかえているものです」
僕は黙る。
この店に月が来ている確率は低いけれども、コンマぜろいち、の確率にかけてみようと思った。
「人を探していまして。飯塚月というんですが」
「さあ、どうでしょう」
マスターはじんわりと笑う。
僕は反省した。客商売の人がいきなり初対面の客に、他の客のことを言うはずがない。
カウンターの向こうで、グラスに金色のビールとレモネードが入れられた。透明なグラスの中で金と黄色がまざる。
夜の月のように。
金と黄色の酒はするりと口の中に入り、僕の透明な舌を刺激する。
言葉がつむがれ、こぼれ出た。
「言いそびれたことがあって」
「ははあ」
「言いたいと思ってたのに、うまく言えなくて。
言おうとすると、言葉がカタマリになって
咽喉に引っかかってしまうんです。
かみ砕いて口から出そうとすると
破片が尖りすぎていて
僕もその人も、傷つけることになるんじゃないかと思うと、怖いんです。
いつか、月に会えるでしょうか」
マスターは静かに、
「こういう商売をしていると思うんです。
ひとは、必要な人には必ず会うし、必要な言葉は、言わなくても漂っているものだと」
すい、とマスターは空中で手を握った。
握った手をカウンターに置き、ゆっくりと開いてみせる。
手の中には、金色と黄色の星が入っていた。
「ほら、こんなふうにね」
マスターが体を引く。
後ろには、見慣れた月の顔があった。
「月」
「いつか会えると思っていた、陽」
カウンターに置かれた星は、よく見るとピアスだった。
黄色の月と金色の太陽のピアス。
「今度は、陽の話を聞くよ」
月は太陽のピアスを取ると、僕に渡した。
僕はそれを口に入れる。
半分消えた舌の上で太陽が輝く。
それからカウンターの月を取り上げて、彼の右耳に挿す。
黄色い月光を浴びて、ゆっくりと月の右耳がよみがえった。
さあ。
話をしよう。
金の太陽と、黄色い月の話を。
【了】(改行含まず1445字)
本日は小牧幸助さんの #シロクマ文芸部 に参加しています。
なんというか、じつにロマンチックな冒頭ですね。
それにつられて
ヒスイもちょっとロマンチックな短編を書きました。
今夜は、もうひとつ大事なイベントに参加しますので
22時ごろにもう一つ記事を出しますー💛
なにとぞなにとぞ、よろしくお願いいたします(笑)
ヘッダーはUnsplashのSadman Sakibが撮影